第2話「校舎裏の死闘」

 それからしばらく経っている。だが俺とあいつは廊下ですれ違ったり、朝、目が偶然あったときなどにときどき、挨拶をするくらいだった。

 あの事件は、おれがそのあともにらみを聞かせていたので誰も口にすることがなかった。

豊村伊佐はやはりいつものあのまったく周囲に関心のない態度でいた。だが注意深く見ていると奴は時折、ほかのクラスメイトをみている。自分に友達らしき人間がいないから羨ましがってるとか本当は寂しいとかではない。あいつはなんというか人間そのものを見ているのだ。女子どもの戯れや男子の馬鹿騒ぎをまるで人間のやることは面白いというふうにどこか自分が人間ではなくてそうだな、前に映画でやってた物語に出てくる長いときを生きたドラゴンのような目で人間たちの生活を面白がっているような感じだ。

 そう、ときどき女子で勘のいい者や男子でも特別、よしむらにこれはこの学校の男子のなかに結構いるのだがイサのファンのような男子たちが自分たちが見られていることに気づく。だけど決まって恥ずかしがるのはその見られていた女子や男子たちでだれもよしむらがどうして私たちを見ていてなにを考えているのか聞こうとはしない。もっとも好奇心の強い男子が少し聞いてみようとするのだが、よしむらがもっと目を輝かせそれすらも面白がっているようなので、やはり言葉にならなくなる。そうなるとよしむらはなおさら、面白そうにみる。結果、この学校のどんな男子も彼女に話しかけることさえできなかった。

 そうして時がたって、俺の身に人生最大の困難が降りかかってきた。ついに俺の金髪が上級生の悪い人に目をつけられたのだ。理由としてはあの豊村伊佐とわずかだが挨拶を交わしてるということだった。俺は校舎裏に呼び出された。こんどの呼び出しの主犯格はあの剣持先輩だった。先輩は自分が下級生のくせに調子づいてると、まあ、お決まりの因縁をつけてきたのだ。だがおれは剣持先輩と数人の取り巻きを見て少しほっとしていた。学校一の不良たって、ただの高校三年生。プロボクサーが出てでもこないかぎり負ける気はしなかった。まあ、はじめに得意のガンつけしてみたところ四、五人はビビリが入ったようだ。この程度のにらみ合いで心が折れちまうやつは喧嘩が弱いからしたがっているにすぎない。

「やあ、金髪くーん、こうやって会うのは初めてだねえ。けっこうな眼力じゃないか、気に入ったぜ、今日は公開処刑パーティーだ。楽しんでくれ」

 おれは、もうこいつらの話など聞いてなかった。何故って奴らのやろうとしていることは明確だったし、正直そのノリにつきあって変にこっちの調子をくずすのも癪だ。そっちも分かっているのか下っ端はおれを囲もうとする。

んで、まずはそいつを左のジャブでそれぞれの顎、心臓、肝臓を打ち抜いて無様に地面に転がした。っていっても俺だって高校生だ、体はまだ、大人に比べれば弱い。

おれのジャブも大人がガキん時からやってる奴じゃ天と地ほどの差がある。なぜなら、おれは小学生までしかボクシングを出来なかったからだ。だがこいつらくらいならたぶんいける!

俺はこの群れの一番の頭だろうあの剣持先輩にしかけていく、まず強烈に側面にステップインして後頭部に、右のフックを叩きつける。そのまま、足腰が立たなくなってその場にそいつが倒れこむ。

「ぐっがってめ!」

 相手はまだ、五人、一度にかかってこられたら正直きつい。

 しかしこの剣持という男、この学校のトップのくせにずいぶんと情けねえ、と油断したそのときだ。

 左の足にものすごい激痛が走る。剣持は、パンチが本当に効いていたわけではなかった体制を低くして、おれの脚を隠し持っていた砂鉄の入った袋でグンと遠心力をつけてたたきつけた。

