幕間の雑談

「あの、藍先輩、奥月先輩」


「うん?」

「なあに?」

 屋上での密談を終え、三人は優香がいるはずだという、図書館へと向かっていた。その途中、二人の二年生の後ろを歩く紫乃が、二人の背中に、おずおずと声をかけた。

「その、本当に、ごめんなさい。先輩達のこと、巻き込んでしまって。私、こんな大事になると思わなくって」

 その湿っぽい声音に、衛と藍は努めて明るく答える。

「もー、紫乃ちゃん、気にしないでって言ったでしょ? 私達は先輩なんだから、頼っていいに決まってるじゃない」

「そーそー。それに俺達にだって関係ない話じゃないんだ。あんまり他校と揉め事起こしすぎると、生徒全員、校外の生活に制限かけられちまうしな。むしろ、教えてくれて感謝してるくらいさ。内輪の話で済むならそれが一番だからな」


 その答えに紫乃はまた涙ぐみそうになったが、気がかりはそれだけではないようだった。

「でも、その……。日野先輩は、ひょっとして迷惑に思ってたんじゃないでしょうか? 私、何だか日野先輩に嫌われてる気がして……」

 美術室での、彼のそっけない態度を思い出しながら、紫乃が言った。

 衛と藍は、困ったように顔を見合わせる。

「全然。あいつはいつもあんな感じよ。別に、紫乃ちゃんのことが嫌いなわけじゃないわ」

「そう、でしょうか?」


 紫乃はまだ不安げだった。藍とかずいが幼馴染であることは、紫乃も知っている。そりゃ、悪くは言わないだろう。

「ね、紫乃ちゃん、覚えてる? あいつ、私に、何かあったら携帯に、って言ってたでしょ?」

「はい。そう言えば、そんなこと言って……あれ? でも、藍先輩って思考伝達能力者ですよね。わざわざ携帯なんか使わなくたって――」

「私の能力はね、相手の場所が分かってないと使えないのよ」

「そう、なんですか。でも、場所って、美術室ですよね?」


 その問いに答えたのは衛だった。

「だから、あいつらはあいつらで、やることがあるのさ。俺達は二班に別れたんだよ。その経過によっちゃ、どこに行くか分かんないから、能力使う時は、まずは携帯にかけて位置を確認しろ、ってこと」

「ふえぇぇ。先輩達、あの一瞬でそんなやりとりしてたんですか?」

「ま、付き合いも長いからな。あいつもあいつで、あいつに出来ることを、今やってるはずだ。あの面倒くさがりがそこまでしてるんだ。嫌いな人のためなんかじゃないって」

「それにね、紫乃ちゃん」

 付け加えるように、藍が言った。


「かずいが誰かを嫌いになるなんて、ありえないのよ」


「そ、そうなんですか?」

 そんなに情の深い人だったろうか。ひょっとして、自分は彼のことを誤解していたのかもしれない。そんなことを考える紫乃だったが――

「その代わり、誰のことも好きにならないけどね」

 続いたセリフに、がくっと肩を落とした。


「で、でも、でもですよ」

 紫乃の声のトーンが、少しだけ上がる。

「日野先輩としず先輩って、付き合ってるんじゃないんですか?」

「「……」」

 しばし、空白が流れた。

「あー、そうねぇ、うーん」

「あの二人は、何て言うか、なぁ……」

 二人とも、明らかに言いにくそうにしている。


 その反応は、紫乃にとっては意外なものだった。

 一年生の美術部員の間では、よく言われていることだったのだ。

 元々、しずりは一年生の間では人気者だった。おっとりしていて、可愛らしい、誰にでも優しいし、それでいて頭が良くて頼りになる先輩。

 その彼女が、どうもあの目立たない、無愛想で、陰気な絵を描く日野先輩に対してだけは、接する態度が違うということは、すぐに話題になった。

 表だっていちゃつくことはないのだけど、よく一緒にいるし、日野先輩といる時のしず先輩は、どこか楽しげだ。周りの人達もそれを普通に受け入れているようだし、殆ど公認のカップルなのだと思っていた。


 ところが。

「とりあえず、彼氏彼女ってことはないわ」

「そうなんですか?」

「まあ、俺らはいつも一緒にいるしな。あの二人が、普通の友達とはちょっと違う関係なのは、俺らも分かってる。だから、直接二人に、俺と御子柴で別々に聞いてみたんだよ。別に内緒にするようなことじゃないだろ、っつってな。そしたら、二人とも、答えは同じ。全然そんなことない、ってさ」

「はあ」

「しかもそれだけじゃないの。二人とも、その後で、全く同じことを付け加えたのよ」



「『向こうは自分のこと、嫌ってるはずだ』って」


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