五年目八月 1 水着と疑問

「青い空! 白い雲! どこまでも広がる大海原! そしてなにより、可愛い女子の水着姿!」

「随分テンションが高いね」

「そりゃ当たり前だろ! てかテンション上げてかねぇとやってらんねぇ!」


 閑散とした砂浜で叫ぶ三枝さんと、対称的にテンションの低い夏目さん。俺たちの一歩後ろで静かに微笑んで見守っているマスターさんと、早速暑さにやられかけてる俺。

 男四人、水着になって砂浜でなにをしているのかと言えば、もちろん着替えに手間取っている女性陣を待っているわけなのだが。


「しかしそれにしても、海に来るのなんて久しぶりだな。高二の頃以来だ」

「あれ以降はみんな忙しかったからなぁ」


 そういうわけで、海に来ていた。

 周囲に人がいないのも当たり前。ここは神楽坂さんの家が所有する敷地内。いわゆるプライベートビーチというやつなのだ。お金持ちすごい。

 どうやら、夏目さんたちは以前ここに一度来たことがあるらしいが、俺と小鞠は初めて来たのでまず屋敷のデカさに圧倒された。二度目なはずの白雪姉妹も圧倒されてた。

 屋敷でそれぞれの部屋に案内され、さてでは早速海へ行こうとなったのは良かったのだが。小梅さんが、言ったのだ。


『海といえばビーチバレー! ということであたしたちが着替えたら早速やりましょう! まさか女子に負けるほど、お兄さんたちも貧弱じゃないですよね?』


 三枝さんのテンションがぶっ壊れてるのも、この辺が理由だったりする。つまり、鼻から勝てる気なんて全くしていない。

 野球を愛し野球に愛された天才夏目智樹も、あの白雪小梅の師匠である三枝秋斗も、いくらなんでも相手が悪すぎる。


「そもそも、夏目さんがあんな簡単な挑発に乗らなかったらなぁ……」

「仕方ねぇよ椿。我が親友は負けず嫌いだからな。一昔前のこいつならいざ知らず、今のこいつには敵前逃亡なんて以ての外だろうよ」

「今まさしく猛烈に後悔してるところだから、あんまりその辺触れないでくれる?」


 どうやら、挑発に乗ってしまったという部分に関しては否定しないらしい。自覚があるようでなにより。


「まあ、言ってもここは砂浜だ。さしもの小梅ちゃんも、足場がこんなんじゃ十分なパフォーマンスは発揮できないだろうよ」

「だったらいいんですけどね」


 三枝さんの言葉はその通りではあるものの、小梅さんを侮ってはいけない。あの人はこちらの想像など軽く超えて来るのだから。たかが砂浜程度であの人を止められるとは思えない。

 いやしかし、これはただの遊びだ。ただの遊びであの人が本気を出すなんて、まあ、あり得ないとは言えないが……あ、あれ? おかしいぞ、なぜ小梅さんが本気を出して俺たちが砂浜に倒れ伏してる未来しか見えないんだ……。


「おっ、お姫様方のご登場みたいだぞ」


 最悪の未来に怯えていると、三枝さんの少し弾んだ声が。顔を上げれば、屋敷の方から出てきた女性陣が、こちらに歩いてきていた。


「三人ともおまたせー!」


 真っ先に元気よく飛び出してきたのは、三枝さんの恋人である神楽坂紅葉さん。ゆるふわ癒し系なイメージとは裏腹に、赤いビキニと女性陣の中で最も露出の高い水着だった。大きすぎるその双丘を隠すには、その布地ではやや心もとない。いや、マジでデカイな。


「うぅ……恥ずかしいです……」


 神楽坂さんの一歩後ろで俯きがちに歩いている小鞠は、ワンピースタイプの水着だ。一見子供っぽく見えがちだが、しかしそんなことはない。全く日焼けしていない白い肌には、常日頃感じられない色気がある。いつもかけているメガネがないことも、その一端を担っているか。それに神楽坂さんほどではないが、意外なことに胸もそれなりにあったり。着痩せするタイプだったんですね。知らなかった。大変良き良きだと思います。俺の見立てでは間違いなくDはあるね。