俺はあまりの激痛にひざをつく。

「けけけ、おいおいおれがそんな正攻法なやり方すっと思うか。おまえのことはけっこう調べさせてもらった。小学生でボクシング町内大会優勝だったっけ?そんなやつがなんで不良なんかやってんのかしらねえけどむかつくんだよ!なんだ?その調子にのった金髪は?ああ!おまえのなにもかもにいらつくんだよ。下級生は下級生らしくしおれてろよ。今日はてめえ生きて戻れると思うな?ぼっこぼこにして絶対にこの学校に来れなくしてやるよ」

 間髪いれず砂鉄の入った袋を頭に直撃させてきやがる。それだけで意識を半分もってかれる。だがこんなのは慣れっこなんだよな。金髪のこの頭はどこでも反感を買った。

 思えばボクシングのジムの師匠だけはこれをかっこいいじゃねえかといってくれて、おれがこの先いろんなところでだれかの反感を買うだろうと人の殴り方を教えてくれた。

 まあ、いってしまえばおれの父が外国人だというだけなのだが。

 母は日本の男に幻滅してばかりで留学したアメリカで今の父と知り合った。父はとても気さくで母のことをあなたはとても美人だ、とか、こんなすばらしい女性ははじめてです、とかカタコトの日本語でこっちが恥ずかしくなるくらいのアプローチをしまくったらしい。んであとになってそれが全部父のプロポーズだったらしくそれが分かった瞬間母はOKしららしい。そしたらあきれるくらい舞い上がったという。

 いまだに父と母はそんな感じで仲のよい夫婦だ。しかし俺が幼稚園でたびたびいじめられたり、金髪の俺はどこでもそんなふうに恐れられたりいじめられたりした。おかげで顔に青たん作って帰ってくることがしょっちゅうだった。

 そしたら父がいった。「ケンジ、男は強いのがいいね。ケンジも母さんくらいのいい女に出会ったら守ってあげられるくらいじゃないとダメだよ」んで、そのボクシングのジムに入った。

って、なんだよ、いまの一撃で過去のいろんなことがフラッシュバックしたじゃねえか、こっちはもうボクシングなんてできねえのに!

 俺はやられながらも一撃一撃を少しづつ攻撃をずらして体力を回復させていった。そして足のバネでいっきに立ち上がって相手のアゴをきれいにスマッシュで打ち抜いた。

まわりの奴らは、立ち上がったおれを見て、少しだが後ずさりする。そう色素の薄い俺の眼は怒りで感情が燃え上がってかーっと白く輝きだす。そういうときは必ず眼が自然とすわっているので結構恐ろしい形相になる。たまにボクシングの熟練者とかの人が本当に怒るとそうなるらしい。まあおれのは遺伝だが。

「どうする?おまえら、今おれの足元で這いつくばってんのがこんなかで一番強いやつだろう?いっとくが数で押さえ込もうなんて考えんなよ、こちとら少々のダメージなんかもう覚悟決めてんだ。そっちがその気なら一人づつ確実にのしてやる。どうなんだ!?やんのか!やらねえのか!」

「お、おい」

「や、やべーよ、こいつ、に、逃げるぞ」

 群れをなして逃げていく、さてどうするか。

「なあ、剣持先輩よお。ほんとはもうとっくに意識もどってますよね。あれ、怖くてうごけないんすか?ははっ下級生にビビッてんすか?いいですよ。おれもそのまま寝ててくれたほうが楽なんで、けど今度こんなことやらかそうとしたら確実につぶしますんで。それと豊村伊佐の名前使って脅迫の手紙とか意味ないんでやめてもらえますか?彼女に目が合って逃げたって話みんな知ってますから。いいか?次はねえぞ、このクズ!」

 おれの読みどおり剣持は起きていた。だがこういうタイプは一度実力で負けると心の方が折れるのをおれは良く知っている。案の定、剣持は、寝ているふりをつづけ内心びくびくしていた。校舎裏から表へ出てみるとそこには豊村伊佐がいた。顔は真剣だが、やはり余裕のある笑みでおれのことを見ていた。

