第9話 戦いの火ぶたは勝手に切られた

「な、なんだ今の声?」

「あ、あそこを見ろ」

「人間と……ト、トカゲ人間!!」

「壁の仕掛けがバレたんだ!」


 俺たちに気付いた暴走族たちが、慌てふためき、少女の陰に隠れる。


「お前ら、うら若い乙女を盾にしようとするんじゃない! 不良なら少しはカッコつけたらどうだ」

「い、今時の不良は見た目より効率重視なんですよ。俺たちがでしゃばって邪魔になってもいけないし。と、というわけで、魔法でぱぱっと片づけちゃってください」


 背後のメンバーたちも、うんうんと頷く。


「クソども! 少しくらい悪びれろ!」


 少女は暴走族を口汚く罵った後で、急に冷静な目になり、


「ところで、あの人間は誰だ? お前らの仲間か?」

 と、訊ねた。


「い、いえ。うちのメンバーはこれで全部です。あ、あれは俺らとはまったく関係のない奴で……」

「あ、あいつ!?」

「佐久間? あのガキを知っているのか?」

「さっき話しただろう。三小で肝試しをしていたという高校生だ。ええと、名前は何だったかな?」

「ああ、そういやさっき聴いたな。お前たちとは別口の遭難者がいるとか」

「そ、そうです。俺は、親切にも、無条件でこの隠れ家にかくまってやろうとしたんですよ。それなのに、あいつはリザードマンのいる方に俺を突き飛ばして、そのまま一人だけいなくなったんです。まったく、恩を仇で返すとはこのことですよ」


 佐久間がいけしゃあしゃあとぬかす。


(な、なんて奴だ。こんな状況でなければ、後ろから蹴飛ばしてやるのに)


 現状、俺は反論を上げることもできない。


 息がかかる程の距離にいるリザードマンは、俺が妙なそぶりを見せれば、即座に首根っこをへし折りにかかるだろう。


 生臭い息を浴びながら、俺は控えめに呼吸をするだけで、精いっぱいだった。


「あ、あの、あいつを助けないんですか?」


 暴走族の一人が、何ら救助の動きを見せない、少女に訊いた。


「気になることがある。そこのお前!」

「は、はい!」


 声をかけられた佐久間が、背筋を正す。


「その出来事があったのはどのくらい前だ」

「え、ええと、一時間、いや一時間半? ……もうちょっと前かな?」

「はっきりしろ!」

「す、すみません。大体二時間です。それ以上は絶対に経ってません」

「隠れ家の仕掛けは教えていたか?」

「い、いえ。まだ教えていませんでした」

「妙だな」


 少女が小首を傾げる。


「な、何がですか。い、言っておきますけど。俺はウソなんてついてませんよ。俺を突き飛ばしたのはあいつの方で、けして役どころが逆なんてことは――」

「そんなことはどうでもいい! 私が気にしているのは、あの人間がここを突き止めるのが早すぎることだ」

「へ?」

「お前と接触した地点からここまで辿り着いて、壁の仕掛けにも気づく。普通の人間だったら、二時間そこらで出来るわけがない」

「い、言われてみれば変ですね。ここまでの道のりは迷路にもなってる上、トカゲ人間がうじゃうじゃいますし」

「あいつは普通の人間じゃないかもしれない。私と同じ魔封士か? あるいは迷夢宮の幻影トラップの線もある」

「げ、幻影? あ、でも俺と話した感じは普通の高校生でしたよ。おかしな素振りは全くなかったです」

「どのみち正体はすぐに分かるさ」


 そう言って少女は、落ち着き払った笑みを浮かべた。


「ど、どうするつもりなんですか?」

「決まってるだろう、どうもしない」

「はい?」

「都合のいいことに、あいつの前には大量のリザードマンだ。放っておけば、奴の対処の仕方で素性が知れる」

「な、なるほど」


 こうして、少女は、俺の危急に傍観を決め込むのだった。


(じ、冗談じゃないぞ!)


 俺は、二度目の絶叫を必死にこらえていた。


 俺はタダの人間だ。スゴイのは、同道していた九谷さんとルシュフの方なんだ。


 しかし、誤解を解こうにも、下手に声を出しては、リザードマンの誘い水になる。


「それにしても、アリエッタはどうした? あいつには隠し通路の番を頼んでいたのに……。まさか、あいつにやられたとでもいうのか?」


 少女の俺を見る視線に、一瞬、強い敵意が宿った。


「ギギッ!」


 それに対して、俺の眼前のリザードマンが、反射的に構えを向ける。


(今だっ!)


