13. 東中は神なので校舎の見取り図がネットで手に入る




 教室でteilorの絵を片付けた後、ボクは国研へ行き、ゴミさんは図書館に戻るので逆方向に別れることになった。

 そして、二年の教室が並ぶ廊下の端、トイレの辺りに二人、女子生徒が現れるの目にする。


 二人が誰なのかわかった瞬間、全力で走ったけど時すでに遅く。後ろの英研エーケンの戸が独りでに開き、何かがユキ目がけて飛んできた!


「ユキ!」


 右腕に飛んできたものが当たり、彼女は勢いでもんどり打って倒れる。


「アハハハ」


 マナちゃんはボクを横目に笑う。

 文句を言う無駄ははぶいてユキに駆け寄ると、手首にこんもりと輪ゴムが巻き付いて肌が白い。


「妖怪……!」


「知らないけどアイツが!」


 ユキは立ちながら忌々いまいましげにマナちゃんを見ながら言った。


「ハハ、ヤマダ、超面白い」


「ユキに何したの!」


 ボクはユキから輪ゴムを毟り取りながらマナちゃんに聞く。

 返事が来るより先、手の中の輪ゴムがうごめくのがわかって鳥肌が立った。


 くるんと起立し、プルプルと震え、指先をすり抜けて飛び、ユキの腕へ戻る。

 昨日のハナシだと……。


「仲間を取り戻そうとしてる、なら! これ、どこにあったの?」


 ユキは横の水道の蛇口を指差した。


「ちょっと、ごめん」


 手首に巻き付いた輪ゴムのに深く指をめり込ませて引っ張る。


「う、痛い」


 手首に掛かる圧力が増えてユキは顔を歪ました。ボクも痛い。

 こうしている間にも輪ゴムが飛んできて手首の塊は膨れ上がっていく。


 このままだと骨が折れて、その、ち、ちぎれちゃうかも。

 そうなる前に、指先に力を込めて輪ゴムをユキから引き剥がした。


「も、元の場所に戻せば!」


 ボールみたいになった輪ゴムの、穴になった辺りを蛇口にぐりぐり押し込む。

 先っぽに三分の一めり込んだところで手を放した。


 輪ゴムのボールはその位置で停止。

 無音むおん



 ぴちょん。



 と、蛇口から水滴。

 塊がドクンと心臓しんぞうみたいに収縮しゅうしゅくし、シンクに落ちた。

 蛇口の先端は……くちゃりと潰れている!


