第18話

 その日は、ソラとテラの日課である放課後の訓練に、珍しくレッカとライナも参加したいと言い出して、4人で武道場の使用申請を出した。ソラとテラが毎日来るものだから、担当の教師には完全に顔を覚えられている。「真面目だねえ」と、会話にする気もない感想を言いながら、申請書に受理の判子を押す。


「……いやホント、真面目だよな、お前等」


 苦笑しつつ呟くレッカに、ソラは愛想笑いで返す。あまりにいつもテラと一緒にいるものだから、一部の生徒から嫉妬を買ったり、付き合いの悪い奴だと思われたりしていて、人間関係の難しさに多少の悩みが出来つつあるのだが。


「あまり娯楽なんかに興味はないからね」


 何の気も無さそうに言うのはテラである。これは本心だろう。彼女の感性はかなり男性的であるが、同年代の女子とも、男子ともどこか歯車が噛み合わない部分がある。しかし本人はそんなことを気にしてはいない。娯楽に興味は無いとは言うが、強者との手合わせが彼女にとっての一番の娯楽なのだろう。その点に関してはソラも同じなのだが、テラほどに割り切れてはいない。


「さ、着いたよ」


 放課後に武道場の使用申請を出す生徒は少ない……というかソラとテラ以外殆どいない。基本的に学校のカリキュラムだけで最低限の鍛錬は出来ているし、専属の教師がいる、親が剣士だから、という理由で、家に戻ってからも剣術漬けという生徒が大部分だ。中には、放課後はただ休んでいるだけ、という者もいるが、それを責めるのはお門違いだろう。そんなわけで、校内で自主練をするのは、そう多くはない寮生に限られるのだ。稀に他の生徒がいる時は、気分を変えるために対戦相手を変えることもあった。

 この日はソラ達以外に利用している生徒はいなかった。だだっぴろい空間がたった4人のためだけに解放されているというのは、なんとも不思議な感覚である。ソラとテラはもう慣れているが、それでも胸に去来する『空虚感』というべきものを無視することは出来ない。


「さてと、折角だし普段戦ったことのない相手とやるのがいいよね、ライナ、お願い出来る?」


「ひゃっ、はい!」


 顔を赤くして、無闇に大きな声で返事をするライナ。直後、彼女に声をかけたソラの肩にテラとレッカの手が乗った。


「浮気かい?」


 こちらはテラ。


「裏切りとはふてえ野郎だ」


 こちらはレッカの言葉である。

 一瞬の戸惑いの後、二人の言葉の意味を理解したソラは、即座に否定する。


「ち、違うよ!術剣士との戦い方を考えたかっただけで、他意はない!」


「……ま、そういうことにしておいてあげよう」


「冗談だよ、ムキになんなって」


「二人とも目が本気だったけどなあ……」


「あ、あの、ソラさんと模擬戦をするってことでいいんですよね?」


 話題の中心でありながら、自分のわからない領域で話が進んでいることに困惑していたライナが、改めて確認する。ソラは軽くごめんと謝りながら彼女の言葉を肯定した。



***



 向き合うのは二人。伸ばした髪の奥に、紅玉を宿す半魔族、半人間、ソラ。

卓越した術の冴えを見せながら、どこか自信のなさげな、淡い色の髪と瞳の少女、ライナ。

 ライナとて、ソラの実力は知っている。授業でクラスメイトと打ち合えば、互角に戦える者はまず居ない。ただ一人の例外を除けば、だが。しかし、ライナも勝負の時に緊張はしても、恐怖するほど未熟な剣士ではない。戦うとなれば、勝ちを狙う。


「いくよ……っ!」


 不意打ちとも言えるタイミングで、ソラがライナに突撃する。術剣士との戦いではまず間合いを詰め、術を使う集中力を一瞬で奪うのが定石だ。だが、


「とっくに始まってるのに気付いてなかったのはソラさんの方です……!ソードストリング!」


 ライナの一声で、彼女の目前を漂っていた魔力が形を為す……いや、常人には視認すら困難だ。色の無い、極細の糸。それらが縦横に張り巡らされている。ただの糸ではない。それら全てが、極小の刃になっているのだ。無防備に突っ込めば、人間などサイコロ状に切り分けられてしまう。

 直前でソラも術の発動に気付いたが、踏み込みが一歩余計だった。剣が糸に絡め取られ、額と鼻の頭が裂ける。そこで前に進んでいた勢いを止め、後ろに跳躍。八識流、『身識』を発動しての、人の限界を一つ超越する挙動。


「もう二歩、僕が進んでいたら死んでいたけど、それについて弁明はあるかな」


 額から流れる血を拭いながら、冗談めかして言うが、もし傍に寄ってソラの顔を見れば、冷や汗が流れていることに気づけただろう。それほどに危険な状況だった。


「母さんが、不埒な男に近づかれた時の防衛手段の基本だって言って、真っ先に教えてくれたんです」


「……物騒なお母さんだなあ、というか、僕は不埒な男にカウントされちゃうのか」


「い、いえ、ソラさんは誠実な男性だと思いますよ!」


「フォローありが、とッ!」


 言い切る前に、再びの突撃。これまた不意打ちだが、ライナは動揺せずに、再びソードストリングを構える。縦横の鋼の糸が空中に精製され、ライナを守護する。


「術の効果範囲から逃れるのも、対術士の基本ッ!」


 先程より一歩手前で、ソラは全力で地を蹴り、上方向に跳躍した。屋根の梁にまで届き、それを掴んで下方向に方向転換する。術の効果範囲外、ライナの直上に向かって、剣を振り下ろす。


「ッ!ソード……間に合わっ!」


 すんでのところで半歩下がり、直撃だけは回避する。剣の軌道をずらすために構えた短剣に、稲妻を受けたかのような衝撃が伝わり、腕が痺れた。

 休む間も無く、ソラの長剣が首筋に迫る。


「まだッ!緊急エマージェンシーキャスト!」

 

 その詠唱は、事前に用意していた術を、集中や魔力の使用をすることなく一瞬で展開するためのものだ。ライナが緊急用の術として選んでいたのは……。


「ぐっ!?」


 赤い稲光がソラの体を貫く。身識で強化されている肉体には術も通りづらくなっているが、とてつもない熱は感じられた。稲妻ライトニング・ボルト。誰もが最初に習う攻撃術であり、研鑽の末、最高の攻撃術だと気付かされるそれを、ライナはここぞという時に頼る切り札として選んでいた。

 一瞬、ソラの剣を振り抜く速度が緩む。しかし、その間に新たな術をライナが紡ぐことは出来なかった。木剣が首筋に柔く当たり、それでライナも勝負の終了を感じる。


「だめでした……」


「いや、最後に持ってくる術が稲妻って、殺意高すぎると思うんだけど……」


 ケホッ、と肺の空気を咳と共に吐き出しながら、呆れ半分にソラが言う。常人なら即死しかねない威力の『稲妻』だった。術剣士は、模擬戦で手加減をしにくいのが欠点である、という皮肉は良く言われるが、ソラはその身でそれを味わったことになる。


「ご、ごめんなさい、夢中で……回復術をかけますね」


「ありがとう。さてと、テラとレッカの方は、まだ続いてるみたいだね」


 ライナの治療を受けながら、ソラは憶剣と王剣の剣士の戦いに目を向けた。

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