 俺から注意が外れた瞬間、後ろ走りで、自らの身体を、敵の間合いの外に逃がす。


「た、助けてください!」


 甲高い声で、俺は少女に叫んだ。


「……」


「お、俺は普通の高校生なんです。魔封士とか幻魔獣とは何の関係もありません」


 目はリザードマンから離さず、威嚇の役目を果たさせながら、少女に助けを乞う。


「普通の高校生は、魔封士や幻魔獣と言う単語を知らない」


 少女は、冷ややかに応えた。


「そ、それは教えてもらったんです。俺を助けてくれた魔封士に」

「別の魔封士? なぜそいつはお前と一緒にいない」

「そ、それは。遭難した暴走族の人を、手分けして探していて……」

「遭難者と手分けして別の遭難者を探す? ウソならもう少し考えてつけ。それじゃあ、こいつらと同じで受け子しかやれんぞ」

「魔法使いさん。そういう言い方はやめてください」

「お前らが自分で『かけ子は務まらない』と言ったんだろうが」

「自分で言う分にはいいんです。ただ、他人に言われると、ものすごく腹が立つんです」

「ええい、バカ共は黙っていろ。今、大事な話をしているんだ」


 少女は、野良犬を追っ払う手つきをした。


「ほ、本当に俺はただの人間なんです。どうか信じてください」


 乗せられるだけの感情を、載せて言う。


「ふん。口でだけなら何とでも言えるさ。信じてもらうためには、証拠が必要だ」

「し、証拠!?」

「なにも難しい話じゃない。お前の話が本当だと言うなら、お前が会ったという魔封士の名前を言ってみろ?」

「え?」

「それが私の知っている奴なら、少しはお前の話に耳を傾けてやってもいいぞ」

「そ、それは……」


 俺が躊躇したのは、おっかない人に友人の名前を教えたくないという、常識的な拒否反応である。ただし、迷夢宮の中で、常識に意味はない。


 俺は、背に腹を代えられずに、「九谷貴咲さん」という名前を、渋々口にする。


「何! 貴様、今、何と言った!」


 少女から返ってきたのは、俺の予測にない過剰反応であった。


 柱の上に立ち上がった彼女の顔には、鬼の形相が張り付く。


「へ? ええ?」

「九谷貴咲! あの白魔封士が、この迷夢宮に踏み入っているというのか!」

「は、はい。そ、そういうことになります……ね」

「く、くふふふ」


 少女の口元が、激しく歪んだ。


「あ、あなた、九谷さんを知っているんですか?」

「ああ、知っているさ。ようく、知っているとも」


 少女の凄絶な笑みに、暴走族が慌てふためく。


「や、やばいぞ!」

「退避、退避だ」


 奴らは全力疾走で少女から遠ざかっていった。


「はははは」


 笑う少女が、そのしなやかな人差し指に、まっすぐ天を突かせた。

 

 派手なデコレーションの施された爪の先に 小さな火が灯る。


 指先が、天使の輪のごとく、頭上に小さな円を描いた。


「【フレア・サークル】」


 爪の炎が消えると同時に、

「え?」

 同色同形状の炎が、俺のすぐ後に出現した。


「こ、これは?」


 炎が、自らの軌跡を燃やしながら、弧の軌道を描いていく。


「ギギ?」

「ギシャ?」


 弧月の内側には、リザードマン総勢14体も含まれている。


(こ、この炎のライン……)


 上空から巨大なコンパスを回すように、弧が、円に転じていく。


(絶対にマズイ!)


 始点と終端が重なり、炎の輪が完成する直前、俺は、その外側に飛び出た。


 同時に――


「うわああああ」


 とてつもない衝撃が俺の身体を、この隠し部屋を、いや、迷夢宮全体を揺らした。


 地面から吹き上がる業火。


「――――」

「――――」


 火山噴火を連想させるほどの超自然現象。


 炎に呑み込まれたリザードマンたちは、断末魔も上げられずに焼滅する。


 やがて、輪の内側の全てを焼き尽くした火炎が、細く収束して消える。


 石床が大きく円形に穿たれ、ふちが盛り上がった様子は、まさに火口そのものだった。


「ちっ! うまくよけたな。だが、次はそう上手くはいかんぞ」

「ち、ち、ち、ちょっと」


 少女が固く握り拳をつくってから、その手をほどく。


 開いた手の平には、案の定、炎が渦を描く。


「焼け死ね!」


 物騒な発言とともに、回転する炎が、俺めがけて襲い来る。


「は、話を。俺の話を聞いてください」


 懇願しながら、全力回避。


 炎は、石畳に触れるや否や、回りながら周囲を焼き尽くす。


 かろうじて効果範囲から逃れた俺だったが、すでに少女の手には、次の炎が準備されている。


「ご、誤解なんです。きっと話せば分かり合えます。一度魔法をおさめてください」

「やかましい! 九谷貴咲の仲間は全て焼き殺すと、私は決めているんだ。貴様の次は、あの愛らしいハリネズミを丸焼きにしてやるぞ」


 少女は、髪の先ほどのためらいも見せずに、その炎を俺めがけて放つのだった。

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