 そんな二人から更に数歩遅れて登場したのは、白雪姉妹の二人。なのだが……。


「うーん、なんかデジャビュ」

「今更落ち込むことでもないと思うけどなぁ。水着に着替える前から勝負は見えてんだしさ」


 失礼なことを平然と宣う三枝さんに、桜さんがひと睨み。しかしそれで怯む三枝さんでもなく、ケラケラと軽薄そうに笑っているのみだ。

 元気満開な神楽坂さんに、恥ずかしそうにしていた小鞠とは打って変わり、まるでお通夜のような雰囲気で登場した白雪姉妹。その理由は言わずもがなだろう。

 ある一部の身体的特徴で、圧倒的に敗北を喫しているのだから。


「やあ桜。相変わらず、その水着似合ってるじゃないか。四年前と同じ体型をキープしてるのは凄いことだぜ?」

「喧嘩売ってるようなら買うわよ」

「まさか。本心から言ってるに決まってるだろ。だからそんなに落ち込むことはない。いくらこの中で一番小さかったからって、それはそれで需要があるかもしれないだろう」

「よし分かったわ。やっぱり喧嘩売ってるのねそうでしょそうなんでしょ高く買ってあげるわよ!」


 なんて会話をしつつじゃれ合いを始めた夏目さんと桜さん。その桜さんは、薄い胸を水色のビキニで隠し、花柄のパレオからは細長い足が伸びていた。正直、胸の小ささとか気にならないレベルで綺麗なのだが、本人的にはどうしても気になるらしい。まあ、歳下の小鞠があの大きさだもんな。

 さて。では俺にとっての大本命。我が恋人たる白雪小梅はどのような姿なのかというと。


「よし。ビーチバレーしよう」


 白いビキニにホットパンツの水着姿。おまけにバレーボールを持っている。ビーチボールではない。バレーボールだ。まあ、それは置いといて。

 元陸上部でありかなりのアウトドア派とは思えないほどに白い肌は、微塵も日焼けをしていない。しかし引き締まった括れや僅かについた腹筋は、やはりアスリートのものだ。

 ホットパンツから伸びる長い足は、その最たるものだろう。たしかに筋肉質な足ではあるのだけど、しかし決して太くなく、どころか元陸上部にしちゃ細すぎやしないかと思うほど。微妙にお尻のラインも見えてて非常にエロい。

 つまり一言でまとめると。

 胸小さいのとか気にならないくらいに最高。


「まあまあ、落ち着きましょう小梅さん。せっかく可愛い彼女が水着姿なんですから、彼氏が褒める時間くらいは作ってくださいよ」

「……なんか葵くん、お兄さんみたいなセリフ吐くね」

「失礼な、俺はあんなナンパ野郎じゃないですよ」

「椿ー、聞こえてるからねー」


 桜さんに関節きめられてる夏目さんがなにか言ってるけど無視。てかなんで桜さん関節技とか出来るんですか。運動音痴じゃなかったのかよ。


「全く、あたしは悲しいよ。あんな変な人の影響受けちゃうなんて」

「小梅ちゃん?」


 スルリと桜さんのかけてる技から抜け出した夏目さんから、ちょっと哀しそうな声が。義妹に変な人呼ばわりされるとは、本当に可哀想だな。


「しかしまあ、なんというか……」


 夏目さんが女性陣を見渡す。三枝さんと談笑している神楽坂さん、夏目さんに逃げられて不満そうにしている桜さん、羞恥心が未だ抜けていないのか、その桜さんの後ろにちょっと隠れてる小鞠、そして最後にバレーボールを持った小梅さんと視線を巡らせた後、失笑。

 それを見逃す白雪姉妹ではなく。


「小梅」

「せいっ!」

「危なっ!」

「ぐぼらっ!」


 桜さんの号令のもと、バレーボールをとんでもない勢いで夏目さん目掛けて打ち出した小梅さん。しかしそのボールは夏目さんに避けられ、代わりにその後ろにいた三枝さんの顔面へクリーンヒット。

 なんか、バボンッ! って音したけど、大丈夫なのかこれ……?


