第3話 「昨日事務所でメロメロにされちゃったわ。」

「昨日事務所でメロメロにされちゃったわ。」


 どういうわけか。

 コノは最近、ビートランドに入り浸りらしい。


 ビートランド。

 うちの親も兄貴も所属してる、事務所。

 あたしも何度かは行った事があるけど、さほど興味はない。

 コノだって、一般人としか恋しないって言ってたクセに、最近はやたらと身内みたいな人を付け狙っている。



「メロメロにしてくれるほどいい男がいる?」


「いたのよ。それに、あそこには間違いなくサラブレッドしかいないじゃない?」


 それは確かに。

 親の七光りがなんのその。

 カエルの子は蛙。

 もしかしたらそれ以上なバンドマンが勢揃いしてる。



「そう言えば、おとそのちゃんと結婚したら、おと詩生しおちゃんとチョコちゃんとも兄弟になるのよねぇ。」


 コノが空を見ながら言った。


「まあ…そうなるね。」


「ふんふん。」


「何?」


「いや、さあ…チョコちゃんって、言っちゃ悪いけど…」


 コノは妙な顔をして。


「なーんか、影薄いって言うかさ。」


 …何と無く、違和感な事を言った。


「どしたの?」


「何が?」


「いや…男の見た目とかは文句言うけど、あんたって知り合いの事はあまり言わないじゃない?」


「…そうだっけ?」


 コノはいつもの笑顔になって。


「いやー、なんかね。あたしもチョコちゃんと同じで、兄、兄、妹。でしょ?末っ子女子って、影薄いのかなーなんて。共通してるのかな?って気になったのっ。」


 両手を上に伸ばしながら言った。


「あんたは間違いなく、影薄くないけどね。」


「ふふっ。ありがと。」


 コノは…

 あたしと同じぐらいの身長。

 明るくて、誰とでも友達になれちゃう。

 飄々としてて、掴み所のない性格に思えるけど、家族や友達を大事にする所は、ほんとに…見習わなきゃなって思う。


 頭の悪さは同じぐらいだけど、頭の良さはあたしより上だ。

 …意味分かんないか。



そのちゃん、今日から個展だっけ。」


 コノが、あたしの顔を覗き込む。


「うん。」


「帰りに行ってみる?」


「うーん…」


 ちょっと気が進まない気もしたけど、一人で行くよりはいいかな…



「行ってみよっか。」


「いい男いるかな。」


「変わり者ばっかかもよ?」


「ふふっ楽しみ。」


 あたしはコノとそんな会話をしながら、そのちゃんの個展会場に向かった。




 * * *



「……」


 口を開けて見入った。

 抽象画って…ほんと…訳わかんない…

 でも、その絵を感嘆の声を漏らしながら見入ってる人達がいる。


 タイトル…『風』

 風って見える物なの!?そんな色なの!?



「ね、ねえ…おと…ふふっ。」


「…コノ、笑わないで。」


「だって、おとも…ほら、ピクピクしてるよ?」


 そう言ってコノは、あたしの頬を突いた。


「わ、笑っちゃいけないよね…で、でも…」


 コノは、口を押さえて肩を揺らせた。

 あたし達が目の前にして、笑いを我慢してる絵は…

 タイトル『家族』

 なんだか、木みたいな茶色いものに…

 白の、浮き出た丸が…


「これって、全員白眼って事⁉︎」


 コノの笑いは止まらない。

 あたしは絵から目を外して、コノの肩を抱き寄せて他の絵に向かった。


 ああ…

 そのちゃん…

 こんな絵、って言っちゃ悪いけどさ…

 こんな絵に、300万?

 …無理だよ。



「あっ、あたし、これは好きだな~。」


 コノがあたしの腕を引っ張って言った。


「何…」


 タイトル『恋』


「……」


「これ、そのちゃんの気持ちかなあ。ちゅーしょーがってよくわかんないけど、これは伝わる気がしない?」


 た…

 確かに…

 これは、何となく…気持ちがいい。



「それはそうと、最近王寺おうじ君来なくなったね。」


 そのちゃんと会ってから、王寺おうじ君が来なくなった。

 それはそれで、面倒な事が減って嬉しい。

 好きになったと言われても、あたしには許嫁がいるわけで…



「こんにちは。」


 声をかけられて振り向くと、まさに…噂の王寺おうじ君。


「やっだ、今噂してたのよ?」


 コノが嬉しそうな顔をする。

 まったく…誰でもいいのか?


