翔さんの秘密

「おい、ついてくんなよ」

「あんたについていってるわけないでしょ!バイト行くの、バイト!」


 あぁ、やっぱり滝沢と同じバイト先なんて最悪かもしれない。

 授業が終わってCafe fleurに向かっていると、同じくCafe fleurに行くらしい滝沢が前を歩いていた。


「お前さー」

「な、なに」

「翔さん目当てなの?」


 そう言われてグッと詰まる。なきにしもあらずだからだ。


「あーあ、なんて不純な動機なんだ」

「ち、違うし」

「今更否定しても遅ェよ」


 いつの間にか隣を歩いていた滝沢。何となく横顔を見つめてみる。……滝沢ってさ、口を開けば嫌味言うし目付き悪いけど。実は結構イケメンだ。私も大学に入ってすぐの頃はカッコいいなぁと思っていた。話してすぐに嫌な奴に認定されたけど。嫌いってわけじゃない。口は悪くても性格は悪くないって知ってるから。香穂が彼氏と喧嘩して泣いてる時は慰めてたし……。


「何見てんだ、気持ち悪ぃ」


 ……前言撤回。やっぱり嫌い!!

 腹が立つから早歩きで先に着いてやった。はずなのに、お店に入る前に息を整えていたらすぐ後ろに滝沢が立っていた。


「あ、もしかしてお前緊張してんの?ぷぷぷー」


 なんて笑いながら。


「あー、もう、ほんとうるさい!」


 入りますよ!入るのくらい簡単ですよ!

 鼻息を荒くしながらドアノブに手を掛けようとしたら、なぜか空振り。前を向けばにこやかに笑う翔さんが立っていた。


「来てくれたんだ。どうぞ」

「おっはよーございまーす」

「おはよ、智輝」


 緊張してるとこ見られた。鼻息荒くしてるとこ見られた。落ち込む私を翔さんが不思議そうに見る。……うぅ、やっぱりカッコいい!!


「お、おはようございます!今日からよろしくお願いします!」

「ん、よろしくすずちゃん。どうぞ」


 滝沢なんてどうでもいい。ここで働けて私、幸せです!


「これ、着替えてきてくれる?」

「はい、わかりました」


 翔さんに渡された服を持って更衣室に行く。着替えてみると、膝より少し上のパンツがオシャレで可愛かった。更衣室から出ると、翔さんがいるかと思ってキッチンに行ったけれどそこには滝沢ともう一人、とっても綺麗な女の人しかいなかった。


「はじめまして、藤堂すずです」


 とりあえず挨拶。女の子同士仲良くなれたらいいな。


「おー、馬子にも衣裳、にはなれなかったな」

「う、いちいち腹立つ……!」

「まぁまぁ。こんな可愛い娘いじめちゃ可哀想だろ」


 ……ん?今綺麗な女の人の声が男の声に聞こえたような……?

 頭にハテナマークを浮かべる私を見て、女の人が固まる。そして低い声で


「……もしかして俺のこと、女だと思ってねーよな……?」


 そう言った。ええええ!


「お、男の人ですか……?」

「ったりめーだろ!どっからどう見ても男だ!」


 いやいやいや!どこからどう見ても女の人です!だって髪は長いし睫毛も長いしお肌ぷるんぷるんだし、羨ましいくらいの美貌です!


「それ、メグの前では言っちゃダメだから」


 私たちのやり取りを見て爆笑していた滝沢がそう言った。先に言っといてもらえませんかねそれ!しかもメグさんって名前も女の人じゃん!


「智輝、メグって言うな!俺の名前は恵久人!男だ!」


 へー、恵だからメグさんか。そんなことを思っていたら


「よろしくお願いします、メグさん」


 そう言ってしまった。恐る恐る顔を上げると……


「だーからメグって呼ぶなー!」


 般若のような顔で怒鳴られた。こ、怖い……。しばらくプンプンと怒っていたメグさんは、平謝りする私を見て何とか許してくれた。そして、何故か憐れむような表情で口を開いた。


「でもさー、君もやっぱり、翔さん目当てなの」

「……え」

「そうに決まってんだろ。アイツ非モテだから。非リア充だから。ちょっと優しくされただけで簡単に惚れちまうんだよ」


 なっ、なんって失礼な奴だ滝沢智輝……!いつか絶対にギャフンと言わせたい!いつか絶対に謝らせたい!

 ふつふつと込み上げる怒りを何とか堪える。何故ならここには翔さんがいるからだ。変なことをするとそれを翔さんに見られる可能性が非常に高いからだ。

 翔さんのお陰で命拾いしてよかったな!と思いながら睨み付けていると、不意にそれに気づいた滝沢が


「ぷっ。何面白い顔してんだ」


 と笑ったから、翔さんのことが一瞬頭から飛ぶほどイラッとした。……でも、その時ちょうどお店のほうから聞こえてきたパチン、という凄まじい音に私は気を取られた。


「……またかよ」

「次は誰だ」


 そんな会話をしながら、キッチンから店を覗く二人。どうしたんだろう、と私も一緒になって覗いた。


「最低!」


 顔を真っ赤にしてボロボロと涙を溢す女の人と、頬に手を抑えて彼女をまっすぐに見る翔さん。え、も、もしかしてさっきの音、ビンタの音……?!と慌てていると、メグさんがあれは、と呟いた。


「確かあれ、一週間くらいでバイトやめてった奴じゃない?」

「あー、そうだそうだ!明らかに翔さん目当てで入ってきて翔さんにベタベタしてた奴!また翔さんの毒牙にかかったのか」


 え、ど、毒牙って何?毒牙?キョロキョロと挙動不審な私に気づいたメグさんがあぁ、と口を開く。そして私は翔さんのことを少しだけ知った。


「翔さん目当てでバイトに来た女も、客の女も。みんな翔さんを本気で好きになって、みんな自惚れるんだ。翔さんは優しいから、翔さんも自分を好きになってくれたのかもしれない、翔さんにとっての特別は私だけかもしれない。って。

……でも違う。翔さんは優しいんじゃなくてどうでもいいだけなんだ。女が自分を好きになろうが嫌いになろうが。断るのが面倒だからキスをしたいと言われればさせてあげる。好きと言ってほしいと言われれば言ってあげる。

だから勘違いした女の子にさっきみたいにキレられることはあるけど、それすらどうでもいい。だってあの子がいなくなっても、君みたいにまた違う子が来る。バイトだって客だって、代わりなんて数えきれないほどいるからな。

だから君も気を付けたほうがいい。どれだけ好きになっても翔さんは手に入らない。翔さんの特別な人は、ずっと……」

「久人」


 メグさんの言葉を遮ったのは、頬が少し赤くなった翔さんだった。いつの間にかキッチンに来ていた翔さんは無表情で私たちを見ていて、けれどすぐに笑った。


「ごめん、氷もらえるかな」

「あ、はい」


 私の頭の中では、さっきのメグさんの話がぐるぐると回っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る