「おまえ、そんなに強いのになんでボクシングやらないんだ?」

そんなことを顔中ぼこぼこの俺にまじめに聞くんで少し笑ってしまった。ってかその話し振りだと最初っから見ていたな、このやろう。

「子供のころな右目を強く殴られてな、右目のある一点だけが見えなくなってるんだ。ボクサーなら致命的なんだ。けっこうがんばってみたんだがみんな、俺の攻略法としてその一点を狙ってくるんで負け続けで、ジムのおやっさんが身を切るような思いでボクシングやめろって言われてな、あの人にいわれちゃ、どうしようもなかった」

「そうか、それで、なのに私の名前を使った脅迫の呼び出しに答えたのか?」

「ああ、まあな」

「なんでだ?私はあんな奴ら全然平気だぞ?おまえがぼこぼこになる必要はないんだぞ?」

「バーカっ!俺が許せなかっただけだよ。女の名前使って男じゃねーんだよあいつら」

「やっぱり面白い」

「おまえなあ、この顔を見ながらそれはひでーよ」

「ん、そうだな、ならなにか一つおまえのいうことを聞いてやるよ。まあ、結果的に私のためにそんな面になったわけだからな」

「じゃあ、おめえキスでもしてくれるか。おまえみたいな女からされたらきっとすげーんだろーと……」

そのとき、あいつの唇がおれの唇と合わさってあいつのやわらかい感触が体中に駆け巡った。おれはそのまま動けなくなってあいつに唇をまかせたままになった。あいつはぜんぜん恥ずかしがるようすもなくその感触を楽しんでるようだった。そのうち、あたまのヒューズがとんでくらくらしてきて、体の力が抜けた。足ががくっと落ちてそのままあいつにかぶさるように膝が折れた。しっかり受け止められてイサの体のやわらかさを感じる。

「貸しはこれでちゃらだな。うん、けっこういいもんだな、キスってはじめてしたがあの砂袋でぼこぼこにされても落ちなかった男の膝を折るとは、私もなかなかだろう?」

「ばかやろう。そういう大事なことのあとにそんなふうにふざけるな。まったくいい女だぜ、おまえ」

それから、疲れがきて意識が遠くなった。意識が戻っておきると保健室で寝ていた。体を起こしてみる。ぐう、まだくらくらする。これはどっちかっていうとあいつのせいか。あいつってのは、まああいつだ。

って、ちょっとまてよ、あいつほんとにキスしたのか?それもはじめてしただと?その時の光景が頭にまだ鮮明に残っている。あの綺麗な顔が触れるくらいに迫ってきて、唇に心地よい感触がきて。

ボッと赤くなった俺は、もだえるように毛布にくるまった。

「ん?あれ、藤沢くん?起きたと思ったら、また寝ちゃった?もう、最近の不良は、ほんと過激よね。あんな綺麗な彼女に保健室まで送ってもらっちゃって。あんたもいい男前なんだからそんなにあざばっかり作ると顔の形変わってモテなくなるわよ。まったくあんたのファンってけっこう多いのに明日から登校どうする気よ」

俺が、やっと起き上がれるようになったのはそれから三時間もたったあとだった。帰り道、俺は思った。豊村伊佐、あいつっていったい何者なんだろう。どうしたらあんなふうに育つのか。母が話してくれるアメリカの生活でも伊佐のような女性は記憶にない。ただ、アメリカの方が少しだが彼女のようにオープンな性格の女性は多いようだ。

 もしかして帰国子女とかでものすごいポジティブな国で育ったとか?

 まあ、何にしても俺にとって彼女の存在は、なんだか俺が知ってる世界とはまったく違う世界があるということを教えてくれるようだ。

 俺は心の隅っこのほうで密かにできるならあいつのことをもっと知りたくなっていた。

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