サキュバス・ザ・ラッパー ~フリースタイル下克上~

斧寺鮮魚

Lyric1:まずはワンバース 世間様に反発


 ――――――――どうして、こんなことになったのだったか。


 皮張りの耳当てを着けた長身の美女モルフェは、美しい金の長髪を手できながら、ため息交じりにかぶりを振った。

 そう――――そう。始まりは些細なことだったのだ。

 旅の途中である村に立ち寄って、そこで少し騒ぎがあって。

 なにかと思って見に行ってみれば、下卑た笑みを浮かべながら少女を恫喝する身なりのいい男の姿が見えて。

 義憤に駆られて少女を助けに入って――――それで、男の方が役人であることがわかって。

 役人、つまりは貴族の端くれ。

 ああだこうだと口論になり、もはや剣を抜くしか……という段になってさらに割って入るものがいて。

 それで、それで――――――――


「――――泣いて謝るなら今の内だぜ、坊ちゃん?」

「おおこわ。ありがたい申し出だが……遠慮しときますよ、旦那」


 ……割って入った青年が、役人と決闘をすることになった。

 どこぞの貴族であると名乗った彼は、しかし貴族らしさがまるで感じられない青年であった。

 影のように黒い髪、白縁の眼鏡、中肉中背の体格。くたびれたジャケットを羽織り、背には長方形の大盾を背負っている。

 貴族らしさを見出せるとすれば、その大盾だろうか。

 確かに盾の表面には彼の家紋らしき紋章が描かれている――――が、貴族であれば己で背負うはずはあるまい。

 普通、そういった重い装備は従者に持たせるものだ。

 彼の隣には、もう一人……外套に身を包んだ小柄な人物が立っているが、さてこれも従者なのかどうか。

 従者であれば青年が背負う盾を持ってしかるべきであろうし、逆に主であるならば決闘の申し出はこちらがするべきだ。

 フードに顔が隠され、男なのか女なのかもわからない。

 そもそも、どうして青年の隣に立っているのだろうか?


