色男、金も力もありけり―4


 吉田という興信所の調査員に紹介された男は、噂通りの金持ちのようだった。お気に入りのワンピースを着て待っていた私を、シルバーのBMWで迎えにきた。見るからにいいカモだ。

 高そうなスーツにボルドーのコートを羽織ったその男は「とうけん」と名乗っていた。歳は三十前後くらいだと思う。中洲にあるイタリアンレストランを経営しているという。

 どんな不細工のオッサンが来るのだろうかと私は身構えていたが、嬉しい誤算だった。武藤は若いし、なにより顔がいい。この見た目でフリーだなんて信じられない。ほっといてもすぐに女ができるだろうに。

 オブラートに包んでそのことを指摘すると、武藤は「仕事ばかりしていて、女性との出会いがないんです」と苦笑した。

「ゆかりさんは、何のお仕事を?」

 と訊かれ、私はいつものように自分を偽った。「デザイナーをしています。主にアクセサリー関係の」

「それはすごい」武藤が微笑む。「男物も作っているんですか?」

「ええ、たまに。女性用が多いですが」

「ぜひ、僕にも作ってもらいたいです」

 社交辞令を笑顔で受け流しながらも、私は内心、複雑な思いを抱えていた。

 まず、相手が金持ちであることには安心した。金のない人間からむしりり、人生を破滅に追い込むのは気が引ける。その点、金持ち相手なら、こちらも遠慮なく仕事ができるというものだ。

 だけど、逆に不安もあった。

 これまで私がカモにしてきたのは、金は持っているがモテない不細工ばかり。こんな男前、騙したことがない。どう見てもモテそうな男なので、女の甘い言葉に浮かれるようなタイプではないだろう。私が言い寄ったくらいで、簡単に金を払ってくれるとは思えなかった。ごわそうだな、と私は心の中で顔をしかめた。

 その不安は、一緒に過ごすうちにどんどん膨らんでいく。私を連れて、武藤は自分の店へとやってきた。従業員が皆、武藤の顔を見るや否や、動きを止めて深々とお辞儀をしていた。

 ……うわぁ、マジモンの金持ちだ。

 私はちょっと引いた。つい「本当にオーナーなんですね」と意味不明な言葉を口走ってしまった。

 中洲にあるイタリアンレストラン『elegante』は、その名の通り良い店だった。料理も美味しいし、店員の接客態度も素晴らしい(私がオーナーの連れだからかもしれないけど)。席もほぼ満席だった。夜景の見えるテラス席も、すごく雰囲気がよかった。

 食事をするうちに、次第に会話も弾みはじめた。武藤はこのお店を全国に出店することが目標らしい。話をしていて、頭のいい男だという印象が感じ取れる。その目標もすぐに達成できるだろうなと思った。

 夕食をごちそうしてもらってから、私たちは再び車に乗り込んだ。わざわざ家の前まで送ってくれるという。私は自宅の近くにある別のマンションの住所を告げた。自分の家があんな安アパートだとは、なんとなく知られたくなかった。

「送ってくださって、ありがとうございます」私はマンションの前で頭を下げた。

「いえ」武藤が笑顔で告げる。「また、連絡しますね」

「ええ、ぜひ」と、私も笑って頷いた。

「では、おやすみなさい」

 立ち去るBMWを見送ってから、私は踵を返した。

 武藤とは、住む世界がまるで違う。彼が王子様だとすると、私はお姫様なんかじゃない。さしずめ借金まみれの悪い魔女だ。

 これまでのカモとはモノが違う。私にやれるだろうか。あの男を騙すことができるだろうか。不安が燻った。だが、今更あとには引けない。やらなければ、私は刑務所行きだ。

 絶対に、あの男を落としてみせる。私は自分自身を奮い立たせた。



 それから一か月後、俺はムヨンのオフィスを訪れた。

 ムヨンはいつものようにデスクで仕事をしていた。しばらく見ない間に、肌が焼けたようだ。わずかに褐色がかっている。

「ゴルフ焼けか? 投資家も案外暇なんだな」

 と嫌味を言う俺に、ムヨンがいつもの高飛車な態度で返す。「今日はどうした? また金を借りに来たのか?」

「違うって」

 今日ここに来たのは、しんちよくを確認するためだ。この男には、一か月かけてカモとの関係を深めてもらった。

「そろそろ頃合いだと思ってさ」これだけ長い時間仕込めば十分だろう。「どう? ナナちゃんとは仲良くなれた?」

「ああ、もちろんだ。ほら、見てみろ」

 と言って、ムヨンはスマートフォンを取り出した。その画面を得意げに俺に見せてくる。自撮り棒で撮影したムヨンとナナのツーショット写真だった。

 背景には、白い砂浜と青いビーチ。

「なにこれ、どこ行ったの」

「グアムだ」

「はあ!?」

「仕事でグアムに行く予定があるから、向こうで会わないかと誘ったんだ。航空券とホテルのスイートを予約してやったら、喜んで飛んできたよ。丸一日、ビーチで一緒に楽しんだ」

 仲睦まじい偽カップルの写真を見せつけられ、俺は開いた口が塞がらなかった。


【次回更新は、2019年8月23日(金)予定!】

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