第6話 追憶 2



「はぁ……はぁ……勝ったか……」


 BDSというより、VRの世界では肉体の疲労は存在しない。それは脳による錯覚だ。でも俺はプロリーグに入ってからずっと疲れを感じていた。それは一体何なのか。そんなことも気にせずに俺はただただ進んだ。そしてそれと同時に世界中が俺に、『レイ』に注目し始めた。


 アマチュア時代からの勝率は9割超え。それはプロになっても変わりはない。新たなる新星としてVReスポーツの特集も組まれたりした。インタビューでは幼いながらも、俺は何とかBDS内で記者の質問に答えていた。


 最近は試合の後にインタビューを受けることが多くなっている。これもプロの仕事なのだと思って、俺はいつも早く休みたいのを我慢しながらも質問に応じている。


「レイ選手、今回も勝利おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「勝率9割超え。このままいけばブロンズリーグ一位で通過となり、プラチナリーグへの参加も可能になりますが……どうするのでしょうか?」

「もちろん、プラチナリーグへ進みます。目標は世界ナンバーワンのプレイヤーですから」

「大きな目標が出ましたね! 自信のほどは?」

「あります」

「これは楽しみになってきました! それでは本日もお疲れ様でした」

「はい、お疲れ様でした」


 そう言ってから俺はログアウトしようとすると、目の前にカトラが現れた。


「おめでとうございます、レイ」

「カトラさん。これはどうも……」

「あら嫌だ。さん、なんて他人行儀な態度は必要ありません。親愛を込めて、カトラとお呼びください」

「カトラは俺に何か用なのか?」

「やっぱりそうなのかしら? これはマナー違反なのですけど……あなた、大分幼いでしょう? 十代後半よりも若い……14歳くらいかしら?」

「……そんなことはどうでもいいだろ」

「もし良ければ、先輩としてアドバイスしましょうか? 若いあなたにプロリーグは大変でしょう」

「結構だ」


 プラチナリーグの最上位で戦うプレイヤー。その中にカトラというプレイヤーがいる。プロリーグ設立と同時にその戦績からプラチナリーグ入り。さらには世界ランキング4位という場所に位置しているプレイヤー。プロに入って初めての試合の時も話しかけられたが、どうにもこの人は苦手だ。それに現在のプロの中で唯一リアルの情報を開示している人だ。確か同じ日本人で、名前は……忘れたが確か20歳くらいだった気がする。美しすぎるVReスポーツ選手として、メディアにこぞって取り上げられているのは覚えている。


 そんな有名人が、俺に対して優しい声をかけてくる。でもそんなものはいらない。俺はずっと一人だった。リアルでも、VRでも、一人だった。だから今更誰かと交流を図ろうという気は無い。プロに必要なのは強さだけだ。圧倒的な強さがあれば、どこまでも羽ばたいていける。俺は……この自由の翼でどこにでもいけるし、頂点にも届きうる。



 そしてそれは現実になるのだが、俺は知らなかった。その翼はイカロスの翼。蝋で固めただけの偽物だったのだ……。



 ◇



 カトラの試合の後、俺とシェリーはプライベートルームにやってきていた。


「すごかったわね、カトラの試合」

「そうだな。やっぱりカトラは最初期からBDSのトップにいるだけはある。今日も圧倒的だったな」

「それにしても、レイの推測通りだったわね。脱帽だわ。どうして分かったの?」

「……俺がカトラと戦ったことがあるから、だな。ゴメスのやつは初戦だった。それにスフィアもカトラの得意な森林。カトラの勝利はスフィアが決定した瞬間に決まったようなもんだ」

