グレア・ダクネス ~百戦煉魔のセナ・アラヤ~

神代零児

第一話 苛烈にヒーロー、やってるのさ(前半)

 スイーツが人気のカフェ・ファルラペ――その店外では今、悪魔の一群が暴れている。

 人々が抵抗も出来ずに逃げ惑う姿を曝す。


 テーブル席横のフィックス窓からその様子が見えていても、アラヤはフルーツパフェのアイスをスプーンで掬う動作を、止めたりしなかった。


「ん、微妙に溶けてきてる」


 それが自分にとってのアイスの食べ頃であるらしい。


 スプーンを持つ手は男でありながらきめ細やかで、爪は全てが赤く、先端が尖った形に鋭く伸びていた。


 やや白みがかった黒のデニムジーンズは大人しめな主張のオシャレさだが、逆にトップスには光沢の強めな純白のカッターシャツを選んでいる。


 見た目に分かり易い、対照的な黒と白。


 その上で生地の質感にも変化を付けている。


 白の方を目立たせたい、という意識が有るのではないが……。


 テーブルを挟んでアラヤの向かいに座っている、深紅しんくの蠢くようなウエーブの掛かったロングヘアの女が、緩やかな口調で告げてくる。


「……アラヤ、あれはレライエの軍団レギオンよ。数奇な巡り合わせといえるけど、貴方の今の力を試す意味でもここで戦っておいて損は無いわ」


 上下共に品の有る、黒いベルベット生地の衣服を身に付けている。


 ハイネックの襟に手首まで来る長い袖、ソファーに座っていても尚ふわりと波打つフレアマキシスカート。


 まるでドレスを着ているような姿。


 その服装に対し全く遜色無い美貌を持つ彼女――ゴモリーは、周囲の客からも多大な注目を集めている。


 外で悪魔が暴れている事に、皆不安がってもいた。


 彼女の堂々とした美しさは、その内に秘めた心強ささえ感じられるものであり、自身達の不安を紛らわせる一助にもなっていたのだろう。


 しかし当のゴモリーは何も、まるで気にしていない様子だった。


 それにアラヤも――。


「……そうだけどさ」


 他の客達の羨望の的であるゴモリーの言葉に対して、少しだけ手を止めたものの、結局アイスを口に運ぶ事を優先している。


「ゴモリー、俺は今日久しぶりにこの街に戻ってきたんだ。ここのパフェだって、ずっと食べたいと思ってた」


 十八歳、大人の入口に立つ年齢のアラヤが落ち着いた風にそう語る。


 艶の有る黒髪を首の付け根まで伸ばしたウルフカットは、中性的な顔立ちの彼によく似合う。


 しかしそんな彼がパフェについて語る時だけは甘える子供のような表情をしており、ゴモリーへと熱の籠った目線を一心に向けていた。


 オーダーしていたのはアラヤのパフェと、後は二つ揃いのカプチーノだけ。


「それに。俺が行かない事で逆にあそこの人間の誰かが、勇気を出すかもしれないだろ?」


 アラヤはそう続けながらフィックス窓の外を指し示す。


 しかし、外を見ているその時には、彼はやけに愛想の無い顔になっていた。


 まるで、今の人間あいつらは好きじゃない――と言わんばかりに。


 ゴモリーの濡れているような長い睫毛まつげの内に光る、ダークブラウンの瞳がアラヤの顔をじっと見返して、薄いピンクの唇が微かに開く。


 その最小限の仕草が彼女が呆れた時に見せる仕草で、そんな風な呆れ方をする彼女は口調の緩やかさも相まって、淑女のような慎み深さを体から滲ませる。


 生半可に作った飾りとしてのものとは異なる、まことの慎み深さを持つ女だという事だ。


 ただ彼女は、人間とは違い悪魔である。


 が……。


「……貴方の頑固さを、読み違えていた私自身を恥じるわ」


 そんな事を言って物憂げに瞳を閉じるゴモリーの、何処までも相棒パートナーの男を立てる姿勢の前では、人間だ悪魔などという概念は男にとって然程さほど意味を持たないだろう。


 男とは、馬鹿な生き物であるから。


 でも、だからこそこんな展開に変ずる事もある。


 ゴモリーの言葉を聞いて、アラヤが眉根を寄せて溜息を吐いたのだ。


 赤く鋭い爪が生えているその指先でスプーンをくるりと回してから、皿の上に置く。


「……カプチーノ飲んでシメにする。そしたら行くぞ」


 彼女が一歩下がってみせた事が、逆にアラヤのやる気を前のめりにさせる形になっていた。


 狙ってやっていた訳では無い。


 だから――。

 

「まだパフェ、半分以上残っているわよ?」


 ゴモリーは『どうして心変わりを起こしたの?』という意味で、そう言ってしまっていた。


「また今度ここに来るの、付き合ってくれるんだろう? 男が一人で来るには難度が高い場所だからな」


 アラヤが他のテーブルを見遣ると、当然というか女性客の方が多い。


 男性客も居るには居るが、全て女性と共に来ている。


 ここはスイーツが人気のカフェ・ファルラペだ。


 アラヤはもし自分だけでこの店に入れば、きっと甘い物を愉しもうとする所ではない居心地の悪さを、感じる羽目になっていただろう。


 落ち着いた口調で格好付けて言っているが、要するにお一人様来店するのは避けたいのである。


 その上、ゴモリーの言葉への答えにもなっていない。


 しかしゴモリーは、自分の言いたい事ばかり言っているアラヤの今している表情を見て、微笑んでしまうのだ。


「……子供ね。強がりたいのか甘えたいのかハッキリしなさい」


 なんだそれだけの事だったのかと、そう思ったら今度はアラヤの事が可愛らしく見えてきた。


 さっきの言葉も、決して強くは言っていない。


 彼女も、本気でどっちかだけにして欲しいなんて思っていないから。


「悪かったな。――ほら、レジ済ませといてくれ」


 アラヤは口を尖らせながら、ポケットの財布を手に取り千円札二枚をゴモリーに渡す。


「奢ってくれるの?」


 彼女が小首を傾げながら尋ねると、アラヤは、


「元々一人分じゃここに入れなかったんだから、最初からこうするつもりだったさ」


 そんな答えを寄こして、ゴモリーの次の言葉は待たずに店の外へと歩き出してしまっていた。


「……本当にハッキリさせない人。ふふっ、私、翻弄されてしまってるわね」


 緩やかに、慎み深く、しかしそれでいてアラヤのまるで気紛れみたいな心の振れ幅を――享楽するように……ゴモリーは呟きながら、歩く彼の手へと視線を遣った。


 細く長く整った指先に、赤く鋭く尖った爪がギラつく光を放っているのが、彼女には分かったのである。


 周囲の客達が一人歩くアラヤの爪を、ここぞとばかりに好奇の目で見るが、そんな彼女らにゴモリーはそれまでと違う冷徹な眼光で一瞥くれた。


 ただのそれだけで「ひっ!」と悲鳴が上がって、客達の視線が一斉に散る。


 席に着いていた間は、アラヤの方には周囲の視線が付かなかった。


 それは二人が店に入ってすぐの時に、そうなり掛けたのをゴモリーが今と同じ事をして防いだからだった。


 何処でもそんな事をする訳ではない。


 アラヤの爪の特殊性は確かに、他の人間にとって目を引いても仕方無いものであるとも分かっている。


 しかし悪魔の襲撃で叶わなくなったとはいえ、ゴモリーは元々はこのファルラペでアラヤに憩いの一時を過ごして欲しいと、心からそう思っていたのだ。


 ――後半へ続く――

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