第13話 威迫の精霊神


 ――ご主人様シズマが三食おやつ昼寝付きで冒険者ギルドを守るようになった経緯。




 白狼耳の美幼女シズマクィユ族の美少女アーリーンと冒険者ギルドの受付嬢が凶悪犯の冒険者たちを檻に運ぶ作業しているとき、エルシリアはセレスと名乗る美少女と卓に座ってこれからの話をしていた。


 エルシリアは魔道具の戒めから解き放ってくれたことについてお礼を言っていた時のことだった。

 金銭はいらないので代わりにやってほしいことがある、とセレスより提案された。


 それは、白狼耳の美幼女を前人未到の最上級冒険者の証である【アムディアランク】にしろ、というものだった――。


「バカ言わないで!!! ぁ――、……ごほん、助けてくれたのは感謝していますけど、さすがにそんなお願いは聞けませんよ」


 ちなみに。アムディアとは伝説上の金属で、【神獣アムディンペイデ】によって生み出されたと伝えられている。冒険者ギルドを創設した初代ギルドマスターは神獣アムディンペイデに分け与えられた金属で剣を作り、世界を滅ぼそうとした悪神と戦ったと言われている。

 あくまで伝説。

 子供が寝るまえに聞かされるおとぎ話だ。


 アムディアランクは冒険者ギルドの初代ギルドマスターの伝説にちなんで規定上存在だけしているランクに過ぎない。


「おやおや、凶悪な犯罪者たちをプラチナランクに任命できるのに? どうして我が主は最上級ランクに任命できないのですか?」


 これだから貴族のお嬢さんは――。何でも自分の思い通りになると思っているおめでたい頭を引っぱたいてやりたくなる。でも、相手は恩人である。

 エルシリアは痛む頭を押さえながらセレスと名乗る美少女に説明する。


「あれは首輪で逆らえなかったのもありますけど、このギルドに違和感なく溶け込めていたのは、奴隷商人のヴィレムと辺境伯様の推薦状があったからなの。それに! アムディアランクは冒険者ギルド創設されてから一度も任命された人なんていません。もちろんあの子の実力はプラチナランク以上だと思いますけど……、依頼達成の実績や冒険者の知名度もかかわってきますから、任命できたとしてシルバーランクが限界よ」


「我が主を最上級冒険者にすることは冒険者ギルドにとっても益になることです。断る理由はないと思いますが? ――冒険者ギルドは優秀な人材を求めている、冒険者の士気を高められる人材も求めている、例えるなら【英雄】のような」


「…………どうしてそう思うのかしら」


 なぜそのことを知っているのか――。【英雄】を求めていると的確に指摘されて思わず感情がでそうになる。


 冒険者ギルドが冒険者のなり手を求めているのは誰もが知っていることだから驚くことではない。しかし、近年ベルトイア大陸の魔物が強くなってきており、冒険者全体の死亡率上昇、冒険者ひとりひとりの自己効力感の低下、などなど。冒険者ギルド存続にかかわる重大な問題が発生していることがわかっていた。

 すでに城塞都市アズナヴールと海都シクスーでは、【英雄】であるアリスター・グランフェルト辺境伯に冒険者の鼓舞をしてもらってはどうか、と言った具体的な話が上がっていたのだ。

 だが、あれは内密の話。知っているとしたら冒険者ギルドの会議にいた者だけだ。


 エルシリアの心を読むようにセレスが答える。


「私はこの世のすべてを知っています」


 ……ホラ吹きもいいところだ。でも、セレスの冗談を笑えなかった。エルシリアは視線をそらさないようにするだけで精一杯だった。


 気がつけばセレスから発せられる気配がじわじわと変わっていた。さっきもそうだ。白狼耳の美幼女を抱いているときに睨みつけられたときは想像を絶する恐怖に思わず顔を背けてしまった。


 エルシリアは受付嬢として十年間働いてきた。殺気だった冒険者に一歩も怯まない胆力だって備えている。セレスと名乗る美少女はエルシリアより年下の甘っちょろい貴族のお嬢さんにしか見えないのに、どうしてこんなに畏れてしまうのか。……いや、そもそも――。


