電子新獣サイバクルス!

螺子巻ぐるり

電子新獣サイバクルス!

プロローグ

プロローグ・1

 サイバディアにログインしたのは、今日が初めてだった。

 理由はカンタンで、サイバディアに対応した最新のVRマシンが、小学生のぼくにとても買えないほど高かったから。


 ユーザー登録画面に、今日の日付と一つ増えた年齢を打ち込む。

 12才。これから1年付き合っていく数字に、ぼくはまだしっくりこない。


 ……この場所のどこかに、彼はいるんだろうか?

 目の前に広がり始めた世界みて、ぼくは何度目かの不安に胸を締め付けられる。


『ようこそ! 電脳都市サイバディアへ!!』


 明るいはずアナウンスが、やたらと冷たく聴こえてしまった。


 *


『サイバディアは、KIDOコーポレーションが開発した電子仮想空間です』


 中世の城下町を思わせる街を歩きながら、ぼくは傍らかたわに現れた青く透明なウィンドウに目を向けた。

『視覚、触覚、聴覚。嗅覚と味覚を除く三つのリアルが、この空間では再現されています』

 たしかに、街を歩くぼくは、前髪にほんのり風を感じているし、足の裏には石畳のでこぼこさが伝わってきている。

 街道には、ゲームセンターや本屋、映画館と、色々な遊びの施設が立ち並んでいて、現実世界よりもカラフルな見た目をしたユーザーたちで賑わっている。

 この人たちも全員、現実世界からこっちにログインしてきた人なんだなと思うと、ぼくは改めて不思議に感じた。

『サイバディアの楽しみ方は、ユーザーに一任されています。まずはマイルームの登録と設定をおすすめいたしますが、どうしますか?』

「うーん……それ、最初にやらないとダメ?」

『……。スキップすることも可能です』

 ぼくの質問に、アナウンスはやや間をおいて答えた。

 会話で操作できるAIは便利だけど、検索の時間がかかる分、しゃべってる感覚は薄い。

「じゃあ、スキップで。やりたいことがあるんだ」

『……。スキップを了承しました。……。目的を選択しますか?』


「《サイバクルス》を探しに行きたい」


『了承しました。《サイバクルスハント》にはチュートリアルがあります。チュートリアルを行いますか?』

「オールスキップ。早くエリア外に出たいんだ」

『了承しました。それでは門より、ネイチャーエリアへ出発してください』


 視界の端に、赤い矢印が浮かぶ。

 そこへ向かえってことだろう。ぼくは早足で向かうけど、すぐにじれったくなって走り出す。

 ごつごつした石床をって、匂いのしない風の中、人ごみを抜けてひたすらに。


(……待ってて、ショウ。絶対に……)


