第4話 シャワー

ギプスが固まったところで、看護師さんが、

「入浴されてもいいですからね。ただし、ギプスは濡らさないように

ビニールとかで覆って、タオルを巻いて濡れないようにして下さい。

ギプスは、濡れるとカビが生えて臭くなりますから。」

「カビが生えるんですか?」

「そうなんです。臭いですよ。袋は、売店でも売ってます。」

もったいないから買わない。

ごみ袋でいいだろう。

「浴室は、滑ったり、危険なので気をつけて下さいね。骨折する人いらっしゃいますから。」

確かに怖い場所だ。

チャレンジする勇気が出ない。

身体は、タオルで拭いているが、髪の毛が洗いたい。

毎日シャンプーしていたのに、まだ一度もシャンプーしていない。

かゆい。

気持ち悪い。

シャワー付きの洗面台もないので、

台所の湯沸かし器で髪を洗うことにした。

しかし、松葉杖を手放して右足に全体重をかけたままのシャンプー。

ゆっくり洗う余裕はない。

それでも洗えないよりはまし。

湯船には入れなくても、もっとちゃんと洗いたい。

よし、頑張ってみよう。

ごみ袋の大きくて丈夫な物に左足を入れて、太もも辺りにタオルを巻いて

荷造りひもで縛りつけた。

お尻をすらせながら、浴室のドアを開ける。

浴室にある小さな椅子を手繰り寄せて、

ゆっくりと座る。

油断すると、椅子が滑って転げ落ちる可能性もある。

手首をついて骨折するそうだ。

そっとそっと、時間をかけて乗り移る。

いけた!

狭い浴室に小さくて深い浴槽があるが、これにお湯は張らない。

左足は、ギプスのため膝を自由に曲げられないので、

この浴槽に垂らして、シャワーに向かう。

お湯が出る。

ボディーソープで身体を洗う。

続いて髪の毛にお湯をかける。

うんうん、いい感じ。

最近になって、髪のことを考えて、私にしては、かなりお高いシャンプーを買っていた。

これを使える。

両手で時間をかけて洗える。

気持ちいい。

すっきりする。

生き返る。

髪の毛が、かなり抜ける。

いや、そんなことはどうでもいい。

毎日は無理でも、隔日でもシャンプー出来そうだ。

シャワーだけでは寒いから、昼の暖かい時間にシャワーしよう。

一つ出来ることが増えた。

洗濯も一日おき。

大きなギプスでも履けるパンツが、ジャージ以外には1枚しかなかった。

なので、こまめに洗わないといけない。

洗濯物を干すのも実は、とても一苦労だ。

室内に干すのだが、片手で干すのだ。

椅子に座ってでは、届かない。

たくさん洗っては、疲れてしまう。

何をやるにも一大決心なのだ。

物を持って、両手の松葉杖は、厳しい。

洗濯かごを持つことは出来ないので、杖で蹴飛ばす感じで移動させる。

一番怖いのは、松葉杖から床に座る時と

床から立ち上がる時だ。

左足の膝がつけないので、常に右足の頑張りにかかっている。

階段も手すりがあるので、降りる時は、お尻をついて

右手で支えながら一段ずつ降りる。

上がる時は、両膝をずらして着きながら、一段ずつ上がる。

物を持って上がるのは、まあまあ厳しい。

一度、みかんを一段ずつ置きながら、上がって、

あと1段というところで転がり落ちた。

一番下に落ちたミカンをふり返って見た時、

やっとここまで上がったのに、と切なくなった。

向きを変えて、お尻をついて、また1段ずつ降りる。

この話を親友にしたら、笑いながら涙を流していた。

「ごめん。笑えるけど、悲し過ぎるね。」

「一番、悲しかったよ。」

車椅子を利用してはという話もあるのだが、

古いこの建物は、トイレや浴室に行くのに段差や敷居があり、

さらに入口が狭く、車椅子が入らない。

動けるスペースがわずかしかない。

こんな状況を想定はしていないのだから、仕方ない。

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