第7話 リミニ領、領主グイド

 華美とは対極にある堅牢堅固な造りの城が街の中心に建っていた。グイドの先導で馬に乗ったまま城門を抜け、城の入り口で馬から降りると、そのまま城の中へと案内された。


 グイドが廊下を歩きながら話す。


「伝令は届いている。急なことで疲れただろ? 部屋を準備したから、ゆっくり休んでくれ。あ、その前に夕食だな」


 三人の後ろを歩いていた執事が静かに助言する。


「食事の準備は出来ております」


「じゃあ食堂に行こう。こっちだ」


 そのままグイドが先導して歩く。


「ここだ」


 木でできた両開きのドアをグイドが開ける。そこは複数の細長いテーブルと椅子が並び、数十人が一斉に食事が出来る食堂だった。


 食堂の広さに足を止めている二人にグイドが声をかける。


「そっちは大人数で食事をするときに使うんだ。今日はこっちだ」


 グイドが食堂の端にあるドアを開ける。すると、そこには丸いテーブルと椅子が三脚置いてあった。その隣には食事が乗ったワゴンがある。


「適当に座ってくれ。なにか飲みたいものがあるか?」


「いえ、とくにはないです」


 答えながらルドが近くの椅子に座る。クリスも同じように椅子に座った。


「なら、この土地名産の酒があるんだが、どうだ? 少し辛口だが美味いぞ」


「あ、いえ。お酒は遠慮します」


「相変わらず真面目だな」


 そこでグイドがクリスを見る。


「まあ、仕事中だし仕方ないか」


 メイドが現れて食事をテーブルに並べていく。全ての料理をテーブルに置くと執事を含めた使用人全員が一礼して部屋から出て行った。


 普通なら給仕をするために使用人が残る。クリスが使用人たちが出ていったドアを見ているとグイドが笑いながら言った。


「ここでは人に聞かれたくない話をすることが多いから、使用人には出て行ってもらうんだ。呼べばすぐ来るから問題はない」


「そうか」


「腹が減っただろ。まずは食ってくれ」


 グイドが食事に手をつける。その姿を見てルドは顔を隠していた白い布を取って食事を始めた。クリスもゆっくりと食事を始める。


 グイドは手を止めることなく食べながら言った。


「城壁の倒壊現場での怪我人の治療は助かった。ありがとう」


「当然のことをしたまでだ」


 平然と答えるクリスをグイドがジッと見つめる。


「なんだ?」


「いや、まさかカイ殿の孫が治療師になっているとは思わなかったからな」


 グイドの言葉にクリスがルドを睨む。ルドは慌てて首を横に振った。


「自分は何も言ってないです!」


「ハッハッハッ! セルシティ第三皇子から聞いている。オレは昔、ガスパル殿とカイ殿に可愛がられたからな。今回のことは全力で協力させてもらう」


 クリスは食事を再開しながら頷いた。


「そうか」


「で、セルシティ第三皇子からの今後の指令だ。ルドのその服だと目立ちすぎるから、明日からはセルシティ第三皇子が準備した服に着替えて移動しろ、ということだ」


 ルドの顔が盛大に歪む。


「嫌な予感しかしないのですが……セルはどんな服を準備しましたか?」


「そう警戒するな。セルシティ第三皇子の親衛隊の服だ。それなら魔法騎士団ほどではないが相手を牽制できるし、権力もある。検問を抜けるのに苦労することはないだろう。あと、そちらの治療師の……」


「クリスだ」


「クリスか。クリスの服も準備してあるぞ」


 食事をしていたクリスの手が止まる。


「クリスは目に包帯を巻いて王都の治療師に目の治療をしてもらう予定ということにしろ、ということだ。つまりクリスは、とある貴族で目の治療のために急いで王都に行く途中。ルドはその護衛、という設定だな」


