第18話「友恵、参戦!」

二人の剣道の試合があまりに見事すぎておれは、ついいうべきことを忘れてしまっていた。

「やあ、見事だった。友恵、あらためて友恵のことを尊敬するよ。これからもよろしくな」

「は、はい!こ、こちらこそ。私、伊佐さんのことが憧れるというより好きになりました。不思議ですね。わたし、伊佐さんを見て思いました。はじめは憧れていただけで伊佐さんのことどこか遠い国の英雄のように思ってました。それが初めてあいさつを交わしたあの時から、伊佐さんとの距離がどんどん縮まって。すごいです。今は私も伊佐さんと同じ豪傑のようになって伊佐さんと肩を並べて心を共有してる。本当に友達になれて光栄です」

「わたしも、友恵もみんなも友達になれて光栄だ。わたしは、少し世間を見くびっていたようだ。こんなにすばらしい人たちがわたしのすぐ隣にいたなんて、いや、そうじゃないな。友恵も友恵の剣道部の人たちも、この学校のクラスの人もこの学校の全ての人も、それからこの町の人もこの世界のどんな人も、みんな、すばらしいんだな。気づかなかったよ」

「伊佐さん、わたしは、剣道部の顧問の前島です。この学校の歴史に残る名勝負。とくと見せてもらいました。伊佐さん、あなたは、なるほどたしかにさっき友恵が言ったように神懸かったところがあります。そしてそのあなたの巨大なまでの底知れなさ。ですが覚えておいてください。人は、一人では、やはり弱いのです。自分の力を誇って他人を認めない人間は、武術の歴史でいつも悲惨な目に合ってきたのです。どのような武術の達人でも一番、恐ろしい敵は、自分の中にある鬼なのです。強さにおぼれず、人として本当の道をどうか進んでください」

「前島師範……。お言葉、肝に銘じておきます、剣道部のみなさん。どうもありがとう!」

 剣道部員みんなが自然とだれかからか拍手が上がって、すぐにこの道場いっぱいにみんなの拍手でいっぱいになった」

 賢治も静かに笑みがこぼれた。

「よかった」

「ん?なんや賢ちゃん、えらいほっとしたような顔してるで?」

「いや、そうだな、島。おまえにだけは言っておくよ。あの豊村はな、これからまるでそう決められてたようになにか危険なことに巻き込まれる。その時、俺は命を張ってあいつを守ろうと思った。だけどはたして俺だけでその役が務まるかと思ったが、よかったこれで少なくともあいつを大事におもってくれる奴が四人はいるんだ。だからそうだな、ほっとした」

「賢ちゃん、豊村はんだけやないで、一人じゃなくなったのは」

「うん?」

「わてもここにいるやないか、水臭いでー、賢ちゃん!」

 島は、自分に親指をたてて、豪快に笑った。

「高ちゃん、あんがとな」

「あー、泣くな泣くな、いい男が台無しや」

「先生―!前島先生!あの柔道部のものなんですけどー男子がランニングいったきり帰ってきません」

 それは突然、この場の空気を切り裂いた。

「何ー?そんなはずはない。もう柔道部の連中がランニングにいってずいぶん経つぞ?

というか、もうこんな時間だ。どの部活もそろそろ終わる頃じゃないか!」

 藤沢と豊村の顔がさーと青ざめる。

「おい、だれか外の様子を見に行ってくれないか」

「いっちゃダメです!!」

 藤沢と豊村がそろって大きな声を出した。

「うん?おまえは藤沢か、島もいっしょか、なんだ豊村の帰りでもまっていたのか?」

「いや、豊村、すまないすっかり忘れていた。豊村、なんか危険な匂いがするんだ。だからおまえのとこに来たんだ」

「ああ、わたしもうっかりしていた。今、外の方から尋常じゃない嫌な感じがする、賢治、おまえも感じるだろ?」

「うん、なんだろう、空気が固体化したような。それに凄く上手く隠してはいるがこの淀んだ気は?」

「これはな、わたしは知っている。魔術の気配だ。だれかが魔術でここを攻撃しようとしてる。賢治、私と来い、いますぐ動かないと大変なことになる」

「よ、豊村さんどうしたんですか?」

「友ちゃん、大変なことになった。私のことは前に話したな。どんな相手がなにを起こしたかは分からないが、友ちゃん、この状況は最悪の場合、死人が出る。友ちゃんはここにいてくれ。わたしは賢治と今からそこへ行く!」

「わたしも連れてってください!」

「友ちゃん!?」

「古来より、達人の剣には、魔を打ち払う力があるといいます。わたしの持っている日本刀が、今日、なぜか妙にざわつくので私、ここに持ってきているんです」

「と、友恵君!君が、その若さで刀剣免許を持っているのは知っているがそんなものをまさか学校にもってきたのかね?」

「あとで、問題になるようなことがあったら、私の剣道家としての誇りにかけて全責任を負います。その時は剣道連盟から追放でもなんでもしてください。でも友達の危機を黙って捨て置く事は私はできない!」

「ふう、彼女が、なにかとてつもないものに関わっているのは感づいてはいたよ。豊村伊佐といったら、この学校でも有名だ。私たち、教師は、豊村が入学してくる時、文部省から正式な伝令を受けたよ。豊村くんは、日本の軍事上、政治的な立場によって十分に彼女の意思を尊重しなくてはいけないとね。そしてローマカソリックの法王からも電話がホットラインで来た日には学校中大騒ぎになったものだ。だから豊村 伊佐くんが危険だというならそうなのだろう。なら、友恵君、行きなさい。私は教師として全責任を負うよ。君は、我が剣道部史上、もっとも優秀な剣士だ。君なら彼女の力になれる」

「ありがとう、先生!いえ、前島師範!!」

「しかたない、友は本当に困った奴だ。だがほんとのこというと凄く心強い」

 友恵は、そういうと自分のやけに大きい部活用のバックから、重そうなアルミ合金の縦長のアタッシュケースを出した。数字を合わせてロックを外すと、ケースは、勢いよくバネ仕掛けで開いた、そこには黒塗りの鞘に納まった、橙色と蒼色の染め絹の紐で結ってある柄に菊の御紋の鍔の上等な日本刀がおさまっていた。友恵は、姿勢をよくして、日本刀を取り出すと柄の刀の留め金を確認してから、すらりと一度、抜刀して、刀身を見て、そして静かに鞘におさめ、立ち上がって言った。

「おまたせしました。いつでもいけますよ。清秋晩年の入魂の一刀、波影の太刀。わたしと同様、もう心は決まったようでざわめきも治まっています」

「じゃあ、行こう!くれぐれも細心の注意を払って!」

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