「嘘、嘘!」


 輪ゴム達はハラハラと解けてユキの手首へと飛んでいく。

 ユキは手で振り払うけど一つ二つと戻ってしまう。


 元に戻るだけじゃダメなんだ。

 目的は、復讐ふくしゅう


「そうそう、も込みってワケ」


 水道から離れてマナちゃんは高見の見物。


「何とかしてよ、このままじゃユキが!」


「頑張れ~」


 詰め寄っても彼女はふざけて手を振ってくるだけ。

 ダメだどうしよう、と途方とほうに暮れると、ユキがマナちゃん目掛けて飛び出した。


「この、クソ野郎!」


「あっ」


 ユキの左手には輪ゴムの束が握られていて、マナちゃんの振っていた手を右手で掴んで輪ゴムを無理矢理はめた。



 ヒュルルルル……。



 マナちゃんの手首に輪ゴムが集合。


「あれ?」


 ゲラゲラだったマナちゃんは、右手をヒラヒラさせつつ顔を青くさせていく。


「そう言えば、マナちゃんが最初に蛇口から輪ゴムを取ったんじゃ……」


「あ、そっか」


 彼女が目と口を丸くするのを見て、こんな顔するんだ、って場違いな感想。

 いや、そんな場合じゃない。


 ボクはユキと顔を見合わせ、頷く。


「逃げよう!」


 一緒に走り出すと、マナちゃんもついてきた。


「こっちくんなアホ死ね!」


「まあまあ、マナの次はヤマダなんだから」


 ユキになじられても、どこ吹く風だ。

 マナちゃんの言うことにも一理あると思う。


「ここは協力しよう。アレのハナシ、続きは無いの!?」


「それが無いの。ヤマダを観察して作ろうと思っててさ」


 二年の廊下を走り抜ける間にも輪ゴムはマナちゃんに集まっていく。

 輪ゴムは後ろだけじゃなく前、横の教室からも飛んできた。


「大体これ、何!? 妖怪なんているわけないのに!」


「いやいるじゃん実際に。目に見えるものを信じなよ」


 マナちゃんの平然とした態度はユキを一層怒らせる。


「何でそんなに落ち着いてるの、ミハルも!」


「ボク!? まあ初めてじゃないから、かな……」


 走りながら喋ると脇腹が痛い。

 角を曲がって渡り廊下へ。


「おかしいよ、何でそんな簡単に受け入れられるの!?」


「うるさいなあ、あるものはあるんだよ。ヤマダが知らなかっただけ」


「うん、何か本当はあるみたいなんだ、こういうの」


「だからそれがおかしい!」


「ユキ、確かにそうかもしれないけど今は」


「いいから」


 納得いかない様子のユキをなだめようとすると、キッと睨まれた。


「ソレで何するつもりだったの?」


 マナちゃんは右手の輪ゴムを引き剥がしながらユキの質問に答える。


「んー怖い話を作りたくて」


「私にけしかけてきたのは何で!?」


「面白いから。決まってんじゃん、必死なヤマダ、スゲーウケたし」


 ユキは首を前に戻してフルフルと二三度振った。

 薄い唇をへの字に曲げて、本当に呆れた顔。


「何も変わってない」


 ユキは吐き捨てるように言う。


「面白いから。ウケるから。その度に人を傷付けて。それでどうなったの?」


「……」


 マナちゃんの目に剣呑けんのんな光が宿った。

 うっ。


「そろそろ話を戻そうよ! どうすればいいか考えないと!」


 渡り廊下を越えて南校舎。

 角の美術室から太った男子が出てきて、バタバタ走るボクらにぶつかりかける。


「おい!」


 と、声を掛けられたけど止まってる暇は無い。

 二人がまた何か始める前に必死で頭を巡らして、提案ていあんをする。


「ボク、ネットの知り合いに聞いてみるよ」


「当てになるのその人、陰陽師おんみょうじとか!?」


 ユキに言われて、脳内でうーみんさんの情報をまとめる。


「えーと、オカルトに詳しい東中生のTLを監視している中年男性」


「ヤバ、え、ミハルちゃんそんな奴と付き合ってんの」


「違うよ! じゃあボク一端離れるから」


「ちょっと、ミハル!」


「二人とも二手に分かれるとかして、喧嘩しないようにね!」


 不安げなユキを置いて、ボクは廊下を走り抜けてトイレに駆け込んだ。







 幼馴染が行ってしまった。 


「一階」


「は!?」


 ユキエが身の振りを考えていると、フジモリがぶっきらぼうに言い放つ。

 フジモリは速度を上げてトイレの傍の階段へ向かった。


 わざわざ声を掛けたのは付いて来させる意図があるのだろうが、付き合う義理は無い。幼馴染に言われた通り別れようとすると、南校舎の西端、図書室に入ろうとしていた女子がちょうど振り向いた。