「おいおい二人とも、急になんのつもりだよ危ないじゃないか。君たちのせいで、たった今僕の親友が尊い犠牲になってしまったぜ?」

「なんのつもりかは、自分の胸に手を当てたら分かるんじゃない?」

「はて、なんのことやら。僕はただ、この中で一番可愛いのは桜だなと再認識しただけだぜ?」

「一番可愛いのは小梅に決まってるでしょふざけてるの?」


 二人が言い合っている間にも、小梅さんは倒れ伏した三枝さんにてとてと近寄って合掌。その後ボールを回収した。いや、死んでないから。だから神楽坂さんも悪ノリして一緒に合掌しないでください。

 もちろん回収したボールをそのままにしておくはずもなく。


「じゃあお兄さん。バレーボール、しましょうか」


 ニッコリ笑い、悪魔と化した我が恋人は。

 未来の義兄へと全力でボールを打ち出した。








「つかれた……」

「お疲れ様です」


 いや、本当に疲れた。結局ビーチバレーという名の蹂躙ショーに巻き込まれるし。これまたツいてないことに、夏目さんの避けたボールが俺の顔面に当たるし。小梅さん、やっぱり砂浜とか関係なく普通にガチのジャンプサーブとかするし。復活した三枝さんは結局瞬殺されてたし。

 と言うわけで、元からあまり体力もなく運動神経もいいとは言えない俺は、小鞠と二人で先に屋敷に戻ったのだった。今は着替えて食堂で休憩しているところだ。結局海入ってないし。なんで水着に着替えたんだよ。


「小鞠まで一緒に戻らなくてもよかったんだぞ? まだ遊び足りないだろ」

「そんなことないですよ。それに、あそこに私一人で残るのはちょっと……」

「あー、まあ、たしかに……」


 俺が抜けてしまえば、ただでさえ小鞠があの場で唯一の高校生になってしまうのに、その上であの人たちにはあの人たちだけの雰囲気のようなものが醸成されている。

 夏目智樹、白雪桜、三枝秋斗、神楽坂紅葉、そして白雪小梅。この五人でしか共有できないなにかが、目に見えないなにかが、たしかにそこにある。

 それはきっと、四年もの付き合いになるあの人たちにしか理解できないもの。

 あの冬を越えた俺たち三人にしか分からないものがあるように、あの人たちにもあの人たちにしか分からないものがある。

 そんな中に無関係とも言えてしまう小鞠が一人で放り込まれるというのも、可哀想な話ではあるか。


「椿様、駒鳥様、お疲れ様です。こちらをどうぞ」

「ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます……」


 キッチンルームの方からやって来たマスターさんが、グラスを二つ持って来てくれた。入っているのはたっぷりの氷で冷やされた麦茶だ。それをありがたく頂戴して、喉を潤す。たしか、熱中症対策に一番いい飲み物は水と麦茶だって小梅さんが言ってた気がする。

 隣に座っている小鞠は、様付けで呼ばれることに照れているのか、少し顔が赤いもののその熱を冷ますようにちびちびと麦茶を飲んでいた。可愛い。


「今頃、歳上のお兄様お姉様方は海を満喫してんのかねぇ」

「白雪先輩は遠泳するって言ってましたよ?」

「元気なもんだな……」


 相変わらずの化け物っぷりに、もはやため息すら出ない。本当、今のあの人に出来ないことなんて、なにもないんじゃなかろうか。トライアスロンとか普通に軽くこなしちゃいそうな感じある。