 彼らは――――青年、外套の人物、役人、そしてその取り巻き――――村の中央広場で向かい合っていた。

 これから決闘が始まるのだという。

 取り巻きの方も、大盾を背負う者が一人いた。


「よぉ、大変だったな姉ちゃんがた」


 と、いつの間にかモルフェの隣に立つ者がいる。

 隣を見て、人の姿が無く……視線を下に移せばそこにいた。

 赤毛をドレッドに編み込み、豊かな赤髭を蓄えた小柄な男。

 ――――ドワーフ。

 彼らの年齢は判別しづらいが、顔つきからするに恐らくは若者の範疇だろう。


「ん、ああ……お前は……?」

「俺っちはまぁ、あいつらのツレよ。言い出したら聞かない連中でなぁ」


 ドワーフの視線の先には、決闘を申し出た青年。


「あの……あの方たちは、平気なの?」


 恐る恐るといった風にドワーフに問うたのは、最初に役人に絡まれていた件の少女だった。

 モルフェと少女は騒動の中心人物として、最前の特等席に立たされているのだ。

 気付けば、いつの間にやら広場は村人や通りがかりの旅人でごった返している。

 問われたドワーフはガラガラと大笑いし、少女の背を軽く叩いた。


「ガッハッハ! 心配いらねぇよ! あいつらァつええからな!」

「けど……」

「なぁに、嬢ちゃんはドーンと構えて見ときゃいいのさ。ほら――――」


 ドワーフが節くれだった太い指で広場中央を示す。

 それと同時、青年と役人が一歩前へと踏み出していた。


「――――そろそろ、始めるか。いい具合に観衆も集まってきた」

「そうしよう。8小節3ターン、1本勝負でいいよな?」

「いいとも。3ターンもいらないだろうけどな」

「ああ、俺もそう思うよ」


 青年の手にはコイン。

 表裏を確認するように相手に見せてから、指で弾き――――手の甲でキャッチ。

 視線で役人に宣言を促す。


「裏」

「ならこっちは表――――OK、裏だな。どっちだ?」

「先行で行こうか」

「強気だねェ」


 役人が首を鳴らし――――――――手に握るは、一本のマイク。

 拡声石を加工して作られた魔道具。担い手の声を大きくするもの。ただそれだけのもの。

 即ち騎士の剣。戦士の得物。敵と交わす刃。

 取り巻きが盾を下ろした。

 表面をなぞれば――――浮かび上がる。

 魔力によって、担い手の腹の高さまで浮き上がる。

 担い手の手は、かざすように右と左へ。表面に刻まれる二つの円形魔法陣。

 盾の名を、ターンテーブルシールド。決闘を成立させるもの。

 役人がマイクに向け、高らかに叫んだ。



「――――――――モンタルグ家次男、ライミオ・モンタルグ!」



 呼応するように、青年もマイクを握る。



「――――――――ベドリバント家三男、ルシオ・ベドリバントッ! 並びにFeaturing――――」



 そしてそのマイクが、

 外套の下から手が伸びる。

 マイクを掴む。

 外套が、脱ぎ捨てられる。

 下から現れたのは、小さな少女。

 起伏の少ない体つき。幼く見えるが、年の頃は十代半ばか、その前後か。

 ショッキングピンクの短髪に――――その左右から伸びる、

 背には蝙蝠を思わせる小ぶりな

 ハーフパンツから伸びる、矢じりにも似た

 丈の短いブラウスが露わにしているのは、へその下に刻まれた


「サキュバス……!?」


 観衆から、怯えるような声が聞こえた。

 サキュバス。忌まわしき毒婦。呪われた種族。

 けれど彼女は堂々と無い胸を張り、不敵に笑い、マイクを手に高らかに叫ぶ。




「――――――――――――決闘代理人、アイラ・ザ・チャーム!」




 観衆に走る動揺。

 それを無視するかのように、青年……ルシオは己のターンテーブルシールドを起動した。

 魔法陣を二度、三度と擦る。

 独特のスクラッチ音が響き、魔力の波動が波打つように拡散した。


 それと同時に現れるは、無数の光球。

 光球? 否、歓声と共に現れたそれは、音楽を愛する妖精たち。


「な、なんだ? 何が始まるんだ?」


 何も知らないモルフェが、狼狽して周囲を見やる。


「おいおい、何って……決まってんだろ!」


 ドワーフはいつの間にか酒瓶を片手に、ぐいとあおってまた笑った。


「お貴族様の神聖なる決闘――――――――フリースタイルラップバトルだよ!」


 見届け人たる妖精たちが、決闘者の周囲で踊り出す。

 ライミオ側の“タンテ使い D J ”が魔法陣を回し、戦闘曲ビートを流す。

 ご存知、盾上で回転する円形魔法陣ディスクに刻まれた意味を読み取り、音楽として奏でるターンテーブルシールドの基本機能だ。


「ハッ、まさか頼みの綱が汚らわしいサキュバスとはな……」

「あら、アタシに骨抜きにされるのが怖い?」

「笑わせるなよ、チンチクリン」

「おいおい、言いたいことはビートの上で言えよ。ラッパーだろ?」

「OK――――――――行くぜェッ!!!」


 四度のスクラッチ。

 それを合図に――――戦いが、始まるッ!


『エイヨー ノコノコ出てきたなサキュバス

 これからカスなお前を ぶっ飛ばす

 ために繰り出す俺の技の数々

 を前にお前のキャパは カツカツ アーイ?』


 軽快に韻を踏みながら、ライミオはラップを口ずさむ。

 酷薄な笑みと共にアイラと名乗るサキュバスにすごみ、観衆たる妖精たちは歓声をあげた。

 ……完全に置いて行かれているのはモルフェである。


「こ、これは……」

「あ? だからフリースタイルラップバトルだよ。知らねぇの?」

「し、知らない。辺境から出てきたばかりで……」

「マジか……まぁいいや。なら見てなって!」


 困惑するモルフェを他所に、ライミオはまだまだラップを続ける。

 勝負は8小節。まだ4小節はライミオのターンだ!


