第34話 走ると沈む奴
翌朝。
いつものように六時には部屋を出ると。
「おはようございます、師匠!! いつも早起きだと聞きましたので僕も五時に起きて待ってました!!」
「おう、おはよ。五時ってお前、この時期だとまだ暗かっただろ」
ウェルの奴がめっちゃいい顔して待ってた。
困ったな。
鍛えてやるとか安請け合いしちまったけど、ハウザーのパーティーメンバーだしな……
「師匠は朝早く起きて何をなされるのですか!?」
いや、夜やる事ねーから早く寝ちまうから早く目が覚めるだけで……
「ここテラスあったよな? 案内してくれ」
「はいっ! こちらです、師匠!!」
おいおいおい、さっきから師匠ってなんだよ!?
まだ何も教えてねーし何も考えてすらいねーんだぞ!?
紫色の空に濃紺の大地、橙色の太陽が登り始めて三色が混ざりだす。
毎日こんな朝日を見るのが日課になってるけど、これも時間の贅沢な使い方だよな。
「綺麗な朝日ですね。師匠はこのような静かな朝がお好きなんですか?」
「ま、まあな……」
そのキラキラした目をやめろ……
「コーヒーを貰って来ましたのでどうぞ」
「おう…… ん、コーヒーまでうめぇな」
すっげー見られてっけど何をそんなに期待してんだ!?
やっぱこいつ鍛えてやんねーとダメなんかな!?
んでこいつは結構喋る奴で、オレも暇だしナスカ達が起きてくるまでいろいろと話してた。
この街の魔法医の息子らしいんだけど、以前アルテリアが魔獣の襲撃を受けてる時に魔法医院で冒険者の回復に当たってたんだと。
一ヶ月くれー続いた襲撃のせいで冒険者の怪我人は増える一方。
もう回復しきれねーってんで役所の所長さんには王国に助っ人呼びに行ってもらったところでミリー達の登場だ。
冒険者でありながらヒーラーのミリー。
そんなミリーが重症患者を一晩で全員完治させちまった事に感動したらしい。
そんで次の日の魔獣の襲撃ん時にはミリーが最前線で戦ってる。
その上御伽噺にしか出てこねーと思ってた魔族まで出て来たのに最後はミリーがとどめを刺したんだと。
それを見たこいつはミリーを崇拝? するようになって魔法医やめて冒険者登録したって事らしい。
この街の冒険者はめちゃくちゃ強えってんでハウザー達も暇してたんだろな。
ウェルが冒険者登録してるとこを見てたらしい。
何度か魔法医院に行ってたからウェルの事も知っててパーティーに誘ってもらえたらしい。
ま、ウェルは戦えねーからクエスト行っても後衛のリンゼに守ってもらってるんだけどな。
やっぱ男として守られたまんまじゃ情けねーから強くなりてーんだと。
まぁ気持ちわからなくもねーけどな。
鍛えてやってもいいけどこいつの根性次第かなー。
朝食うんまっ!!
食パンみてーなのくり抜いて、そこに卵、チーズ、塩胡椒して肉の燻製もちょっと入ってんな。
最初にくり抜いたパンをその上から被せて、また裏返して焼いただけのシンプル料理だけどこれがめちゃくちゃうめぇ。
あとはサラダとスープ。
サラダにはドレッシングと…… これはマヨネーズ。
マヨネーズがあるんなら唐揚げにタルタルソースかけて食いてーなぁ。
なんの出汁かわかんねーけどこの透き通ったスープも最高だな。
ちょっと香りに癖があるけどそこがまたいい。
「勇飛達は今日どうすんだ? オレ達はいつものように役所行ってクエストの確認してから決めるんだけど、まぁたぶんまた大したクエストはねーだろな」
「うちは特に予定はねーな。ただ…… ウェル。お前ほんとにオレに稽古つけてほしいのか?」
「はい! 師匠に鍛えてもらってハウザーさん達の力になりたいんですよ!」
「ハウザーはいいのか? 昨日会ったばっかのオレにメンバー預けて」
「ヒーラー冒険者の師匠って事なら任せてみる価値はあるしな。悪いけど頼めるか?」
ハウザーも魔法を教えれねーってんで困ってたみてーだし仕方ねーかな……
ウェルの奴めちゃくちゃ期待してっけどオレの訓練は結構キツいぞ?
ま、どんな事にも耐えてみせるって言うしやってやるか!
「よーしウェル! 今日からオレが鍛えてやっからな! 甘っちょろい考えは捨ててついて来いよー」
「はい! ありがとうございます師匠!!」
そんなわけで今日からオレはウェルの師匠として鍛えてやる事になった。
しばらく暇になるカイン達はハウザー達と一緒に行動してもらえばいいだろ。
金も結構持ってるし別に急ぎの旅でもねーしな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
場所は変わってアルテリア南の草原地帯。
ここなら他に迷惑もかかんねーもんな。
デンゼルのゴレンみてーにジムがあれば早えんだけどアルテリアにはねーから自重トレーニングだな。
「よしウェル。まずは腕立て伏せからだ。限界まで負荷かけてやっから気合い入れてけよー?」
「はい師匠!!」
って腕立て伏せやらせてみたんだけど一回もできねーとかマジか!?
試しに全力で走らせてみたんだけど平らな地面走ってんのに頭の高さが下がってく。
まさかと思うが自分の体重支えきれなくてまともに走れねーのか!?
100メートル程度も全力で走れねーとかこんなんでよく生きていけんな!