「……説明してもらえる?」

「フィードバックはしっかりとしようと思っていたからな。でも、シェリーにもしっかりと考えてもらうからな」

「うん」


 俺は先ほどの試合のデータを読み込み、モニター上に映し出す。


「まずは初動。カトラならどうする?」

「私がカトラと戦うって仮定でいいの?」

「うん、それで構わない」

「私が得意なスキルは身体強化と氷系だけだから……まず待つしか無いわね。それで相手が来たら対処する……しかないと思う」

「カトラと戦ったことのないプレイヤーはそう考える。でもその思考の時点で負けだ。カトラの怖さは何よりも全ての戦いに意味を込めていることだ」

「意味?」

「BDSプロリーグは全ての試合が録画される。それに誰でもその試合を見れる。つまりは傾向と対策を立てやすいってことだ。だからこそ、プロプレイヤー……特にプラチナリーグのメンツはできるだけ情報を公開したくない。カトラはその意味でトッププレイヤーだ。シェリーはカトラというプレイヤーをどう見る?」

「えっと、スキルの扱いが上手いプレイヤーかしら」

「それがカトラの罠だ。みんなそう思っているし、メディアも彼女をそう取り上げる。カトラはスキルが上手い。特に四大属性と俯瞰領域イーグルアイの組み合わせが目立っている。でもあいつと戦ったことのあるやつなら分かっているけど、カトラはスキル型じゃない。剣技型だよ」

「え!? でもだって、カトラはスキルでなんども勝ってきたんじゃ……」

「それは思い込み。というよりも、周りが作り上げた虚像。対戦した選手は知っているんだ。カトラの本質がその圧倒的な剣技によるものだって」

「俄かには信じがたいわね……」

「まぁこれは戦ったプレイヤーしかわからないことだし、戦ってもその本質を見抜けないこともある。知っているのプラチナリーグでも数人だけだろうね」

「……今回の試合でもそれがわかるの?」

「あぁ。もう一度見てみよう」


 試合を初めから見てみる。


 初動。カトラは虚空を見上げるようにして、スキルを発動している。


「これは俯瞰領域イーグルアイで探索しているのよね?」

「いやブラフだよ。この時は何も使っていない」

「え!?」

「カトラは俯瞰領域イーグルアイを使うときにどこか遠くを見る癖がある。それ自体も彼女の虚像の一つ。これはただのパフォーマンス。実際には音を聞いている」

「音?」

「そう、音だよ。カトラは聴覚に特化したスキルを持っている。俯瞰領域イーグルアイじゃなくて、絶対領域フォルティステリトリーというものをね」

「……そんなスキルあった?」

「あるよ。ほら、これ」


 俺はモニターにそのスキルを映し出す。現状BDSでは隠しスキルなどはあるも、ほとんどのスキルは公開されている。だが、プレイヤーが何を使っているのかまでは分からない。あいつはこれを使っているだろうという予測しか立てられないのだ。


「えーっと。五感により周囲の環境の詳細を知ることができるスキル。ただし、視覚や聴覚などアプローチの方法は異なる……ぴんと来ないけど……」

「つまりは絶対領域フォルティステリトリーは聴覚から生じたり、視覚から生じたりするんだ。カトラの場合は耳。彼女はその聴覚で情報を意図的に取捨選択できる。だからカトラがゴメスの位置を知ったのは、本当のところは俯瞰領域イーグルアイじゃなくて、絶対領域フォルティステリトリーだろうね」

「そんなことまで考えて戦っているの?」

「カトラは特に、ね。超理論派のプレイヤーだよ。俺もカトラにはかなり苦戦した記憶がある」

「……そうなのね」

「それで、次だけど……ここ。ここでカトラは相手を捉えた」

「え!? こんな段階で!?」

「そう。カトラの真髄はここ。障害物など御構い無しに相手を見つけるスキル。はっきり言ってスフィアが森林ならば、あいつが負けることはほぼないね」


 それはカトラとゴメスの距離がかなり離れている位置。普通のプレイヤーならば分からないだろうが、彼女はこの時から動きが少し変則的になる。これはわざとだ。この試合を見ているプレイヤーを騙すためにも、この段階では気がついていないふりをする。そしてそれからしばらくして……相手を視界に入れた時からわざとらしく剣を抜く。全て計算の上に成り立ってる技だ。これもまたプロに必要な技術。圧倒的な剣技とスキルだけで立ち回れるほど、今の環境は優しくない。



