第14話 這い寄る後輩ちゃん



「ねぇ、先輩ってレイなんですか?」

「は?」


 時は数分前に遡る。



 ◇



「やっぱ紫電一閃に弱点はないよなぁ……」


 昼休み。俺は屋上で一人昼食を取りながらアリーシャ対策を考えていた。アリーシャを倒すには紫電一閃を超えなければならない。だがしかし、その突破口は見つからない。俺は現役時代に紫電一閃を防がれたことはなかった。紫電一閃を出すには色々と条件があるが、それでも出せた試合は全て勝ってきた。だからこそ弱点が見つからない。


 自分の昔の試合、そしてアリーシャの試合を見ても紫電一閃のキリングレンジに踏み込めば終わりだ。そしてBDSは接近戦がメインというか全てだ。紫電一閃を喰らわないのは、離れることだけ。でもそれでは勝てない。どうすれば、どうれば良い……そう考えていると屋上への扉が開く音がした。


「せーんぱい。また一人で黄昏ているんですか? 中二病ですか?」

菖蒲あやめか……」

「はいはーい! 菖蒲ちゃんですよ〜?」


 明るい茶髪をツインテールにまとめており、緩やかなカールがかかっている。制服は完全に着崩していて、ネクタイはゆるいし、スカートも短い。さらには化粧も少ししており、完全に垢抜けている印象。典型的な外交的な人間で俺とは正反対だ。


 そんなこいつの名前は四条しじょう菖蒲あやめ。中学時代からの付き合いで、有紗の親友だ。でも時折こうして俺に絡んでくる。


「今日は何食べてるんですか?」

「コロッケパン。もう食べたよ」

「うわ。また揚げ物」

「お前はなんだよ?」

「サンドイッチとスムージーですよ!」

「港区のOLかよ」

「ぶー! それって偏見!」

「はいはい」


 そして隣に座るとモグモグと昼食を食べ始める菖蒲。こいつは俺が屋上に来ているときに限ってここにやってくる。ちなみに屋上は立ち入り禁止だが、とある事情から俺は鍵を持っているので完全に私的に使っている。と言っても昼休みに一人になりたい時だけだが。


「BDSですか?」

「ん? あぁ。ちょっとな」

「そういえば〜、有紗ちゃん……プロになれるかもらしいですね」

「え?」

「ねぇ、先輩ってレイなんですか?」


 思考が止まる。


 は? どういうことだ?


 有紗の件もそうだし、俺のこともそうだ。なぜ知っている? なぜそのことを……。


「昨日聞いたんです。有紗ちゃんに。なんか悩んでいるみたいだから、無理やりだったけど……でも、二人が仲悪いのってそういうことだったんですね〜」

「待て待て待て……どこまで知っている?」

「先輩がレイで〜、有紗ちゃんがアリーシャ? んで、アリーシャはもう少しでプロになれそうってことですかね?」

「確信だけ淡々と話すなよ……」

「でも本当みたいですね。BDSは私でも知ってますし、今では野球とかサッカー、テニス以上に人気ですもんね。レイは私も知ってますよ? よくテレビとか、ネットで特集組まれてたし。いや〜でも先輩がレイだなんて……本当に意外ですけど、ちょっと納得」

「何が納得だよ」

「先輩ってちょっとくらいじゃないですか?」

「……まぁそうだけど」

「それってBDSが原因ですよね?」

「ズバズバとくるな」

「先輩は有紗ちゃんにしっかりと向き合うべきですから。それで引退したのを原因に喧嘩したんですよね?」

「そうだけど……あいつ、そこまで話したのか?」

「えぇ。親友ですから」


 にこりと微笑む菖蒲は本当にいい表情をしていた。見た目はチャラチャラしていて、言動も軽い。だが時折ハッとするようなことを言ってくる。それが菖蒲だった。伊達に有紗に次いで学年次席ではないようだ。