「本当?光栄だな。」


 今日の王寺おうじ君は制服じゃなくて…スーツ。

 社会人みたい。



「今日はどうして?」


「うん…いずれ俺が任せてもらうホテルに合う絵を、見繕いに。」


「えーっ!!何百万もするのに買うの!?」


 コノは大げさに驚いた。

 でも…まあ、驚くか。


「うちは一流ホテルだから。もっと高い絵も飾ってあるよ。」


 ニッコリ。

 でも、どうしてそのちゃんみたいな無名な画家の絵を?

 なんだかスッキリしない。



「…浅香あさかさん。」


 突然、王寺おうじ君があたしに距離を縮めて言った。


「もし、今日…俺以外の人が彼の絵を買わなかったら…俺と付き合ってもらえないかな。」


「……」


 あたしはたぶん。

 こいつ、何言ってんだ?

 って顔をしてたと思う。

 王寺おうじ君以外の人が、そのちゃんの絵を買わなかったら?

 そしたら、あたしは王寺おうじ君と付き合う?



「…バカにしないで。」


「え?」


「売れるに決まってるじゃない。そのちゃんの絵のセンス、絶対みんな感動してるもの。」


「……」


 王寺うじ君は辺りを見渡して。


「…お客さん、少ないけどね。」


 少し笑った。


 ムカッ!!


「ま…まあまあ…」


 あたしの怒りが頂点に達しそうになった時、タイミング良くコノが間に入ってくれた。

 さすが腐れ縁。


王寺おうじ君、あっちでちょっと…あたしと話でもしない?」


「え?あ、ああ…」


 コノが王寺おうじ君を引っ張ってってくれて。

 あたしは怒りを鎮めようと深呼吸。


 …確かに、こんな絵に何百万も出してくれる人なんて…いないと思う。

 王寺おうじ君にだって、買ってほしくないよ…

 だけど『恋』って絵だけは…ちょっと、キュンときた。


 でも…

 これじゃたぶん、あたしは王寺おうじ君と付き合わなくちゃいけなくなる。

 …父さん買ってくれないかな…って、ダメか…


 何と無く気分が沈んでしまって。

 あたしはため息交じりに、辺りを見渡す。

 …そのちゃん、いないのかな…

 キョロキョロしてると…あ、いた。


 さすがに今日は、汚れたTシャツじゃあない。

 白い長いシャツに、ベージュの変わったデザインのパンツ。

 …で、やっぱりサンダル。

 裸足で寒くないのかな。


そのちゃ…あ……」


 あたしが声をかけようとすると、何人かの外人のおじさんがそのちゃんを囲んだ。

 そこで…そのちゃんは笑顔になった。


 …業界の人かな。

 近寄ってみると、どう聞いても英語じゃない。

 これは…フランス語?

 シブププレー?みたいな、シュバシュバしてる言葉。

 …そのちゃん、フランス語喋れるんだ…



「あ、おと。」


 おじさんの隙間から、あたしを見つけたそのちゃんは。

 嬉しそうにあたしの手を引くと。

 何やら…そのシュバシュバした言葉で、あたしをみんなに紹介した。


「オー」とか何とか言いながら、おじさん達が笑顔であたしに挨拶する。

 あたしも、よくわかんないけど…笑顔で応えた。

 おじさん達!絵買って!



おと、どれか気に入ったのあった?」


 そのちゃんがそう言って。


「…どれもよく分かんない…」


 あたしがつぶやくと、それを訳したそのちゃんに、おじさん達は大笑い。

 うーん…

 居心地悪いぞ…



「あー…でも、あの黄色とピンクのは好き。」


 あたしが『恋』を指差して言うと。


「ほんと?あれ、おとのために描いたんだ。」


 そのちゃん、満面の笑み。

 …ドキッとした。

 だいたい、いつも柔らかく笑ってるそのちゃん。

 笑顔なんて見慣れてるのに…

 今の笑顔、ちょっと…

 反則だよ…



 おじさん達が何か言いながら、カメラを構える。


おと、笑って。」


 そのちゃんはそう言って、あたしの肩を抱き寄せた。


「えっ…」


 やだ。

 ドキドキする。

 肩を抱かれただけなのに…

 やだ。


 あたし…

 そのちゃんに、恋しちゃったよ…。




 そしてこの後。

 そのちゃんの絵は、あたしの予想を裏切って。

 売れた。


 しかも、全部売れた。




 王寺おうじ、敗北。


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