「ユキちゃん?」


「あ……」


 トッコだ。

 巻き込みたくない。


 反射的に体が動き、何も考えず階段を駆け降りてしまった。


「教室に立てもるから」


 フジモリは振り向かずに告げ、一階の廊下に降り立つと北校舎へと走り出す。

 途中、昇降口しょうこうぐちがユキエの目に入った。


「外に逃げないの!?」


「バカ、そんなの意味ない。世界中の輪ゴムが敵」


 その辺の家からも飛んでくるよ、彼女は苛立たし気に輪ゴムを毟り捨て、逃走を続ける。

 一年の教室が並ぶ北校舎に至ると、二人は一番手近な一組のところに駆け込んだ。


 フジモリはマスクを剥ぎ取ると、ゼエゼエ激しく息を吐いてから叫ぶ。


「……閉めて!」


 ユキエはフジモリに言われるままに教室の後ろ側の戸を閉め、おさえる。


 バチバチバチバチ……。

 輪ゴムが戸に当たっては跳ね返る音。ものすごい数だ。

 学校中、いやきっと近所からも集まっているに違いない。


 しばらくの間、ユキエは荒くなった息を整えていたが、それが済むとすぐこの状況が怖ろしくなってくる。

 フジモリを見ると、前の戸を左手で抑えながら糸切り歯で輪ゴムを噛み千切ろうとしていた。


「ねえ、これからどうするの!?」


「わかんない、マナ達は動けないし。ミハルちゃんが何かしてくれるか……あー」


 フジモリは何かまだ当てがありそうだったが、言葉を濁した。


「あーって何?」


「うるさいな! 自分でも一つぐらい考えたら!?」


 言われれば確かにそうだと、ユキエは頭を使ってから、口を開く。


「ねえ」


「なに!?」


「二人とも動けなくなるぐらいなら、ドアが一つだけのトイレに逃げればよかったんじゃない、ミハルと同じところで」


 フジモリは一瞬絶句ぜっくした。


「あ、あ~~~~~、早く言えよ!」


 戸が無ければ殴りかからんばかりの形相ぎょうそうで彼女は怒鳴る。


「そう言うとこだからね、お前が嫌われてんのは!!」


「嫌われてないし」


「頑固で空気読めない、でも行動力だけはあって迷惑ばっか起こす! お前といると全部上手くいかなくなる。本当最悪、だから……」


 フジモリの声は突然小さくなり、ユキエがいぶかしむと、彼女の視線は窓の方へ向かう。


「だからあんなことになったんだ」


 怒りは消え失せ、うらみがましさだけが残った。


 窓の外には広がるのは中庭のテニスコート。

 一昨年は授業中も放課後も眺め続けた光景。


 少しの間、黒歴史がユキエを席巻せっけんし、一気に暗い気持ちにさせた。

 自分が悪いとは思ってない。思ってはいないが。


「……アズマは」


「知らない」


 フジモリはもう悪口を言わなかったが、むっつりと口を閉ざす。


 バチバチバチバチ……。

 妖怪の追撃ついげきが止む気配は無く、因縁の相手と二人きり。


「どうしよう……」


 ユキエは誰にも聞かれないような声で呟いたつもりだった。


「大丈夫……大丈夫だから」


「え?」


「別に」


 そっと見たフジモリの横顔は不安を隠せないようで顎が震えていたが、まっすぐテニスコートをおがむ眼だけはりんと見開かれていた。







うーみん:それは


うーみん:大変なことになりましたネ、、、😱



 トイレの個室に入り、説明を必死で書いて送るとすぐ返事が来てほっとした。



オッチマ:時間が無いんです。どうにかなりませんか


うーみん:すいません、情報が少ないので間違ってるかもしれませんが😪


うーみん:話を聞くに、妖怪である輪ゴムは初めの一つだけだと思うんですヨネ


うーみん:つまり他の輪ゴムは妖怪の力で動いてる。なぜなら妖怪自体は動けないから。なぜなら動けるんなら最初から人に捕まったりしませんから😏



 なるほど。

 ボクは個室を出て、結論を急ぐ。



オッチマ:それでは、その本体を見分けて破壊すればいいんですね?


うーみん:イヤ、妖怪ですから。


うーみん:ハサミでパチンとはいかないかもしれませんネ❗



 手洗い場の前で足踏み。



オッチマ:それでは、どうすれば


うーみん:オススメは相打あいうちです。それだけ縄張なわばりに厳しくプライドの高い妖怪なら、同じ輪ゴムの妖怪と戦わせれば、力を拮抗きっこうさせ合って動きを止めると思いますヨ😋



 そうかもしれない、でも。

 はやる気持ちでトイレのドアを開けながら疑問を打つ。



オッチマ:でも


オッチマ:でも百年前の輪ゴムなんて、そんな簡単に見つかるものではないんじゃ


うーみん:オッチマさん、それは


「あ、モロズミさん。よかった、探してたのよ」





 急な音声、スマホから顔を上げるとアルガ先生が立っていた。


「あ」




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