「他者は他者を完全には理解できません。だって、理解できないから他者なんです」

「誰の言葉だ?」

「レヴィナスの他者論です。オススメですよ?」

「時間があったらな。だが、哲学はどうにも難しい」

「だからバカなんですよ」

「お前なぁ……」

「ま、要するに完全な理解はできないけど歩み寄ることはできるんですよ」

「……」

「後輩に説教されてかっこわるーい」

「……そうだよ。かっこ悪いよ」

「開き直らないでください。気持ち悪い」

「気持ち悪い!? それは言い過ぎだろ!」

「いいえ、キモいです。うじうじし過ぎです」

「男らしくないってか?」

「男らしいとか、女らしいってのはジェンダーバイアスです。前時代的ですよ?」

「悪かったな。教養がなくて」

「でも先輩にはBDSがある」

「……昔の話だ」

「何かを満遍なくできるよりも、何か一つを突き詰めている人の方が私はかっこいいと思いますよ。先輩はバカでも、BDSでは最強のプレイヤーなんでしょ?」

「……だから、過去の話だ。今はもう……」

「はぁ……重症ですね。これは有紗ちゃんも苦労するわけだ……」

「仕方ないだろ。まだ色々と整理がつかないんだ。あの世界は幼い俺には過酷すぎた……」

「話してみてくださいよ。特別に聞いてあげます。一時間一万円で」

「時給一万かよ。すげーな。どこのキャバ嬢だよ」

「でもそれぐらい持ってるでしょう、お金」

「まぁ3年間プラチナリーグにいたし、世界大会も3回優勝した。金は無駄にあるさ」

「無駄ですね。ほんと」

「だから喧嘩売ってるのか!」

「……話してよ。聞くから」


 じっと俺の底を見るような目つきで見てくる菖蒲。そんな目を見せられては話さないわけにはいかなかった。


 俺は話した。初めは楽しかったこと。そしてプロになって、プラチナリーグに入って……世界大会で優勝してから……ずっと苦しかったのだと。最後の方は解放されない苦しみから逃れるためだけに戦っていた。そして精神を病み、脳機能に問題が生じて引退。そのストレスから有紗に罵声を浴びせてしまったこと。全て話してしまった。チャイムがなってからも俺は話し続けた。今までここまで詳細に話したことはない。だが、菖蒲はずっと黙って聞いてくれた。


「……なるほど。これはすれ違いですね」

「すれ違いか?」

「もちろん、先輩も悪いとことはあります。でも有紗ちゃんも悪いです。もっと別の方法があるのに、こんな遠回りに見せつけるようにして……全く、不器用な兄妹ですね」

「はは、その通りだ」

「よし。てことで、放課後はパフェおごりでよろしくでーす」

「はぁ?」

「時給一万円は嘘ですけど、それなりの報酬はあってもよくないですかぁ?」

「……いいけどさ」

「やった! さすがお金持ちは違いますね!」

「お金持ちは余計だ」

「は! 先輩と結婚すれば玉の輿だし、有紗ちゃんのお姉さんになれる!? これはもしや名案では!?」

「ばか。どこかだ。もっと誠実に生きろ」

「いて」


 バシッと頭を叩く。全くよくできた後輩、いや人間だ。本当にこいつには世話になりっぱなしだ。


「はぁ……でも先輩がレイだったのかぁ〜」

「なんだよ」

「VRの世界ってリアルの情報公開している人少ないじゃないですか」

「まぁな」

「だからレイもずっと噂になってましたよ? SNSで実は20歳! いや、30歳! とか色々と」

「……そうらしいな」

「それがまさか、こんな頼りない先輩だったなんて」

「……頼りないは余計だけど、まぁその通りだな」

「ほら。その無駄に自虐的なところとか。あーあ、でもレイもただの人間だったのか〜」

「いや人間だろう」

「噂ではAIとかいうのもありましたよ? 人間を超えた動きは人間じゃないからこそできる。つまりレイは人間ではない! 企業が生み出したAIだって」

「俺はそこまで知らないが、色々な噂があるもんだな」

「ありますよ〜。私も気になって調べた時期がありましたし。でも先輩がレイってバレたら学校中で大騒ぎですね」

「バラすなよ?」

「えぇ。だって他の女の子たちも気がつきますから。先輩の魅力にね。それに、それを知っているのは少ない方がいいです」

「はは、いいお世辞だ」

「お世辞だと思います?」


 上目遣いでそう尋ねてくるが、俺は御構い無しにチョップを叩き込む。


「いたーい! 女の子の頭を叩くなんて!」

「それはジェンダーバイアスじゃないのか?」

「むかー! 今日は絶対に奢らせますから! 放課後、待っていてください!」


 そして菖蒲は去っていった。相変わらず騒がしやつだが、まぁ……色々と助かったのは確かだ。俺は心の中で菖蒲に感謝を述べる。


 そしてふと空を見ると、いつもより澄んでいる……そんな気がした。

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