「確かに魔法騎士団と治療師の服は目立つし、噂もたちやすい。ここで服を変えるのは妥当か」


「そうですね」


 クリスとルドが納得する。そんな二人を眺めながらグイドが面白そうに目を細めた。




 食事を早々に終えてフォークとナイフを置いたクリスにグイドが声をかける。


「まだまだ料理はあるぞ。お代わりが必要なら遠慮なく言ってくれ」


「いや、もう充分いただいた。疲れたので先に休みたいのだが、いいか?」


「そうか。では部屋に案内させよう」


 グイドがテーブルの端に置いていた呼び鈴を手に取って振る。軽やかな鈴の音とともにドアが開いてメイドが入って来た。


 クリスが立ちあがるとルドも手を止めて立ち上がった。その様子にグイドが笑う。


「全力で協力するって言っただろ? この城にいる間の守りは任せろ。ドアの前に交代で見張りの兵を付ける。それとルドの部屋は隣に準備した。食事が終わったら顔を見せたらいいだろう」


 クリスが横目でルドに確認する。ルドはグイドに軽く頭を下げた。


「鉄壁の守護者と呼ばれたグイド将軍の守りほど安全なものはありません。お言葉に甘えさせて頂きます」


「では、先に休む」


 クリスはメイドに先導されて食堂から出ていった。


 ルドが急いで食事を口に詰め込む。その様子にグイドが笑った。


「そんなに焦ると喉に詰まらすぞ。それに、明日以降のことについて話しておくこともあるからな」


「話しておくこと?」


 グイドが再び呼び鈴を鳴らす。入って来た執事が空の食器を下げると、テーブルに地図を広げて下がった。リミニ領から王都周辺の地理が書かれている。


 グイドがリミニ領から王都へ伸びている道を指さした。


「王都へと続く大きな道だから迷うということはないだろう。道中の治安もそんなに悪くはない。明日の昼はカントゥー町で馬を交換できるように手配してある。ただ、次に宿泊することになるソンドリオ領のビガット・ベッピーノ領主には気を付けろ。元は王都に住んでいた貴族だが、十数年前にヘマして地方に飛ばされた。無理やりにでも手柄や恩を作って王都に戻ろうとしている野心家だ」


「そんな人に領主をさせているのですか?」


「全ての人間が聖人、潔白というわけにはいかないからな。大それたことはできない小心者だが、自分より身分が下の者には横柄な態度を取る小者だ」


「わかりました。気を付けます」


「そんな領主だから、お前たちの本当の素性は明かしていない。さっき説明した設定通り、貴族とその護衛ということになっている。ま、護衛といっても身分が親衛隊だから下手に手は出してこないだろう」


 ルドの顔が険しくなるが、グイドはかまわずに話を続けていく。


「で、その翌日の昼はフォリーニョ町で馬を交換して、夜はイセルニア領の領主の城に宿泊するようになっている。ここの領主だが、代々この土地を治めている領主でおっとりとした気品がある夫婦だ。ただ長く土地を治めている血筋だけあって一筋縄ではいかないしたたかさもある。まあ、一泊するだけだから問題はないだろうが、小細工や肩書は通用しない。その人自身を視て態度を決める夫婦だ。ここの夫婦にも本当の素性は明かしていないから、気を付けろよ」


「はい」


「今回はどこから狙われるか、誰が敵と通じているか分からない。セルシティ第三皇子もそのことを懸念して情報は必要最低限しか流していない。この城にいる間の安全は保障するが、一歩出たら常に警戒しろ」


「はい」


 緊張した面持ちのルドの頭をグイドがグシャグシャと撫でる。


「たった三日の護衛だ。お前なら楽勝とまではいかなくても、そこまで難しい任務じゃないだろ?」


「ですが油断はできません」


 鋭い気配を放つルドの頭をグイドが軽く叩く。


「だから、ここでは気を張らなくていいって。明日からに備えて今日はしっかり休め」


「そうですね」


 ルドが肩の力を抜く。そこでグイドは呼び鈴を鳴らした。

 すぐに入って来た執事にグイドが指示を出す。


「部屋へ案内してくれ」


「はい」


 白い布で顔を隠したルドは執事に案内されて部屋へ移動した。

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