第13話

 先程までの少女らしい無邪気さはどこへやら、マリスの猛攻を、ソラは防ぐことしかできない。眼識、身識、耳識の3つをフルで起動しているが、それでも残像を捉えて、首に刃が届く寸前で止めるのが精一杯だ。マリスも故意に事故を起こすつもりは無いらしく、ソラの剣と自分の剣が触れ合う寸前でピタリと止めている。


「兄さん、もう10回は死んでるよ?」


 そんな軽口を叩かれる程に圧倒されている。マリスは魔力を使った剣技や術を一切使っていないというのにだ。


「く、そぉっ!」


 苦し紛れの反撃は、片手で軽々と防がれ、喉にもう片方の短剣の切っ先が触れる。仕切り直しとばかりにマリスは距離を取り、構え直す。


「もっと早くならなきゃ。反応じゃ遅すぎる、反射でもまだ遅い。父さんからはそう教えられてきたけど、兄さんはまだ反応と反射の合間でひいひい言ってる」


「反射でもまだ遅い……」


 その言葉は、ソラも父から以前言われた記憶があった。まだ出来なくてもいい、とその時は流されたが、やはりまだ多くのことを教わっていなかったことを再確認し、唇を噛む。


「もっと早く、頭で考えるより先に、目に耳に、体に情報が入ってくるより先に……」


 それは最早未来予知の領域だ。だがソラは知っている。アスール・ハッシキという至高の剣士との訓練の中で、スカーレット、マリスという魔人との戦いの中で。


「マリス、もう一度頼むよ」


 深く息を吐き、集中を更に高める。自分より圧倒的に強い存在との戦い。それはソラに新たな扉を開かせようとしていた。


「ん、雰囲気変わったね、じゃあ、これでどうかな」


 マリスが始めて剣技を使おうと、自身の体に魔力を纏わせる。それはおよそ人が到達できない、出鱈目な密度だ。しかしソラは動じない。そんなものにしていては、今までと変わらないのだ。

 マリスが駆け出す。渦巻き、放出される魔力が地面を抉り、大気を震わせる。当たれば死ぬ。いや、一般人ならば、余波だけでも命を落としかねない。しかしソラは動じない。的に動けば、それこそ首が落ちる。

 考えるより先に、脳に情報が伝わるよりも先に、体を動かす。それが最速、それが最適。


「八識流、『意識』」


 いつの間に口から零れたのか、そんな言葉が出ていた。魔力の奔流がかき消え、残るのは、ソラの剣と手に止められたマリスの双剣。


「凄い、何されたかわからなかったよ、これなら私を殺せるかもね」


 マリスの称賛に、ソラはしかしばつの悪そうな苦笑で応える。


「ごめん、僕も何したかわからない」


 マリスはずっこけた。


「いや、でも何か掴んだのは間違い無いから。ありがとうマリス」


 お礼を言われても、マリスは若干納得いかない様子だった。

 そうこうしている内に人通りが増えてきて、マリスの剣技によって抉られた地面を訝しむ者も現れはじめた。


「今日はここまでかな、本当は兄さんを独り占めしてデートしたかったんだけど」


「僕ももう少し君と一緒にいたかったけどね」


「あっはは、両思いだねえ。それじゃあ、また来週」


 恋人同士が別れを惜しむようなセリフを、ソラは無意識に、マリスは意識的に言いながら、その日の二人の逢瀬は終わった。



***



 ソラが寮に戻ると、またもやテラが入り口付近で待ち構えていた。


「えっと……テラ、そこ好きなの?」


「好きなの?じゃないよ。皆心配してたんだから。で、早朝に寮を抜け出して何をしていたのかなソラくんは」


 しゃべり方がよそよそしい。こういったテラを見るのは始めてだった。


「いや、大したことじゃなくて、自主練というか、こう」


「ふぅん、じゃあ女の匂いがするのはなんで?」


 この質問にソラは激しく動揺した。確かに、マリスと唇を重ねた時や、至近距離で打ち合っている時、ふわりと良い香りがしてきたような気もしたが、移るような強い匂いではなかったはずだ。それとも女性同士だとそういったことがわかるのだろうかという思考が高速で回転していく。


「なんで黙って……えっ、冗談のつもりだったのに、まさか本当に?」


「いや、その、確かに女の子と会ってたのはそうなんだけど、決して不純なものではないというか!」


「ごめんソラ、今は話を冷静に聞けそうに無い、さよなら」


 俯いたまま表情を見せずに、テラは走り去っていった。

 その後、失意の表情でソラは部屋に戻り、まだベッドの上で微睡んでいたレッカがそれに気付いて起き上がった。


「お、帰ったのかソラ。って浮かない表情だな、恋の悩みか?」


「そうかも……」


 いつも通り「違うよ」という返答を期待していた王剣流の剣士は、バランスを崩して二段ベッドの上の段から転げ落ちた。

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