仕掛け
大きな銀色の機械の上から桜花の顔が飛び出ている。
入ってきた三人を認め、桜花は芝居がかった口調でおごそかに話しだした。
「ようこそ……。歯車とからくりに満ちた虚無のアンダーグラウンドへ……」
和明は無言で聞き入った。無限の憧れを込めた無垢な視線を桜花に注いでいる。
恵美は無理をせずに笑顔で受け流した。無意味なことに対しての無難な反応といったところか。
無関心を決め込み無視をした霧江が、無音で桜花箱に歩み寄る。無駄な時間を費やしたくないと背中が無愛想に語っていた。
「前に見たわ、これ」
と桜花箱の背面にあった扉を開け、桜花の手首をつかんで引きずり出す。
「いたたた、無慈悲!」
「無益なことしてるんじゃないわよ。今日、話があるんでしょう。そもそもアンダーグラウンドって言っておいてここ1階だし」
「そこまで無知じゃないよ。けど無害なサプライズくらいあっても」
「必要性が無いのよ、皆無というより絶無に等しいわ」
いつも通りのやりとりを行う二人に、恵美が声をかけた。
「桜花、この大きいの、なんだっけ?」
「全自動固ゆで卵殻剥き機、名付けて
「あ、そこは猫の手じゃないんだ。これ、固ゆでじゃないとダメなの?」
「ポロリン当然壊れる。ポロリン、外からの衝撃には強いけど、中はデリケート」
和明は一瞬思考する。固茹で卵の殻を剥くだけのバカでかい機械になんの意味があるのかと。だが実際に出てきた言葉は
「たったの30秒で剥けるなんて、すごい便利だね。ゆで卵といえばカチカチの固ゆでが一番おいしいからね」
だった。思わず皆の視線が集まるほどの、脳みそツルッツルなバカ声である。
霧江が眉間にしわを寄せ、桜花の手首をひねる腕に力を込める。
「小野君、そういうこと言うとこの子、本当に勘違いするから。もっとダメになって、社会悪にまで成長しちゃうから」
「ぎゃあ、ギブギブ!」
「桜花、そろそろ本題に入りなさい」
「わ、わかりました。それではこちらを」
桜花が空いている手を壁に向けると、スクリーンが降りてきた。ついで指をくるくる回すと、そこに動画が映し出される。
和明はあっけにとられた。そんな技術を持ちながら、なぜ固茹で卵剥き機などというものに時間と情熱とお金を費やすのか、全く意味がわからなかったのである。霧江と恵美は見慣れているのか、慌てた様子はない。
困惑しているうちに、スクリーンには、壮年の男性が映し出された。全身に鎧のようなものを身に着け、どこかの場所から飛び降りようとしているようだ。背中には20個ほどのプロペラが高速回転している。時折空中を睨み、片手を突き上げ咆哮している。どこかで見た顔の女性からタオルを受け取り汗を拭く。
桜花は映像を停止した。
「あれが私のお父さんとお母さんなんだけど」
和明は下を向いて黙っていた。特撮番組か格闘ゲームに出てくる悪役が、そのまま日常に落とし込まれたギャップの面白さが腹筋を直撃していた。
だが霧江と恵美は見慣れているようで、「またアーマーが大きくなってない?」とか「結局、何目指してるんだろう」などと小声を交わしている。
「見ての通り、あの乾電池アーマーから電気を供給して飛ぶ実験」
どこらへんが見ての通りなのか和明にはさっぱり分からなかったが、
「名付けて『
桜花のネーミングセンスが親譲りだということは理解できた。
「やめてって言ってもやめないし、月に何度かすごい数の乾電池買ってくるんだけど、ああいう感じのイカれた実験に使っちゃうのよ。『来月返すから』って私のバイト代も持っていくことあるし。最近どんどんおかしくなってきて」
ああ、そういえば電気屋でバイトしてる奴が言ってたな。「あるだけ電池持ってこい」って言う人が月イチで来るって。そもそもこんな大豪邸に住んでいるのに、なんで如月さん貧乏なんだろうと思っていたけど……。
「なので、そろそろぶっ飛ばして無駄な発明をやめさせたい。目を覚ましてやる。けど、あのアーマーが厄介なの。重たくて分厚いから、風とか打撃とか効かないんだ」
「で、そのぶっ飛ばす役目を小野君にさせるってこと?」
霧江が口を挟んだ。不快そうな表情を隠そうともしない。
「そんなことに小野君を巻き込まないでよ。なんかあったらどうすんの?」
「あー……。多分安全かと……」
「多分? 多分でそんな危ないことさせられるわけないでしょう!」
恵美が桜花を見つめた。桜花と一瞬だけ目が合う。桜花は視線を逸らし、まばたきを繰り返している。
恵美は察した。
これは、桜花の仕掛けだ。和明を人質状態にして霧江の判断力をにぶらせ、決定打を打たせる為の小芝居だ。傍から見ている恵美には、桜花が霧江タンクにチョロチョロと誘い水を注入している様子が想像できた。
だがもうひと押しだ。もっと大胆に水をぶちこむ必要がある。
恵美はバケツに水を組み、霧江にぶっかけた。
「霧江も桜花も落ち着きなよ。桜花、それ安全なんでしょ?」
「まあ、うん」
「桜花がそう言うのなら大丈夫なんでしょう。で、霧江はなんでそんなに小野君の心配してるの?」
「好きだからに決まってるでしょう!」
水が出た。一気に噴出した。
「そんなの好き! お、小野君が好き! どうしよう! 二人きりでもないのに!」
恵美と桜花は一瞬視線を合わせ、小さく頷いた。
霧江は真っ赤な顔を両手で覆い、その場をくるくると回っている。
出てきたのは水ではなく、熱湯だった。間欠泉を思わせるほとばしりは収まらない。
ではその熱湯を浴びせられた和明はどうか。
こちらもやはり両手で顔を覆っていた。
あんたら、平成も終わろうという時にタイムスリップしてきた昭和の女子かという言葉を恵美はこらえる。
呼び鈴が鳴った。桜花が扉を開ける。若い女性がいた。
「桜花さん、お母様がお呼びです。ご友人の方も、と」
桜花はあからさまなため息をついた。
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