第30話葵

「加嶋与太郎です、知っての通り抜け出した男です」

彼の自己紹介は簡潔でわかりやすいものだった。

入学式を抜け出した男子生徒二人の内の一人。

不良とまではいかなくてもろくでもない生徒であることは間違いない。


「東田葵です、遠くの中学から来ました」

無難に目立たないように自己紹介をする彼女。


複雑な家庭環境で育った葵。

彼女の兄はそれが嫌で親元を離れて暮らし始めた。

そこでいろんな出来事に巻き込まれ、そして何かを見つけた彼を見て葵は後を追うようにこの地へとやってきた。

そう言えばよく聞こえるが、要はブラコンだ。


新しい環境で一から友達を作ることに多少不安はあったが、兄と違って人付き合いが得意な彼女は特に苦労はしないだろう。


でも、決してああいうのとは付き合ってはいけない、とダルそうに座る与太郎に視線を向ける。

きっとろくな高校生活にはならない、そう感じた。



入学式の日は簡単な説明で終わり解散となった。

すでに出来始めている輪に入ることなく新しいカバンを持って教室を出る葵。


できれば隠し事のない友達を作りたい。

人よりも勘が鋭いことを自分が一番理解している葵の願い。




「こんにちは~」

「おう」

喫茶リトライの店長をしている彼女の兄はカウンターでグラスを拭いていた。


「お兄ちゃん、スーツ似合ってなかったよ」

「うほっ、頑張った兄になんて事を!」

入学式に来てくれた彼女の兄は少しだけ緊張していた。


カウンター席に座り、彼の出したカフェオレを飲みながら時間を潰す。

この店のオーナーは塾の講師もやっているため、店はほとんど彼にまかせている。


「友達はできそうか?」

「お兄ちゃんと一緒にしないで」

「…ですよねぇ」

ぼっち暦の長い葵の兄、最近になってやっと友達も恋人もできた。



「ちわ~っす」

この時間帯にお客がやってくるのは珍しい。

葵はチラっと開いた扉の方に視線を向けると、そこには同じ学校の制服を着た見覚えのある男の顔があった。


「おう、そういやお前ら同じ学校だっけか」

「ん…誰ッスか?」

「加嶋…与太郎」

何故同じクラスになったこの男が、兄の店でしかも馴れ馴れしく彼と接しているのか。


「お前、入学式で結構なことやらかしてたな」

「いやぁ退屈だったんスよ」

よりにもよってこんなろくでもない男が兄と知り合いだなんて、と少しガッカリする葵。



葵は少し前にオーナーから聞いた話を思い出す。

住む場所がなくて困っている男の子がいたから紹介してあげた、と。

そして兄からも常連になった変な奴がいる、と聞かされた。


与太郎は引っ越してから入学式までずっとこの店に入り浸っていた。



「そうなんだ、えっと何組?」

「…同じクラスよ、東田葵」

「マジか、俺は加嶋与太郎だ」

入学して初めて会話をしたのが一番関わりたくないと思っていた男子だった。



「仲良くやれよ、だが妹はやらんぞ!」

「何言ってんスか店長…」

さっさと帰ってしまいたかったが、さすがにそんな失礼なことを常識人である葵にできるわけがなかった。



「あなた、中学はこの辺?」

「いや違う、ちょっと遠くから来た」

つまり葵と同じで周りには知り合いがいないということ。


「何でわざわざ?」

「新しい地で新しい自分を見つけたくて…」

「無理でしょ」

「おほっ、初対面ではっきり言われた!」

入学式であんなことをするくらいだ、前の学校でも相当やらかしていたことは間違いないだろう。


「そんなんじゃ友達できないよ?」

今日知り合ったばかりの男子にはっきりと言う葵。


「え、マジ!?どうしよう店長!」

「大丈夫だ!俺もできなかった!」

「…はぁ」


初日でこの生徒はやばいと思わせるほどの男子に居場所を侵略された気分だった。

人見知りの兄もよくこんな男と親しんで会話できるものだ、と不思議に思っていた。




翌日、さっそく彼は授業中に居眠りをして怒られていた。


「加嶋、この際寝るなとは言わん」

「はい」

「頼むから…寝言は言うな」

「はい、さっき食べました」

「起きろ加嶋ぁああああ!!」


関わりたくないのに何故だろう、気になって仕方ない。

このわけのわからない感情は恋ではないことは確か。


では、一体何だというのか。


昨日の一件で意気投合した彼と山田雄也。

与太郎にはお似合いの友人だとは思うが、彼の後ろの席に座っている女子生徒も気になり始めていた。

確か彼女の名前は栗山美佐。

とても可愛くて真面目そう、それが彼女の第一印象。


与太郎と会話をしている時の彼女の視線が少し気になっていた。

もしかすると彼に気があるのでは、と。



―――いや、まさかあんな可愛い子があんな…


そう心で言いかけた時、抱いていた謎が解けてしまった。




休み時間、葵は彼の元へと歩み寄る。

さっきの授業から寝っぱなしの与太郎の前に立ち、手を掲げて一気に振り下ろす。


「…おほっ!」

思い切りクリーンヒットし、彼は後頭部を摩っていた。


「誰だ!あ、目の前にいた!」

「加嶋与太郎、寝すぎだよ」

「あ~えっとあれだ、東田店長の妹の」

「葵よ」

ここまで堂々と彼に近寄れる女子は今のところ葵しかいない。

後ろの席では美佐が何事かと慌てている。


「よろしくね」

それは彼にではなく美佐に向けて言った台詞。

彼女は急いで持っていたペンを置いて頭を下げる。


「く、栗山美佐です、よろしく…」

「ん、ミーね、私の事は葵でいいよ」

「おっと、チョップをされた俺を差し置いて何平和的な自己紹介を…」

「もう一回振り下ろそうか?」

「やめて!頭が良くなっちゃう!」


それに釣られてやってくる雄也。

葵は決めた。

このメンバーで高校生活を送っていこう。


退屈しない毎日を送っていこう、



兄に似ているこの男と共に。

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