甘い鎖

「誕生日おめでとー!!」


 大学に行くと、香穂を含む友達がクラッカーを鳴らした。ビックリして固まっていると、香穂が呆れたように笑う。


「もう、自分の誕生日忘れてたの?もしかして幸せボケですかー?」


 た、確かに忘れてた……。でも決して、幸せボケではない。……と、思う。


「彼氏カッコいいもんねー」

「しかも毎日送ってくれてるじゃん?愛されてて羨ましいー!」

「そ、そうかな……?」


 えへへ、と笑いながら次々に渡してくれるプレゼントを受け取った。翔さんと付き合い始めて3ヶ月が経った。至って順調で、相変わらず翔さんは優しい。最近は着替えや荷物もほとんど翔さんの部屋に置いていて、「こっち引っ越してきたら?」と言われる。ただ、妹大好きなお兄ちゃんがたまに突然訪ねてくるし、同棲なんて許してくれるわけないし、それだけが怖くて未だ同棲には踏み切れずにいる。翔さんにその話をしたら、


「じゃあ結婚したら一緒に住める?」


 と聞かれた。あまりの爆弾発言だったため、その日の記憶はない。

 ありがたいことに両手にいっぱいのプレゼントを貰って、これをお店に持って行くのは迷惑だと思ったから一旦家に帰った。翔さんは毎日朝早くからお店にいる。これを持って行って今日が誕生日だとアピールするのはあざとい気がした。まぁ、翔さんに祝ってもらえたら嬉しいけど一緒にいられるだけで幸せだもんね。そう思って家に一旦帰り、お店に行ったのだった。

 お店に着くと、ちょうど滝沢が着いたところだったらしい。


「おー」

「うん」


 最近、滝沢の様子が変だ。前みたいに嫌味なことを言ってこないし、落ち着いてる。喋る時は普通なのに、普通だからこそ逆に違和感。


「なぁ、お前さ」

「なに?」

「……これ。今日誕生日だろ」

「えっ」


 滝沢が差し出したのは、私の大好きなキャラクターのキーホルダーだった。私の誕生日を知っていたことも、私の大好きなキャラクターを知っていたことも、両方が驚きで。お礼を言う間も無く滝沢は先に入ってしまった。今の滝沢とならいい友達になれるかも…… そう思いながらお店に入ると、翔さんの温かい笑顔が迎えてくれる。翔さんはやっぱり何も言わなくて、まぁ誕生日のことなんて一度も話していないから仕方ないか、と気持ちを切り替えた。

 閉店作業を終えた頃には23時を過ぎていた。着替えてお店のほうに戻ると、悠介さんとメグさんが私を見た。そして。


「ほい、これ俺らから」

「えっ」


 悠介さんが差し出したのは、私の好きなお菓子の詰め合わせだった。も、もしかしてこれって……


「誕生日おめでとう」

「あ、ありがとうございます……!」


 まさか二人が知ってくれていると思わなくて、嬉しくて泣きそうになる。プレゼントを見つめていると、悠介さんが髪をくしゃっと撫でた。


「ま、いつも翔が世話になってるからなー」


 と、言って。お世話になってるの私のほうですよ。そう言いたかったけれど、感動で言葉にならなかった。そう言えば、ちゃんと滝沢にもお礼言わなきゃな。


「で、アイツには何貰ったの?」

「え?」

「翔。……え、まさか何も貰ってないの?」


 私が苦笑いすると、悠介さんは眉を顰めた。そして、呆れたように言う。


「冷てー男だな」

「い、いえ、多分知らないだけだと……」

「誰が冷たいって?」


 その時ちょうど外に出ていた翔さんが戻ってきて、ニコニコしたまま悠介さんを見ていた。悠介さんはその顔を見て嫌そうな顔をする。そして立ち上がり、メグさんと一緒に出て行ってしまった。私が「ありがとうございます!」と声をかけると軽く手を挙げて。


「帰る用意してくるからちょっと待ってて」


 翔さんはそう言って、更衣室に行こうとする。けれど、立ち止まった。


「あ、その前に」


 ぐいっと腕を引かれて、腰を抱き寄せられた次の瞬間唇が重なっていた。 触れるだけのキスの後、翔さんが至近距離で微笑む。いつ見ても綺麗な顔。長い前髪が頬をくすぐった。


「……お誕生日おめでとう」

「っ、え、知ってたんですか?」

「うん、智輝に聞いた」


 嬉しい。本当に、嬉しい。泣きそうになって、翔さんの首に腕を回して抱き着く。背が高い翔さんは少し屈むような体勢になってくれて、私の体を包んでくれた。


「すずちゃん」

「はい……」

「プレゼントもあるよ。ね、見て?」


 翔さんから離れると、翔さんはポケットから箱を取り出した。そして、それを開ける。


「……っ」


 私は驚きのあまり、固まってしまった。


「……つけてもいい?」


 涙が溢れて、でも何度も頷いた。翔さんの指と、唇が。順番に滑っていく。


「……まずはこれ。派手なやつじゃないから、ずっとつけててね」


 首に、ネックレスがかかる。小さな花がついていて、とても可愛い。翔さんは私を椅子に座らせると、靴を脱がせた。そして膝からふくらはぎにキスを落としていく。


「……これも。絶対に外しちゃダメだよ」


 ネックレスとセットのアンクレット。これも花がついていて可愛い。


「で、最後に」


 翔さんはそう言って、その場に跪いた。まるで王子様のように私の手を握り、指先にキスをする。


「……これも、水に濡れても大丈夫なやつだから、ずっとつけてて」


 左手の薬指。ネックレスとアンクレットと同じように小さな花の真ん中にダイヤが埋め込まれた指輪が、吸い付くようにはまっていく。


「……よかった、サイズぴったりだね」


 嬉しそうに笑った翔さんは、私を抱き上げた。


「ずっと一緒にいてね」


 翔さんからのプレゼントは、甘い甘い鎖のようで。私の体は全て、翔さんの所有物であると主張するようにアクセサリーが輝く。


「すずちゃん、お誕生日おめでとう」

「っ、はい……」

「すずちゃんの全部、俺のものだから」


 キス、そして、キス。息苦しいほどの甘い夜は、静かに更けていった。

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