第16話 灼け落ちた翼


「なぁ涼介、まだ見てるのか?」

「なんだよ、レイだぞ!? 帰ってきたんだぞ!?」

「いやそれは偽物かも……」

「レイを名乗る偽物がいるかッ! すぐに化けの皮剥がれるし、レイは偉大すぎる! すぐにわかるさ! でも今回は違う。レイはあのシェリーを別人に変えた。あの試合は完璧だった。短期間であそこまで仕上がっているのはレイが指導したと考えれば納得だ。やっぱすげぇよ、レイは!」

「ははは……そうだな……」


 学校に行くと涼介がいつも以上にテンション高く話していた。そしてSLDのモニターに映っているのは昨日の俺だ。なぜかシェリーよりも長く取材されてしまい、本当に疲れた。その映像は瞬く間に拡散され、朝の全国ニュースでも異例の長時間特集が組まれることになりお祭り騒ぎだった。


「はぁ……やっと、帰ってきたのかレイ」

「でもまだ偽物の可能性はあるだろ?」

「まぁ試合を見ないと分からないけど……俺は信じる。いや、信じさせてくれ。レイはきっと、コーチだけじゃない。プレイヤーとしても舞い戻ってくるってな!!」

「そうだといいな……」

「きっとそうだ! さて、今日はレイの昔の試合を見るかな〜」


 涼介はそのままレイの試合を見始めた。クラスの中でもレイの話題ばかり。シェリーのやつ、一体どうしてこんなことを……と考えるも広がってしまったものは如何しようも無い。


 それに現実世界では影響がないし、しばらくは静観しているか。


「……メッセージか」


 タイミングよく通知がなる。そしてそれは思いもよらない相手からだった。


『今晩会わないか?』


 それは俺の現役時代に交流していた数少ないプレイヤーの一人、アレックスからだった。



 ◇



「レイ! 本当にレイなんだよな!」

「あぁ……そうだよ、アレックス」

「久しぶりだなぁ!」

「確かに二年ぶりだな。でも、それにしても連絡してくるとは意外だった。引退してからは音沙汰なかったのに」

「……お前の場合は、連絡取るにも取れなくてな」

「……そうか」


 BDSのプライベートルームにいるのは俺とアレックス。アレックスはカトラと同じでよく話しかけてきたやつの一人だ。リアルの連絡先を無理やり交換させられたのだが、それが今回の件を機に思い切ってメッセージを送ってみたらしい。


「なぁレイ。プレイヤーとして戻ってくるのか?」

「……まだ分からない」

「コーチは続けるのか?」

「あぁ。とりあえず、シェリーをプロにするまでは続けたいと思う」

「お前、丸くなったな」

「そうか?」

「あぁ。昔はもう尖りまくってたからな。話しかける奴は俺とカトラぐらいだっただろ?」

「そういえば、そうか……」

「でも俺は嬉しいぜ。お前がBDSにいるだけで、多少はやる気も上がるってもんだ」

「確か今は世界ランク……」

「7位だよ。ちょっと下がったが、それでもまだいける。剣王戦にも出る予定だしな」

「7位か。あの頃からずっと上位にいるのは本当にすごいと思うよ」

「それをお前が言うかぁ? 俺は未だに最高が世界ランク3位だし、そこまでパッとしないしなぁ〜」

「いや、何年もあそこにいるだけで俺はお前を尊敬するよ」

「はは、レイにそう言われるとなぜか自信がつくな」


 アレックス。カトラや俺と同じで最初期のプラチナリーグ上位陣の一人。ヘビータイプ、バランス型のプレイヤーだ。昔は変な因縁を吹っかけられていたが、それを機に少しだけ話すようになっていた。アレックスは当時から優秀なプレイヤーだった。カトラと同じであまり戦いたくはないプレイヤーの一人。でも今となったは懐かしい思い出だ。