「ここで見つけたわけじゃないんだ……」

「もっと前から見つけていて、このときには既に勝利のイメージがあっただろうね……そして」



 それからは一瞬。ゴメスがクレイモアを振り回している間に一気に接近して一閃。だがそれは映像ではそれほど速くは見えない。やはりあの戦場にいなければ感じ取れないのだ。あの感覚というものは。


「映像で見ると、そこまで速く見えないわね。実際に見た時の方が速く感じたわ」

「……これは純粋に情報量の違いだろう。意図的か分からないけど、映像媒体だと少しだけ鈍って見える。そしてそれが全てだと思ったプレイヤーはこうして洗礼を受ける。プラチナリーグ上位陣の洗礼は強烈だ。この敗戦が脳内を支配して、苦手意識が残ればそれまで。きっとゴメスはもう、カトラに勝てないだろうね」

「……私、プロの世界をちょっと誤解してたかも」

「それは仕方ないよ。あの世界には行ったことのある人間しか分からないことが多い。それにまだBDSは歴史が浅い。引退している選手もそれほど多くないしね。昔からのプレイヤーでコーチについているのも聞いたことはないし、まだ情報がそれほど公開されていないから」

「……私ってもしかして、すごく運がいい? あのレイがコーチだなんて」

「まぁそういう意味じゃ、運がいいかもね。俺はプラチナリーグに3年間いたし、ずっと世界ランクも1位だったから」

「やっぱお金出した方が……」


 ぶるぶると震えだすシェリー。大げさだが、それも仕方ないのかもしれない。プロリーグ、特にプラチナリーグには暗黙の了解がある。それは情報を必要以上に漏らさないこと。当時は、選手たちによる情報交換はほとんどしなかった。しているプレイヤーも中にはいるが、俺がいた当時はあまりなかった。信じられるのは己のみ。孤独な中でどれほど勝利を積み上げられるのか、それだけが重要だった。


 魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこするあの魔窟では誰も信じられない。もちろん、交流をすることはある。でもそれはあくまで表面上の話だ。自分の使っているスキル、戦法、それが漏れるだけでも敗戦につながる。そして弱点の露出した選手は連戦連敗。そのままプラチナリーグから落ちていき、さらには下のリーグもずっと落ちていく。そしてひっそりと引退。


 輝かしい剣戟けんげきの世界。


 それはメディアと視聴者が作り出した幻想。プラチナリーグに入ったことのある者だけが知る、地獄の世界こそがBDSの真髄。いつか負けるのではないか、そしてさらに負け続けるのではないか。ここにずっといるにはどうすればいい。そんな思考に陥れば、既に負けだ。個人競技などに言えることだが、メンタルはかなり重要な要素だ。メンタルが弱れば、実力も下がる。戦うには勝者のメンタリティーが必要なのだ。


 技術だけでは如何しようも無い。それが、BDSプロリーグなのだ。


「お金はいらない。俺もまだ指導者としてちゃんとできているか不安だし」

「……そうなの? なんか今更ながら、凄いことしたんだなって思うと気が引けて……」

「シェリーにしては弱気だな。怖気付いたのか?」

「そ! そんなことないわよ! 私だっていずれはトッププレイヤー……いや、世界一になるんだから!!」

「ははは、やっぱりシェリーはそうでないとな」


 談笑していると、通知が入る。それはどうやら運営からのものらしい。しかも、シェリーにも来ている。どうやらプレイヤー全員に発信しているようだ。


 その通知を見ると、驚くべきことが書いてあった。


『世界大会、三大タイトル制へ移行』


 剣聖戦、剣王戦、剣豪戦。それが三大タイトルの名。 


 そして、今年を境にBDSの世界大会は三大タイトル制になったのだった。

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