第32話彼女の向かった先

落ち着いた雰囲気の喫茶リトライは今日だけは賑やかな店になっていた。

学生四人だけの為に店を貸切にしてくれたオーナーは彼らがやってくるまでに飾り付けを全て一人で終わらせていた。

学校帰りに買出しをしてきた与太郎達は中央に置かれた大きなテーブルの上に大量のお菓子を並べていく。


「与太郎、このお菓子並べて~」

「あいよ~」

まだあるのか、と驚きながら彼は葵から受け取る。


「加嶋君、飲み物入れてくれる?」

「おうよ」

美佐の表情からは今日という日をどれだけ楽しみにしていたのかが読み取れる。


「太郎、ケーキ置いてくれ」

「貴様らの俺への扱い方っ!」

入社したての社員ばりの扱いだった。



待ちに待ったクリスマス・イヴ。

恋人同士で過ごすことが全てではない、仲間達と共にするのも青春である。


準備が整い、それぞれが選んだ飲み物を手に持つ。

遊びやイベントとなると前に出るのはいつも雄也。

まるで忘年会のような台詞を長々と喋っていた。



与太郎は手に持つ紙コップを眺めながら思い出したくないことを思い出していた。

家で過ごすと言っていたリサのこと。

こんなちっぽけなパーティとは比べ物にならない場所に彼女はいる。


―――退屈だろうな。

きっと彼らに気を使って美佐と葵の誘いを断ったのだろう。


「加嶋君?」

「ん…ああ、悪いボーっとしてた」

リサが選んだこと、気にしていてもしかたがない。

いや、むしろ気にしているなんて知られたらバカにされてしまうだろう。


「で、あるからして今年は」

「校長バリに長いなお前の話っ!」








少し口に入れるとすぐに新しい食事が置かれる。

少し口に入れるとすぐに飲み物が注がれる。

長いテーブルに母と子の二人、周りには使用人が複数人立っている。


「おいしい?」

「もちろん」

気を使って先ほどからチラチラとリサの様子を伺っている彼女の母、真理。


「本当によかったの?」

「何が?」

「お友達と過ごさなくて」

与太郎以外に、美佐と葵の存在を真理に話したことがある。

リサの母は彼らの話題になると嬉しそうな表情をする。


「いいのよ」

「…そう」

「アイツらとは違うのよ…私は」

本来の、という言葉は使わなかった。



「ちょっとお手洗い行って来る」

そう言い残して彼女は席を立つ。

息が詰まりそうで外の空気を吸いたかった。




二階を少し歩いたあと、窓の外を眺めるが残念ながら曇り空で星一つ見えない。

手で触ると窓ガラスは驚くほど冷たかった。


―――。


「…え?」

また彼女の頭の中で何かが流れた。

そこに映っていたのは彼女自身、今と同じように窓の外を眺めていた。

何を見ていたのだろうか。


ただ、はっきりと見えたものは―――。


「何で…そんな顔してんのよ」

まるで人形のように魂の入っていない眼をしていた。


未だに夢の中にいるような彼女は急いで部屋に戻り着替え始めた。







食べても食べても減らないお菓子の量。

歌って騒いで、彼らは今日という日を大いに楽しんでいた。


「…ふぅ」

「お…おい栗山、それ俺のコップ…」

「ふぇっ、あ…ごごごめん!」

与太郎の飲んでいたものに口を付けてしまった美佐は顔を真っ赤にしていた。


「いいじゃん、キスしたことあるんだし」

「ちょ…ちょっと葵!」

これも十分青春と言えるだろう。

一生忘れられない思い出となるだろう。



「与太郎君!」

「ん?どうしたんスかオーナー?」

カウンターから大声を出す雪は慌てた表情をしていた。


「リサちゃんが…いなくなったって!」

「…は?」

彼は店に掛けられている時計を見る、女子高生が一人で外を歩くには遅すぎる時間。


「家の人たちで探してるみたいなんだけど全然見つからないみたいっ」

