002 起

 草原。


 草原だ。


 俺は、今、草原に寝転がっている。


 草の青臭くも新鮮な香りが鼻腔をくすぐる。


 草原だ。


 上体を起こし周囲を見回す。


 最初は飛行機が墜落して投げ出されたのかと思ったが、どうも違うようだ。様子がおかしい。違和感を感じる。

 飛行機が墜落したのなら、何故、俺は無傷なんだ? それに、だ。もし墜落したのなら、その残骸が見えないのはおかしい。

 そして、一番の違和感は、目の前にある『木』だ。草原に生えている木。その木には見たこともない果実が実っている。リンゴと梨の中間のような果実。みずみずしくて見るからに美味しそうだ。いや、そうじゃない。俺は、こんな果物を見たことがない。もしかすると、俺が知らないだけなのかもしれないが――それでも、だ。飛行機が飛んでいたのは国内だ。飛行機が落ちる範囲に、こんな果物はないはずだ。


 ここはあの世なのだろうか? 俺は死んだのか?


 そんな馬鹿な!


 と、とりあえず、この周辺を見て回ろう。そうすれば何か分かるかもしれない。


「ん?」

 立ち上がろうと地面に置いた手が何かに触れた。

「何だ、これ?」

 そこにあったのは透明なガラスの板だった。


 透明なガラスの板を持ち上げて確認してみる。透明だ。


 ガラス?


 ガラスかと思ったがよく見ると違うようだ。プラスチックにも見えないし、よく分からない硬くて透明な、そして綺麗にカットされた板だ。

 不思議な板だ。


 こんこんと叩いてみると――硬い。うん、やっぱり硬い。


 それにしても、こんな形のものを何処かで見たような……って、そうだよ。まるでタブレットパソコンに似ていてるんだ。


 これ、特殊な材質みたいだけど……なんだろうな。


 とりあえず表面をなぞってみる。

「うわっ!」

 すると表面に謎の記号が浮かび上がった。


 本当にタブレットみたいだ。


 次々と見たことのない記号が浮かんでは消える。

「なんだこれ、なんだこれ」


 そして、見たことのある言葉で『ようこそ』と表示された。見たことのない記号は、これが起動するための何かだったのだろうか? パソコンの起動画面のような感じだろうか。


 表示されていた『ようこそ』の文字が消え、次に表示されたのは、『レベル』『称号』『クラス』『スキル』『魔法』といった項目だった。

 レベルの横には数字で0。称号、クラスの横は無し、スキルと魔法の横には何も表示されていない。


 いやいや、何だ、これ? まるでゲームみたいな……というか、ゲームなのか?


 もしかして、これ、ゲーム機なのか? 前の人のデータが残っているとか、そんな感じなのか?


 と、そこでタブレットからピコンという音が聞こえた。


 その音に反応して、タブレットの画面を見てみれば、右上の方に黒い丸のアイコンが現れている。

 恐る恐る黒い丸のアイコンに触れてみた。


 すると画面が切り替わり、何も表示されなくなった。いや、違う。画面の中央に円を描くように線が一本、一本、増えていってる。


 まるで時間を刻むような……。


 そして、線が一周したところで画面に『鑑定に失敗しました』と表示された。画面が最初の、レベル、称号などが表示されていた状態に戻る。


 ……鑑定に失敗しました?


 ん?


 もしかしてっ!


 タブレットを木に実っている謎の果実の方へとかざし、黒い丸のアイコンに触れる。かざした透明なタブレットには向こう側の果実が透けて見えている。その果実に四角い枠が重なる。

 そして、先ほどと同じように線が円を描いていく。線が円を描き終わった後、タブレットには果物の情報が表示されていた。



 名前:アダンの実

 品質:低品位

 聖者アダンの名前がついた食用の果実。精神を落ち着かせる効用を持つが、それ故に高い中毒性を含んでいる。心の安寧を得るために食べ続けるのだ。



 思っていたとおりだ!

 続けて、その辺に転がっていた木の枝にタブレットを向ける。そして、そのまま読み込み時間が終わるのを待つ。



 名前:木の枝

 品質:低品位

 何処にでもある木の枝。これを武器として扱うのは狂人か、それとも達人か。童子のように振り回せば心の中だけは英雄だろう。



 凄く辛辣な解説が表示された!

