第15話 真っ二つになったりしないよね?

 非常に明快かつ一方的なやり取りの元、誓約書を書くことが決まった。


 まあ、この異世界に生まれてから初めて古代遺跡のようなものを見ることができたので、そこは良いかな。


 巨大な門をくぐって特殊訓練場の中に入ると、どう説明したら良いのかわからないけど、ストレートにざっくりと表現するならば【スケールがでかい】って感じかな。


 なんというか感動するものがあるなあ。


 施設の色々なものに感動していると、前を歩く団長やグレイスさんがこの特殊訓練場の来歴を簡単に説明をしてくれていた。半分くらい聞き逃した気がする……。


 ただ古代遺跡としてではなく騎士団の訓練場として説明されると、ちょっとだけモヤっとする。言わないけど。


 なんでもここが第三騎士団によって発見されたのは、英雄ニストレムが第三騎士団に在籍していた時代から五十年ほど経った頃らしい。


 第三騎士団は英雄を失ったことで、かつての栄光に陰りが出てしまい発言力が弱まっていたのだそうな。まあありがちではあるかな。


 そんなときにここを発見してから、様々な実験を経て一つの用途を見出した。


 それが【怪我をしない訓練場】だ。


 なんでも大きな扉をくぐったこの特殊訓練場内では、死んだりするような衝撃や大怪我をするような衝撃を受けたとしても、痛みを感じることはあっても実際には外傷が一切残らないのだとか。


 未だに細かい構造が解明できていないみたいだけど、施設奥にあるコアのようなものが魔石をエネルギーに動いているっていうことだけは判明しているらしい。


 ダメージが発生すると魔石が目減りしていくみたいなので非常にわかりやすかったんだって。


 よくファンタジーお約束のありがちな訓練施設ってやつだね。


 この施設で訓練をすることで、他の騎士団と比べて比べ物にならないほどの実戦経験を積むことができる。戦いへの慣れが生死を分けるような判断を鍛えることができるというわけだ。


 そうして今日に至るまで、第三騎士団は現在の立場を守ってきたのだ、と。


「まあ、説明するだけでは実感できないだろう。さあ、剣を抜きたまえ」

「あ、やっぱりそうなりますか?」


 グレイスさんの説明が一通り終わったあたりで、団長が腰に帯びている剣を抜き放ちそう言った。


 ……ここで説明を聞いているうちに、もしかするとそういうことになるんじゃあ無いかと思ってはいたんだ。


 だからそれほど驚きはないんだけど、団長の要望に答えるためにはどうしても足りないものがある。


「すみません。俺、剣持ってないんですよ」

「……何を言っているんだ。その腰に帯びている剣は飾り物か?」

「あー、飾り物と言うかなんというか、こんな感じで……」


 申し訳ない思いに包まれつつ、剣を鞘から抜いて二人に見せる。


 町中では戦うこともないだろうと思ったのだけどついついここまで持ってきてしまったのだ。


 しかし根本からポッキリと折れてしまった剣では訓練すらまともにこなすことはできない。


「鞘や柄の作りがしっかりしていたように見えたが、とんだなまくらだったか。仕方がない、準備室に行って好きな得物を選んできたまえ」

「準備室はあちらの奥になります」

「急ぎたまえよ?」

「は、はい。すぐに行ってきます!」


 グレイスさんが先導しようとしたので、駆け足で追い抜いて準備室へと一人で向かうことにする。……人知れず両手の拳を握りしめながら。


 悔しい。すごく悔しい。


 この剣は父さんが俺のために丹精を込めて打ってくれた一振りだったんだ。俺みたいな素人が持つにはもったいないくらいによくできた剣だったんだ。


 ――あんな馬鹿みたいな不注意で折れてさえいなければ、父さんの作品を馬鹿にされることなんてなかったのに……。


 頭の中が父さんへの申し訳無さでいっぱいになった。


 そこから先はどうやって剣を選んだのか覚えがない。特に感動するようなこともない。何ということのない普通の剣だ。


 訓練場に戻ると中央で団長が腕を組んで待っていた。


「申し訳ありません。おまたせしてしまいました」

「なに、大して気にしてはいない。さあ、剣を持ってきたのなら構えたまえ」

「はい!」


 団長に促されるままに抜剣して正眼に構える。


 足元の感触は上々。さっき走った感じなら強く踏み込んでも問題無いと思う。


 独学の剣が通じるかはわからない。だからつまらない小細工は無しだ。


 今の俺にできる全力の一撃を――って、ちょっと待て!?


 ……俺って全力で打ち込んでも大丈夫?


 脳裏に割れた海と遠巻きにさっくりと両断された巨大イカの勇姿が浮かび上がる。


 構えた剣ごとぶった切って、団長が真っ二つになったりしないよね?


「どうした? そちらから来ないのであればこちらから行かせてもらうぞ!」

「えっ、ちょ、ちょっと待っ――」

「安心しろ! 切られても死ぬことはない!」


 ためらう心が一つもない様子で、団長がこちらへと駆けて振りかぶる。


 その一撃に慌てつつもかろうじて剣を合わせて受けると、ずっしりと身体の芯までしびれるような衝撃が伝わってきた。


「隙だらけだぞ!」

「痛ッ! って、あれ!?」

「痛みはあるが怪我はないだろう。さあ、いつまでも怯えていないで攻撃してきたまえ!」


 団長の言う通り、確かに痛みは感じるものの外傷は一切無い。


 古代に作られた巨人文明を思わせるこの施設。未だに解明されていない異世界基準においてもオーバテクノロジー。


 生半可な人工物に比べれば十分に信頼できる!


 一旦後ろに飛び退いて片膝を付く形で着地する。そしてそのまま低い体勢を維持して力を貯めながら前を見据える。


「全力の一撃、行きます!!」

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