普段から夜遅くまで与太郎の家にいる彼女だが、その事はリサの親も把握している。

飯田リサのことだ、退屈でどこか散歩にでも出たのかもしれない。


そう思いたいのに、与太郎は彼女を理解してしまっている。

記憶喪失前の自分に迷惑をかけないよう努力をしている彼女が母親に黙って消えるわけがない。



「急いで皆で…」

「加嶋君、行って」

走り出そうとした葵を阻止し与太郎に視線を向ける美佐。


「…栗山?」

「見つけてあげて」

美佐の言葉にはいろんな意味が込められているように彼は感じた。

親友の行動に歯を食いしばって見ている葵。


「悪いっ!」

走り出す与太郎を一同は暖かい目で見送った。



「栗山、良かったのか?」

「…」

辛くないわけがない、それをわかっていて雄也は美佐に質問する。


「私の大好きな人は、困っている人がいると放っておけないの」

「…そうだね」

葵はそっと美佐に寄りかかった。







パーカー姿にフードを被って顔を隠しながら彼女は歩いていた。

急いで出てきたため、下に着ているのは制服。


今日はクリスマス・イヴ、街はとても賑やかだった。

意味もなく歩いているわけではなく、リサはある人物を追っていた。


同じ姿をした彼女自身の影を。


亡霊のような彼女が向かう先は一体どこなのか。

周囲の人間に顔がバレないよう注意をしながら周りを見渡している。


―――何を見ているの?

同じ方向に視線を向けると急に胸が苦しくなる。

あの影は何かを感じ、今の彼女がその痛みだけを思い出している。



こんな時間に女子高生が一人で歩くのは危険だから今の彼女はこの格好をしている。

では何故、影も同じ格好をしているのだろうか。


記憶喪失で眼を覚ました時と同じ姿。

そこでやっと彼女は気がついた。


―――アタシになる直前の…。

影が進んで立ち止まった場所は駅近くの噴水前。


また頭が痛くなり両手で頭を抱えた。

この時、この場所で何かを思ったのだろう。


眼を閉じると影ではなく彼女自身の記憶から薄っすらと何かが映って見えた。

今の彼女が生まれた瞬間の記憶。

思い出そうとすると頭に激痛が走る。


だから何を見て―――。



「なぁ」


聞き覚えのある声。

ゆっくり顔を上げるリサ。

ベンチに座るその存在を見た瞬間頭の痛みが引いた。


「俺、記憶喪失の女捜してるんだけどどうしたらいい?」



そこは飯田リサが彼と出会った場所。

立ち上がった彼は腕を組んでいつもの口調で彼女に言った。


「何かここのような気がしてな」

「…」

彼女にはわからない。

この泣き出しそうな感情は一体何なのか。


「…与太郎」

「ん?」

フードを外し彼に近寄って服を掴む。


「アタシ…思い出すのが怖くなってきてる」

「…」

リサの本音の弱音。

金色の髪が寂しそうになびいていた。


与太郎は優しくリサの頭に手を乗せる。


「怖くならない時ってどんな時だ?」

「…アンタをバカにしてる時」

それでも彼女はやはりいつもの飯田リサだった。



「だったら俺といりゃいい」

「…」

支えになる言葉を送ってやれずとも、支えになれる存在くらいにはなってやりたいと彼は思った。

それがここで彼女と出会った与太郎の使命なのかもしれない。



「…ありがと」

「気持ちわる」

照れ隠しの言葉を口にして彼は空を見上げる。


「へぇ…」

空を見上げると曇の少しの隙間から月が顔を出していた。

月がきれいだ、なんてそんなオシャレな台詞が言えない彼はただ黙って見上げていた。


落ち着きを取り戻した彼女も彼と同じように月を眺める。



服を掴んだ手を離さずに―――。

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