「あ、あなたは……セレス、さんは、何者なの……、なんですか…………?」


 セレスは静かな威圧と共にあらためて名乗った。


「私の名はセレス。我が主、幼神獣様をお導きする精霊神です」


「精……霊……神……――、神……獣……――? あ、はは、は……う、うそでしょ――」


「ウソではありませんよ。冒険者ギルドでは新人を登録するときには素性を確認する魔道具を使っていますね。確認してみればよろしい」


 エルシリアはいつも胸ポケットに入れている魔道具を取り出す。震える指先で魔道具を操作して、セレスと名乗る美少女を鑑定する。

 エルシリアは心臓が止まるかと思った。


名前:セレス

種族:精霊神

性別:女

属性:悪・狂信


「本当に、精霊神、様……。と言うことはあの子は、神獣!? 神話に出てくる……神獣様……、うそ、そんな……」


 ハッと魔道具から顔を上げると、卓を挟んで座っていたセレスと名乗る美少女は、身を乗り出すようにしてエルシリアをのぞき込んでいた。瞳の虹彩が見えるほどの距離で――。


「ひっ――――!?」


 仰け反りたいが後ろは壁だ。逃げられない。

 口調こそ穏やかであるが、発せられるセレスの威圧は冒険者の殺気はおろか魔獣ですら逃げ出すような恐ろしい迫力になっていた。


「さて、もう一度聞きますが。伝説のアムディアランクは我が主にこそふさわしいと思いますよね?」


 エルシリアは涙目になりながら人形のようにカクカクと頷いていた。

 よろしい、とセレスは頷く。


「次の手を打つまで我が主には冒険者ギルドを守る役目をお願いしておきます。あの容姿と戦闘力ですからね、冒険者ギルドでアムディアランクを名乗っていればすぐにでも有名になるでしょう。ちなみに神獣であることは広めてしまって構いません。それから――」


 従順になったエルシリアにセレスは遠慮しない。セレスの要件はそれからしばらく続いた。エルシリアは事細かに伝えられた要件を覚えることに必死になっていった――。


 ***


「っ、はぁ……はぁ……」


 朝の目覚めと共にエルシリアは毛布を跳ねのけた。そして、自らの首に手を当てて冷たい金属の感触がないことに安堵し、件の精霊神の姿がいないことに胸を撫でおろした。

 全身汗まみれだった。じっとりとしたシャツが素肌に張り付いて胸の曲線が露わになっている。


「はぁぁぁぁ……。最悪、……セレス、様。夢にまで出てこないでほしいわ……」


 エルシリアはこの場にいないセレスに文句を言いながらあたりを見回す。床に毛布を敷いただけの粗末な寝室には、エルシリアを含めた受付嬢たちが丸くなって眠っている。


 今日は、冒険者ギルドの凶悪犯の冒険者たちが退治されてから三日目の朝だ。しかし、冒険者ギルドを襲った事件はまだ解決したわけじゃない。用心のために、エルシリアを含めた受付嬢のみんなは冒険者ギルドの二階で共同生活をしていた。

 いまだ逃げ続けている凶悪犯のギルドマスターであるゲン・ラーハとすべての元凶である奴隷商人ヴィレムの存在に言い知れぬ不安を感じることもあるが、傍らに眠る白狼耳の美幼女の姿を見れば不安もまた薄れていく。


 まだ眠っている白狼耳の美幼女を抱き上げようとするが、隣に眠っている受付嬢が、白狼耳の美幼女の大きな尻尾をむぎゅっと抱きしめている。そのせいか、白狼耳の美幼女は「ぅぅぅ……」と呻きながら暑苦しそうに身を捩っている。

 かわいそうなので大きな尻尾を抱きしめている受付嬢をべりべりと引っぺがして白狼耳の美幼女を抱き上げる。


「ぅー……ん、返して下さぃ~……」


「ダ~メ。あなたはもう十分に堪能したでしょ?」


 ゾンビのように伸びてくる受付嬢の手を払いのける。


 白狼耳の美幼女は抱枕として大人気だ。

 彼女に触れていると体と心が安らぐようで、凶悪犯の犯罪者たちに暴行を受けて寝たきりになってしまっている娘たちには絶大な効果があった。

 白狼耳の美幼女が寝たきりの受付嬢たちのお見舞いに行くと、体の痣や精神的な疲労が目に見える速度で回復する。魔法を使っていないのに精神快癒魔法リコンストラクション・メンタル身体快癒魔法レストレーション・フィジカルを受けているような効果があるのだ。

 そのため、就寝のときには受付嬢たちが必ず一緒に寝たがる。だからこんな雑魚寝状態なのだった。


「シュマちゃんは本当にかわいいわね、ふふふ……」


 エルシリアは白狼耳の美幼女の耳をこちょこちょといじりながらだらしなく微笑む。エルシリアの白い指先が触れるたび、白狼耳の美幼女の耳がかわいらしく反応する。

 セレス様には白狼耳の美幼女を「神獣様とお呼びなさい」と言われているが、どうにも呼びづらいので本人に名前を尋ねてみた。当然、言葉が通じないのではっきりとは伝わらないのだが「シュウマ! シューマ!!!」と叫ぶので「シュマちゃん」と呼んでいる。

 白狼耳の美幼女は「シュマちゃん」と呼ばれると不満そうな顔をするのだが、自分が呼ばれていることはわかるらしい。呼べばトテトテとこちらへ歩いてきてくれる。多分、本当の名前は発音が少し違うのだと思う。


 おっと。いつまでもベッドでまどろんでいるわけにはいかない。エルシリアは大きく伸びをすると朝の身支度をはじめた。

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