 にしても、木の枝が武器扱いなのか。


 とりあえず木の枝は拾っておこう。それと、木に実っている果実。アダンの実だったかな? を取るのは止めておこう。食用みたいだが、中毒になるようなものを食べたくはない。


 にしても、だ。


 このタブレット、どうなっているんだろうな? 少し時間がかかるけど鑑定が出来るのは、こう、現実を拡張するような――AR技術の応用か何かなのだろうか?


 まるでゲームだ。


 本当にゲームの世界に入り込んでしまったような感じだ。これは夢にまで見たヴァーチャルでリアリティなゲームの世界なんだろうか? 俺が知らない間に実現していたのだろうか?

 でも、空気感や匂いを感じるようなヴァーチャルなリアリティなんてあり得るんだろうか?


 本当に分からないことだらけだ。


 ここがゲームの世界だとしたら……いや、待て待て待て。とりあえず思い込みで行動するのは止めよう。まるでゲームとしか思えない世界だが、感じる空気は、俺にこれが現実だと伝えている。そう、俺は、今、肌寒さを感じている。空気を、風を感じている。


 本当にゲーム世界か?


 そして、今の俺の格好だ。今、俺が着ている服は飛行機に乗った時のままなのだ。ヴァーチャルなゲームだとして、そんなことがあり得るのか?


 ……しかし、だ。俺は、今、その着ている服以外の持ち物を全て失っている。何処かに連絡を取ろうにも、その道具がない。俺の荷物は着ている服だけになっている。


 俺の身に何が起こったんだ?


 いや、ここで考えていても仕方ない。人を探そう。誰かに事情を聞けば、何か分かるかもしれない。


 そうだ。食べる物も飲み物も必要だ。ここで待っていて誰かが救助に来てくれるなら、それが一番だ。でも、その保証はない。


 人を探そう。


 と、その時だった。


 俺の目の前にバスケットボールサイズの寒天が転がってきた。薄緑に濁った寒天はぷるぷると震えている。その寒天の中には気持ち悪いぶよぶよに蠢く球体が浮かんでいた。

 これは……生き物か?


 微妙に気持ち悪い。


 寒天が転がる。すると寒天が居た場所の草が消えていた。


 何だ、こいつ?


 とりあえず手に持った木の枝で寒天を叩いてみた。寒天がはじけ飛ぶ。そして、その後には小さな青いぶよぶよとした球体が残っていた。


 えーっと、何だ、これ?


 って、そうだ。鑑定だ。そのための鑑定だ。


 タブレットを取り出すと、その画面が光っていた。表示が変わっている。



 レベル:1

 称号:ごっこ勇者

 クラス:無し

 BP:1

 スキル:剣技0

 魔法:


 レベルが1に増えている。それに何だ、この称号。まさか木の枝を使ったからか? それに剣技ってスキルが増えている。いや、注目すべきはスキルの上に増えたBPという項目か。もしかして、ボーナスポイントの略か? これでスキルを上昇できるとか……いや、そんなまさか。

 つまり、これは今の自分のステータスを表示しているのか?


 そんな……それこそ、まるでゲームじゃないか。


 BPが何かに使えるか試してみるか? いや、レベルが一つ増えて一個しか貰えていないんだ。慌てて使うのは不味い気がする。レベル0から1には、寒天一匹で上がったみたいだが、今後もそうだとは限らない。ゲーマーとしての勘が、もう少し様子を見ろと告げている。


 よし、まずは転がった青いぶよぶよ球体を鑑定してみよう。


 タブレットを青いぶよぶよ球体に向けてしばらく待つ。



 名前:グラスゼリー

 品質:低品位

 ゼリーが残した魔法素材。これは草原種のもの。



 なんだかあっさりとした解説だ。さっき倒したのがゼリーってモンスターなのか? なんだかますますゲームみたいだ。

 このゼリーは拾っておいた方がいいのだろうか? でも、入れ物もないしなぁ。持ち運ぶにしても、かさばれば邪魔になりそうだ。いや、これの価値も分からないけど――でも、だ。後で役に立つかもしれない。なんたって鑑定の説明に魔法素材って言葉があるからな。


 とりあえず拾って、と。うん、邪魔になったら捨てよう。


 そして、気付く。


 この草原の遠く――遙か向こうに巨大な細長い建物がある。天を貫くような……まるで塔だ。

 こんな塔が現実の世界にある訳が無い。

 こんな塔なんて見たことがない。


「はぁ……ホント、これは、まるで、ゲームだ」

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