 門を抜ける。石の床はすぐに柔らかい地面に変わって、木々の葉っぱがざわざわと音を立てる。


『ネイチャーエリアへ到着しました。一部機能が制限されます。ユーザーデータが保存されます。システムモードが変更されます……』


 傍らの青い窓は、小さな長方形の端末へ姿を変える。

 ぼくはそれを手に取ると、スワイプで地図を表示した。

 街の様子と、周辺の地形情報が地図に映されている。

「ここが東門で、この道が最初の森エリアにつながっているから……」

 いや、まてよ。

 その前に念のため、確認しておいた方がいいか。

「……ねぇ、この写真の場所、検索できない?」


 ぼくは端末のライブラリを選択して、一枚の写真を開く。

 うす暗い森にある、黒い岩の洞窟。


『……。該当するエリア情報はみつかりません。まだ登録されていないエリアか、もしくは――』

「だめか。じゃあやっぱり、自分で探さないとか……」


 分かっていたけど、いざ現実を目の前にするとぼくはまた不安になってしまう。

 でも、やるしかないんだ。可能性があるとしたら、そこだけなんだから。


 もう一度写真を見て、考える。

 森の木々は、ここの生えている木とはちょっと違う。この木と、黒い岩をまずは探してみよう。

「よし。よし。……だいじょうぶ。絶対に見つけられる……」

 言い聞かせるようにつぶやいて、深呼吸。

 この世界での呼吸にどれくらい意味があるか分からないけど、不思議と気持ちは落ち着いた。


 ……この写真は、親友のショウが最後にぼくに送った写真だ。

 これが送られた日を境に、ぼくも、他の友だちも、全員がショウと連絡が取れなくなってしまった。


 だからぼくは、サイバディアへやってきた。


 消えた親友を、探し出すために。


 *


 ショウとは、小学一年生の頃からの友だちだった。

 引っ込み思案だったぼくをショウはドッジボールに誘って、それからいつも一緒に遊ぶようになった。

 五年生の時に親の都合でショウは引っ越していったけど、SNSで連絡はよく取っていたし、オンライン機能を使って、互いの学校の話をしながらよくゲームも遊んでいた。


 ケンカなんかしてなかった、はず、だ。


 なのにショウは、急に姿を消した。

 ただ最後に、ぼくへあの写真を送って。

 文はなかった。ショウはいつも、最初に画像やスタンプを送ってから言葉を添えるタイプだったから、今回もそうだと思っていて……

 ……結局、それが最後のメッセージだった。


 連絡が取れなくなったのは、ぼくだけじゃない。ぼくの学校の友だちや、ショウの学校の友だちも、みんな一斉にショウと連絡がつかなくなったらしい。中には、明日遊ぶ約束をしていた子もいたくらいなのに。


 ならその理由は、この写真にあるんじゃないか?

 ぼくはそう考えて、サイバディアにログインした。

 ショウが写真を撮ったのは、サイバディア内のネイチャーエリア……自然を再現した、とてつもなく広いエリアのどこかだと、調べがついたから。


 *


「あっ、ネズミ……の、サイバクルスか」


 木々の間を、小さな白いネズミみたいな生き物が駆け抜ける。

 小さな、っていっても、ニ十センチくらいはあったかな?

 サイバディアのネイチャーエリアには、ああいう動物をモチーフにしたモンスターがたくさん生息している。

 名前を、サイバクルス。

 由来は発表されてないし、全部で何種類いるのかもまだ判明していない。


 ぼくは今、そんなサイバクルスを捕まえるゲーム《サイバクルスハント》をプレイしている、ってことになっている。

 っていうか、そうじゃないとネイチャーエリアには入れないことになっていた。変な話だな、って思うけど、運営なりの理由があるんだろうなと深く考えないことにする。


(……でもやっぱ、捕まえないとダメかなぁ)


 ぼくの目的はあくまでショウを探すことで、サイバクルスを捕まえることじゃない。んだけど、どうもネイチャーエリアは先に進めば進むほど強力なサイバクルスと出会いやすくなってるらしい。

 そんなサイバクルスと出会って、もしアバターを攻撃されたら……データは、最後にセーブされた状態まで戻ってしまう。


 目的地の周りがそんな危険地帯だったとしたら、進めるかは絶望的だ。

 だからこそ、ぼくらプレイヤーはサイバクルスを捕まえて、戦わせる必要がある。サイバクルスハントは、サイバクルスを捕まえて、サイバクルス同士を戦わせるゲームでもあるのだ。


 まぁでも、この辺りのエリアはまだそんなに危険じゃないらしい。事前にネットで調べたけど、街の半径20キロ圏内はもうプレイヤーたちに情報を共有されていて、出てくるサイバクルスも弱っちいのばっかりだって書いてあった。


「お、今度はキノコのサイバクルスと……リスかな、あれ」


 道の向こうから、いろんな小動物のサイバクルスが走っていく。

 ……でも、ちょっと変だな……

 さっきのネズミもそうだったけど、見掛けるサイバクルスたちはみんな、同じ方向に走って行ってるんだ。

 まるで、逃げてるみたいに……


「……。まぁでも、危険はないって言ってたし、ね」


 気にせず進もうとした、その時だ。


 バギバギバギバギバギッッ!!!


 木々が砕ける壮絶な音。ドスンという震動と、騒いで逃げ出す小鳥のサイバクルスたち。

「ニャゴっ! ニャゴっ! ニャゴっ!」

 縞模様の入った、一匹のネコっぽいサイバクルスが、ぼくの方へと走って来る。その、向こうには……


「グォガァァァアアアア!!!」


 高さ2mはあろうかという、巨大なワニのサイバクルスが、雄叫びを上げていた。

「……ワニ。ワニかぁ……へぇ……」

 端末を開いて、ワニのサイバクルスについて調べる。

 情報はあった。クロコクルス。

 昨日時点での危険度『A』。


 ――森の河川エリア奥に生息する、周辺で最も危険なサイバクルス。

 ――生半可なサイバクルスでは太刀打ちできない為、初心者が出会った場合は確実に逃げること。


「グルォゥ……」


 あっ、目が合った。

 ……これってもしかして、マズい状況なんじゃ……?



《続く》

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