「白雪先輩、やっぱり私たちといる時とは、ちょっと違いますよね」

「……そうだな」


 俺たち、歳下といる時の白雪小梅。

 夏目さんや桜さんたち、歳上といる時の白雪小梅。

 違うのは当たり前だ。人間は誰しもが相手によって自分を使い分ける。歳上と歳下とで対応の仕方が違うのなんて、その最たるものだろう。

 けれどあの人は、俺たちといる時でも夏目さんといる時でも、決して自分を偽らない。ありのままの白雪小梅を曝け出している。

 ふと、疑問に思うことがあるのだ。そんな小梅さんが、どうして俺なんかを好きになったのか。いつ俺のことを意識するようになってくれたのか。

 不安に思うことはない。あの人が俺に示してくれている気持ちは本物だ。今現在の話だけをするのなら、あの人から好かれている自覚も自負もある。

 ただ、純粋に疑問に思うだけ。

 白雪小梅という人間は、あれで内面はかなり謎に包まれている。あまり他人に自分の内側を見せようとしない。いくら俺たちや夏目さんたちに素を見せてくれているとは言え、しかし割と秘密主義じみたところもあるのだ。


「なあ小鞠」

「はい?」

「小梅さんって、なんで俺のこと好きになったんだと思う?」


 問われた小鞠は大きく目を見開いたかと思えば、わざとらしくため息を吐いてこちらにジト目を向けてくる。な、なに、なんだよその目は。


「葵くんって、たまにデリカシーない時ありますよね」

「え? ……あー、悪い」


 ジト目の理由が分かってしまい、とてつもなく申し訳ない気持ちでいっぱいになる。もう半年も前の話ではあるが、今になっても思うところがないわけではない。


「まあ、別にいいですけど。一応私的には、もう吹っ切れたつもりではいますから」


 と言う割には、小鞠は口を尖らせて不満そうにしている。まあ、当然の反応ではあると思うが。これ完全に俺が悪いし。


「でも、そういうところだと思いますよ」

「そういうところって?」

「白雪先輩が葵くんを好きになった理由です。デリカシーがない、とまでは言わなくても、物怖じせずに堂々とその人を見て会話する。多分、それって誰にでも出来ることじゃないですから」

「あんましピンと来ないな……」


 当時の小梅さんを煩わせていた問題を考えれば、それはたしかに理由たり得るのかもしれないが。俺自身、意識してそうしていたわけでもないから、言われてもイマイチ腑に落ちない。

 むしろ当時のことを振り返ってみれば、割と失礼な話し方をしていたんじゃなかろうか。少なくとも間違いなく、初対面の先輩に対する態度ではなかった。

 いや、ファーストコンタクトが些か以上に特異すぎたというのもあるが。


「ていうか、こういうのは本人に聞けばいいじゃないですか」

「聞いたところでうまくはぐらかされるのがオチだろ」

「たしかに……」


 納得しちゃったよ。小梅さん、ちょっと自分の行動を一度省みたほうがいいんじゃないですか?

 さておき、結局浮かんだ疑問は解消されず。小鞠の説も可能性としては有り得るかもだが、あの白雪小梅がその程度で特にこれといった特徴のない没個性な一般男子高校生に惚れるとは思えない。自分で言ってて悲しくなってきた。


「ま、分からないなら分からないでいいんだけどな」

「そうなんですか? てっきり私は、葵くんがそのことで悩んでるのだとばかり」

「悩む必要なんかないだろ。こちとら毎日のように、あの人から愛情示されてんだからな。それを疑うような真似はしない」


 それはきっと、考えうる限りで最悪の裏切りだと思うから。あの寒々しい冬の日に、散々もがき苦しみ、足掻いて悩んだ俺たちに対する。

 そんな真似は、絶対にしたくない。


「はぁ……だから、そういうことを私に言うのはどうかと思うんです。私じゃなかったら引っ叩かれてましたよ」

「ごめんなさい」


 うん、今のも俺が悪いですね。てかやべー、勢いに任せてめっちゃ恥ずかしいこと口走ってた。そりゃ小鞠もため息吐きたくなりますよね。

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