でも地球にも似たようなのいたような……
たしか痩せてて手足が長く見えるからってかっこいいとかキャーキャー騒がれてた奴。
走るとクッソ遅えし何故か沈んでくのがいたわ。
たぶんあれは筋肉が全然ねーからだろうけどそんなんで男として大丈夫なのか?
子供と喧嘩しても負けんじゃねーかな?
でもウェルもそいつ等と一緒かぁ……
冒険者ってそんな甘くはねーよなぁ……
とりあえず体力の限界まで走らせてみたけど五分くれーしか走れねぇ。
しかも全力で走ってるはずなのにオレが歩くのと変わんねぇし、体重支えきれてねーから走ってんのか変な歩き方してんのかどっちかわかんねぇ。
ヒーラーなんだし回復してるんだろうけど全然間に合ってねーしな。
倒れ込んだところで仕方ねーから回復してやった。
「おいウェル立て! まだまだ休むにゃ早えぞ!」
「し、師匠! 厳しすぎますよぉ!!」
ああん!?
何言ってんだこいつ……
まだ五分しか歩かせてねーだろ!?
ああ、違え…… こいつにとっては走ってるんだった。
もう冒険者辞めちまった方がこいつのためなんじゃねーかな?
……
いや、まだたった五分だ。
まだこいつを見限るには早すぎる。
師匠として弟子をそう簡単に切り捨てるなんてできねーだろ!
まだ走らせただけの師匠だけど。
「どんな事にも耐えてみせるんじゃねーのか? オメーの根性はこんなもんか!?」
「っっ…… ぼ、僕はまだまだやれますよ!!」
膝を掴んで気合いを入れて立ち上がったウェル。
息切らせて笑う膝抑えてっけどさぁ、さっきオレが回復したよな?
全快してるし朝より調子いいはずだよな?
まぁフリだけでもやる気見せてるし次いってみるか。
「走るのはまずダメな事がわかったからスクワットからやるぞ。こうやってケツ落としていって太腿が地面に水平になったらゆっくり立ち上がる。よし、やってみろ」
オレが手本見せてやったから同じように頭の後ろに手を回してスクワットを始めた。
三十度、四十五度、六十度…… で倒れた。
「ウェルはさぁ、階段とか登れんのか?」
「ぐっはっ…… きっつ…… はぁ…… はぁっ、調子いい時はっ、一気に二階まで登れますねっ」
なんか目眩してきた。
こいつを鍛え始めてから八分くらいか……
オレも充分頑張ったよな……
もう今のこいつに自重トレーニングなんて無理だろ。
「コール…… おぅカイン! ハウザーに伝言頼む!」
『あれ? 勇飛怒ってない?』
「ああ、イライラしてっけど怒ってはねーよ」
『それを怒ってるって言うんだよ。それで伝言って何を伝えればいいのかな?』
「今日からしばらくウェルの奴を徹底的に鍛えてやっからよぉ。オレが納得いくまでこいつと山籠りしてくるわ。じゃあな!」
『ええ!? 山籠り!? なん……』
説明足りねーかもしんねーけどまぁいい。
イライラしてんしビシバシとしごいてやんねーとな!
自重トレーニングが無理なら仕方ねぇ。
オレが強制的に筋繊維引き千切ってやる!
まず走れねーんじゃどうにもなんねーからスクワットからだな。
「ウェル。頭の後ろに手ぇ組んでちょっと膝曲げて立て。オレが負荷掛けてやっから踏ん張って耐えろ」
「わ、わかりました…… これでいいですか?」
「よーし。じゃあいくぞ」
オレがウェルの腕掴んで強制的に屈伸させる。
多少は踏ん張ってっから力ずくで強引に、そして早く上げ下げしてやる。
「うあぁぁあ!! 痛い!! 足がっ! 腿が刺すように痛いです!!」
「じゃあ太腿を全力で回復しろ」
ってな感じで一時間ぶっ通しで強制スクワット。
回復が全然間に合ってねーからウェルの太腿は赤紫になって腫れ上がっちまった。
大量に買ってきた干し肉を食わせて水分も補給。
その間にオレはウェルの太腿に回復魔法を掛けてやる。
なんでオレがヒーラーのこいつを回復してやんなきゃいけねーのかは謎だ。
太腿が回復して多少はまともな筋肉がついたんじゃね?
今朝よりも一回りは太くなってっけどまぁまだまだ細え。
試しに走らせてみたら普通に走れるようになってるし効果は絶大だったと言えるだろう。
ま、それでもまだ全然遅えけどな。
次は腕立て伏せも同じ要領でやってみるか。
あと腹筋と背筋をワンセットずつ同じようにやってやれば並の人間程度に動けるようにはなるだろ。
また内出血で赤紫になって腫れ上がるんだろうけど、ウェルはどんな事にも耐えれるっつーんだから大丈夫なはずだ。
◆◇◆
もう十五時か。
ウェルもそこそこ動けるようになったし、そろそろ山籠りの準備しねーとな。
つってもこの辺には山はねーし、ザウス王国の手前からは山になってっからその辺でいいか。
こっから山までは20キロくれーはありそうだけど……
「じゃあ次は走って体力つけるぞ。あの山までランニングだ」
「山って…… あの霞んでてほとんど見えないあの山までですか!?」
「おぅ! 行くぞ!」
「ひぇぇえっ」
「ひぇぇえじゃねーよ。走れるようになったんだからこっからが本番なんだからよぉ」
一日掛けてやっとまともな人間になったからな。
もうこうなったらオレが納得するまで徹底的に鍛えてやる。
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