小さな箱庭の壊れた世界

Ratte

Before days

#1

“Playing Now”






 ――――この世界は地獄だ、と誰かが言った。




 *




 薄暗い部屋の中、少女がただ一人だけ残ったのだった。



 ビルのような、荒廃した場所。

 ……ような、ではなくそこは確かにビルだった場所なのだろう。が、今はかつての風貌も見る影がない。溶けたようにただれ、剥がれ落ちた外装、コンクリートと鉄骨で作られた洞窟、歩く者を阻む瓦礫がれき 。全てがその様相をていしていた。


 洞穴にも思えるそのビルの入り口から、複数の影が覗き見える。それは、子供たちであった。数は五人。一人は少女。年齢はまばらだ。その皆が緊張の顔持ちで佇み、額には汗がにじんでいる。

 ゴクリ、とその中の一人が喉を鳴らし、自らの手に持ったものに視線を落とす。……彼だけではない。その場にいた全員に、子供の手には似つかわしくないものが握られていた。


 それは武器だ。

 あるものは拳銃ハンドガン。あるものは突撃小銃アサルトライフル。また、あるものは抜き身の剣を携えている。

 見る者によっては映画の撮影か何かだと思うような、そんな非現実的な光景だ。その為の小道具なのだと。模造品か、玩具なのだと。


 しかし、それは玩具などではなかった。偽物では表現出来ようもない……重み、刃の鋭さ、鉄の臭い。

 ……そして殺意。

 それは確かな暴力を体現した存在であった。


 年長者であろう、おそらくは十八、九の歳の頃の青年が一歩を踏み出す。そして他の子供たちと顔を見合わせてから、瞳を閉じ、覚悟を決めたように目を開けた。


 それは決意だ。

 これから起こるであろうことへの。これから起こすであろうことへの、確かな意思。自分たちのリーダーであるその青年の目を見て、緊張の面持ちながらも他の子供たちにも瞳に力が宿る。


 いくぞ、と他の皆に言い、彼らを導くように洞窟の入り口からその身を出した。




 *




 廃墟の中をくだんの青年が先頭となり、周囲を警戒、見回しながら移動をする。建物の陰から陰へ。息を潜め、足音を消す。そうして子供たちは廃墟の中を進み続けた。


 ……どのくらい時間が経っただろうか。

 青年が次の陰に移り、振り向き、後ろの仲間たちに合図を送ろうとして――――


 ――――刹那、何かに気付いた彼がその身をひるがえした。


 同時に、世界に破音が響き渡る。


 青年の身に衝撃が走った。見ると彼の右腕から血が流れ出ている。銃弾が、彼を撃ち貫いたのだ。


 青年の真横に、硝煙がまだ立ち上る拳銃を持った人影が忽然と現れていた。突然としか言い様がない。青年は確かに警戒をしていた。驚愕は一瞬、青年は直ぐさまに我に返った。彼は仲間たちに向かって叫び、走る。同時に手に持つ突撃小銃アサルトライフル安全装置セレクター安全セーフティから連射フルオートへ。


 彼に迷いはない。振り向きざまに片手で銃口を影に向け、引き金トリガーを引く。片手ではその銃身は安定せず、弾はあらぬ方向にただばら撒かれただけだった。しかし、襲撃者は身を伏せる。牽制の効果はあったようだ。

 僅かな隙を付いてそのまま滑るように彼と、彼の仲間たちは身近のビルの中に侵入する。息をつく間もなく、彼らはビルの中を走り続け、一番奥の部屋に入り、身を潜めた。




 崩れかけた壁から僅かな光が差し込む薄暗い部屋の中。仲間たちはリーダーの青年を見る。青年の右腕は力なく、おびただしい量の血が流れ続けていた。息は荒くなり、体の震えは止まらない。

 傍らに少女が駆け寄り、青年に何かを言った。青年は首を横に振る。


 少女の頬に涙が伝う。


 ……いくつもの足音がビルの中を駆け回るのが聞こえる。足音の中に、時折響く発砲音。その音は段々と青年たちのいる部屋に近づいて来ているようだ。

 何度も響き続ける死神たちの声。

 リーダーの青年は痛みに震えながらも、目に力を取り戻し、他の少年たちに指示を出す。その言葉に、彼らの怯えがわずかばかり薄まった。


 各々の手に持つ武器を確認して、青年に指示された通りに部屋の入り口に向かって構える。複数の足音が隣の部屋まで近付いてきた。次は自分たちの居るこの部屋だ。


 ……長い、永劫とも思えるような時間が流れる。このまま何も起こらなければいいと少年たちは思った。


 ……しかし、その時は必ず訪れるのだ。


 突如、リーダーの青年が叫びを上げた。

 同時に、まるでタイミングを合わせたかのように、部屋の入り口に人影が現れた。影が避ける間もなく、発砲音が部屋の中に響き渡る。


 発砲音が途切れると同時に、影は呆気なく……本当に呆気なく、力を失い倒れた。ひび割れた壁から差し込む僅かな光が影の正体をあばく。

 その人影の正体は……部屋にいる青年たちとさほど変わらない、少年だった。突撃小銃アサルトライフルを携えたまま、体の所々に穴が開き、血がとめどなく流れ、朽ちた床を潤していく。


 目からは既に光が失われていた。その存在が死の臭いを振りまき、部屋を満たす。命を奪った青年たちに、それが自身らの未来の姿である、と語りかけているような気がして……


 それを意識から振り払うように、彼らは叫び、引き金を引き続けた。怒号が部屋のすぐ外で飛び交う。手を震わせながらも、一心不乱に弾倉交換マガジンチェンジ。再び発砲を繰り返す。

 銃声の合間に響く怒号が徐々に遠ざかっていく。そして、いつしかその声が完全に聞こえなくなった。


 わずかな安堵が、硝煙漂う部屋を包む。

 少女がリーダーの青年に向かって何かを言う。青年も応えるように微笑み、少女に目を向ける……




 ……その時、異変が起こった。

 青年の口から苦悶の叫びが漏れる。彼の撃たれた腕から流れ続けていた血がまるで霧のように消失していったのだ。青年の瞳孔は大きく見開かれ、顔色が段々と青くなっていく。足掻くように言葉を紡ごうと口を開こうとするが、叶わない。

 目を見開いたまま、彼が動くことはなくなった。


 その一部始終を見た少女は悲鳴を上げる。仲間たちは何事かと彼らに目を向けた。仲間たちは驚愕する。少女の傍らにいる青年がまるでミイラのような姿になっていたのだ。少し前までの生き生きとした姿の見る影も無い。

 少女の頬から落ちた雫が、青年の頬に触れると同時に蒸発していく。仲間たちはただ、その不可思議な光景を呆然と見るしかなかった。


 異変はそれだけでは収まらない。続けて一人、また一人と、訳も分からぬまま少年たちは倒れていく。その全員が彼らのリーダーのように変わり果てた姿となっていった。最中、彼らが助けを求めるようにもがくも、それは叶うことはなかった。




 そうして薄暗い部屋の中、少女がただ一人だけ残ったのだった。

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