第9話「豊村伊佐の過去」(前編)

「すこし・・・・・・長い話になる。信じられないことかもしれないか、おまえに受け入れる意思はあるんだな?」

「ああ」

 俺は少し伊佐のほうをみる。「伊佐よ、いいかの?」

「ええ」伊佐は、静かにうなずいた。

「あれは、伊佐が生まれる日のことじゃった。わしのうちは代々、武術家の血筋で、こいつの母は、現代医学にたよらず、うちに伝わる、産婆法によってお産をした。そのとき、一つの稲妻の元に恐ろしく巨大な化け物の姿が残像のように見えた。すると、お産で生まれてきたばかりのこの子の体にその化け物がすうっと入っていったのじゃ。

あとになって知ったのじゃが、そのとき各地のいろんな宗教の祭典の間におなじ巨大な化け物の姿が現れたという。その化け物は、空を覆いつくすほどの巨体、目も牙もものすごい威圧を放っていた。そして、その姿をみた、あらゆるものが気絶したのじゃ。

それからすぐに、この子が、普通ではないことに気づいた。この子は、見る見るうちにしっかりした体つきになっていき、日増しに目の力が意志の力とともに大きくなっていった。そして、しだいにどんなことがあっても泣き喚くことひとつもしなくなり。ものすごい精神力を持つようになった。そのころからだ。イルミナティとかいう組織がこの子を監視するようになったのは。

 いや、そのころには三大宗教をはじめ、いろんな宗教の組織がこの子を監視しているようになった。だがそんな状況でもこれの母も父も賢かった。どちらも優れた武術家であったため、並の軍隊など、この子に指一本触れさせなかった。それになにより、この子が恐ろしいのか連中の動きはひどく消極的だった。ここが、明確な信仰のある宗教をあまりもたない日本という国というのも大きかったが、彼らはこの子の内にある化け物を引きずりだしその存在と語りたがったが、かれらの用いる方法はあまりにもこの子をないがしろにするもののように感じた。手足を縛り付けてまだ幼い赤ん坊に交霊術を施そうなど、人のやることではない。だから、この子の母や父はいまだにその勢力と戦い続けている。

ときどき、この子に電話で様子を聞くことしかできない二人は、内心この子に申し訳ない気持ちでいるだろう。だがこの子は予想以上に心が強かった。生まれてまもなくこの子は自分の意識によって体を鍛え始めた。一歳にも満たない子供がだ。それもいやわたしたちにはそれが鍛錬に見えただけでこの子にとってはそれが日常だったのだろう。はいはいで、一日一キロは動いたし。あーあーというだけだったがその声は唄を歌うように抑揚があった。握力はその当時で、百八十キロあった。だから無闇にこの子にものを握らせられなかった。この子は、子供のベビーベッドに寝かせれば、足を無造作に押し出しただけで、木の柵は、簡単に折れてしまう。そして、一歳になるころには、そこらへんの野山の動物と遊んでいるようになった。中には蛇や、熊なんかもいたが、どうしてかこの子の前ではおとなしかった。ときどき、大量のカラスや、いろんな鳥類を従えて、思うままに操っているのを見てわしは正直末恐ろしかった」

「ちょっとまってくれ、じいさんあんまりすらすらいうもんだからもう頭がついていけん」

「ああ、すまんのう、わしも伊佐の事となると印象が強すぎて、口が多くなるのでな」

「じゃあ、その化け物が伊佐に取り付いたせいで伊佐はとんでもない力や心を持つようになったっていうのか?」

「そういうことじゃな」

「でも、おれと中学で一緒にいた、伊佐はまあ、すこし度が外れているが。そんなにいろんなとこで人の目にとまるようなことはしてないぞ」

「当たり前じゃ、中学になるころには伊佐は本当の自分を隠すようになったからな。じゃが剣持とかいう不良がこいつに目が合って逃げ出したというのはきいとるぞ」

「じゃ、そのものすごい幼児時代の伊佐が、どんどん強くなって、現在に至るということなのか?それからその化け物ってのは、それにイルミナティ?伊佐はそんな小さな時からそんな組織に狙われてたのか?」

「実際には狙われてたというより、危険視されていていたという方が適切じゃ、なんでもこの世界には、世界中で確認される特定の実体のない精神的存在、つまり教会側が「悪魔」とか「天使」とかいっておる、何千という存在がいるらしいのだ。そして明らかに伊佐にはその精神的存在の一つが宿っているとみられていたのだ。まあ、だがまああせらず聞け。おまえが伊佐と本当に一緒にいたいならまずこいつのことをもう少し知っていてほしいからな」

「よ、よしわかった」

見ると、伊佐もこくっとうなずく。

「そして伊佐も二歳になった。体の動きはとにかく力が強くてすばしこかった。飛び上がれば屋根にもあがれたし、拳を振るえば木が倒れた。この頃にはもう伊佐は美人の兆候を見せていた。髪は黒く長く流れるようで目はランと光を帯び、目鼻立ちはきれいに整っていた。そのころすこし反抗期のようなところを見せていたので、わしは伊佐に武術を教えた。するとこの子ははじめこそおぼつかなかったが見る見るうちに上達した。周りの子供は、伊佐が次々と面白い遊びを考えるので、みんな伊佐のあとをくっついてあそんでいたさ。さて、三歳からの伊佐の成長は目覚しかった。言葉はほとんどしゃべることも読むことも書くこともできるようになり、その頃の伊佐は哲学や思想や宗教にとても興味を持ち、いろんな本を読んだ。物語も子供向けなものではなくかなり難解なものを読むようになった。

だが伊佐の心は相変わらずの天衣無縫で、底抜けに明るかった。そんでもって執着心というものがかけらもない。おなじ組の男の子でさえ、伊佐の堂々とした振る舞いは、すこしたじろぐぐらいだ。伊佐は、およそ、自分のために怒ったり、嫉妬を起こしたり、ヒステリーになったりといったことは皆無だった。どんなにからかわれてもからかっている本人がやはりたじろぐほどさわやかだった。そのころから、伊佐は、自分が面白いと思う奴としかあまり話さなくなった。何故か、半端な心根の子供がいかにもつまらなく見えたのだ。もはやそういう相手を遊び仲間として接することがもう子供心でつまらないと感じたのだ。

そうして小学生になるころには、小学校で学ぶことはもはや退屈でしかなかった。子供心に本を読み漁っていた、伊佐はもはや大学教授レベルの知識と知恵があった」

 俺は、信じられないことを聞いてる。それがほんとならこいつは伊佐はいったい。

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