「そういえば、レイはそれ新しいキャラだろ? 剣技とスキル……両方のツリーはどうなってるんだ?」

「……初めからさ」

「てことは、もう秘剣も使えないのか」

「そうだな。秘剣は解放されていないな」

「まじかー。お前の秘剣はかっこいいから好きだったんだけどなぁ〜。後にも先にもあそこまで秘剣を解放していたのはお前だけだっただろうしなぁ……」

「他のプレイヤーが隠しているかもしれないぞ?」

「それはないだろう。あるとすればノアくらいだが……」

「ノアか。やっぱ強いのか? カトラも言っていたが、かなりやれると聞く。映像だとどうにも掴み所がない印象だしな」

「あー。あいつはなぁ……なんていうか、底が見えない強さだな」

「底が見えない?」

「あぁ。お前の場合は勝てないってイメージが明確に見えていた。でもあいつは違う。ノアは一見勝てると思える。剣技もスキルも抜群に優れているわけでもないと錯覚する。でも負ける。そして次の時も勝てるとなぜか思う。そして負ける。わけのわからない奴だよ、本当に」

「なるほど……それはまた変わったプレイヤーだな」



 それから適当に雑談をしていると、急にアレックスの顔が真面目なものに変わる。

 


「唐突だが、ちょっと手合わせしないか?」

「……それは」

「本調子じゃないのは知っている。ツリーも解放されていないって聞いたしな。けど、お前もコーチで止まる気は無いんだろう?」

「……」


 俺はまだ迷っている。このままコーチとして続けていくこともできる。きっとシェリーはプロになるだろうし、その先も指導できる。伊達に元世界ランク1位、世界大会三連覇をしてはいない。まだ教えていないことが山ほどある。でもそれと同時に、俺は彼女の活躍を見るたびに焦燥感に駆られていた。


 俺もまたあの場所に立てるのではないか?


 そんな想いに駆り立てられる。初めはただコーチとしてBDSに関わればいいと思っていた。でもそれは日に日に変わっていく。別にコーチをやめたいわけでは無いが、俺もまた他のみんなのようにあの世界に立ちたいと思った。


 今ならばまた、別の景色が見えると思うから……そんな妄想を抱いていた。


 だから、了承した。今のプラチナリーグ上位陣にどこまで今の俺が通用するのか……試したい気持ちもあった。


「わかった。やろう」

「よっしゃ! 本気で行くぜ!!」



 そして俺とアレックスは所定の位置につく。


「ルールはそうだな……HP100、スキルはなし。剣技だけでどうだ? スフィアも大理石でいいよな?」

「構わない」



 俺はスッと腰から日本刀を引き抜く。そしてルール設定が行われ、スフィアも構成されていく。


 カウントダウンが始まる。


 これはただのお遊び。でも俺にとってはそれ以上の意味があった。現状を知ることができる。俺はまたあそこにたどり着けるのか……それが明確になる。



「試合開始」



 そう告げられると同時に俺は一気に距離を詰めて、その首を狙う。だがアレックスも伊達に何年もプラチナリーグにいるわけでは無い。すぐにガードして反撃をしてくる。


 アレックスが使用しているのはバスタードソード。刃渡り1.2~1.4メートル程度。両手でも片手でも使える長剣だ。


 だがこの武器の距離感は未だに体に染み込んでいた。特に意識することなく躱すと、俺はそのまま一閃。


「……ぐッ!!」


 とっさに躱されたが、腕を切り裂くことに成功。そしてダメージが発生した際には部位と攻撃力にもよるがノックバックが生じる。俺はその隙を逃さない。レイという剣士はその超高速の連続攻撃が得意だった。そしてそれは感覚として染みついている。


 このままいけるッ!!


 俺の脳内には明確な勝利へのビジョンが見えていた。


「……?」


 だが俺のイメージ通り体がついていこない。遅い。遅すぎる。あの時の俺は、もっと、もっと、速かった。超高速の世界こそが、俺の生きる場所だ。俺はまだ飛べる。俺の翼もみんなと同じように、空に……どこまでも高く飛んでいけるはずだ。そう、夢想した。


 だが、俺の手からは日本刀がこぼれ落ちていた。カランカランと鳴る音が室内に響き渡る。


 そしてその瞬間、アレックスの剣が俺の首を薙いだ。


「勝者、アレックス」


 淡々と告げられる事実。


 俺の翼は灼け落ちている。それだけが分かった試合だった。

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