『俺様に勝とうなんて早えよ百年

 っていうかそのナリでサキュバスはヤバくね?

 まるでそこらのガキか でなけりゃバブちゃん

 チンチクリンのラップはまるで 能書きだ』


 これで8小節。

 ターンが変わる。


「要はああやって韻を踏みながら交代にラップして、いいラップをした方が勝つんだよ」

「そ、それは……決闘なのか……?」

「昔からの伝統らしいぜ? つーか常識だろ?」


 ドワーフからの解説を受けながら、モルフェは改めて中央の二人を見た。

 ライミオの攻撃的なラップは堂に入ったもので、曲がりなりにも彼が貴族として高い教養を持つことが伺えた。

 対するアイラは、サキュバス――――どう考えても貴族ではなく、むしろ社会から迫害されている種族。

 一体どんなラップを繰り出すのか。そもそもラップができるのか。

 観衆が固唾を飲んで見守り、アイラは不敵な笑みを浮かべたまま。

 役人側のDJが魔法陣の回転を止め、同時にルシオが魔法陣を回し始める。

 ラップと同じように、DJも交代のターン制。

 無論使う曲は同一。不正を防ぐための制度。

 ――――四度のスクラッチ。いざ。


『能書き? 自分が見えてないらしい

 まだアタシのラップ一言も聞いてないし!

 能書きは自分だって気付いた方がいい

 まぁ今更したって遅いね後悔』


 一歩も退くことのない押韻ライミング。沸く妖精。

 ライミオを見上げて威嚇的に吠え、かと思えば冷たくせせら笑う。

 自ら先手と取っておきながら、一言も聞いていない相手のラップをディスる――――ライミオの失策。

 痛いところを突かれた彼は、思わず顔を不機嫌に歪めて一歩下がる。

 そして気付く――――彼女のディスは、妙に胸に重くのしかかる。

 それほど的確なディスだったということか。

 それとも、何か手品があるか。


『MCアイラは無敵のファイター!

 わかるか スキルはアンタの倍だ!

 ノコノコ出てきてアンタをボコボコに

 無駄な抵抗は ほどほどに』


 相手のディスを踏まえた回答アンサー

 アイラにはライミオを打倒する確かな実力があるのだと、言葉でもスキルでも示す。

 四度のスクラッチ。魔法陣とターンが回る。


『MCアイラ? 聞いたことないなぁ』


 立ち直りが早い。

 彼もまたラッパー。

 マイクを手にしている限りは一歩も退かない構え。


『お前みたいな売女ばいたは見飽きた

 望めば何人だってこの手に抱いた

 それがこのライミオ様の世界だ!』


 傲岸不遜!

 大きく腕を広げ、その後に自らの胸を親指で突く。

 貴族の一員であることを、特権階級であることを誇る自己中心的な歌詞リリック

 しかし観客妖精たちは明滅と共に彼のラップを称賛する。

 妖精に善悪の概念は無い。

 よりサマになっているイルでドープなこと――――それが彼らの絶対評価条件。

 同時にこれはアイラが毒婦サキュバスであること、無名の通りすがりであることを的確に示した効果的な攻撃でもある。


『でも別にお前は抱かないわ

 なんならお前は行けよ地獄に

 俺は ラップでお見送り

 来世でなっとけとび職人!』


 四度スクラッチ。アイラのターン!


『アンタが抱きたいのはあの子だっけ? Fuck MC』


 負けじとアイラがまくし立て、ライミオに絡まれていた少女を示す!

 熱狂する観客妖精!

 そもそもなぜ決闘をすることになったのか、その原因であるライミオの横暴を皮肉る格好だ。


『アタシだってアンタに抱かれたくは無いな

 握るチンコはこいつだけって決めてるからさァ!

 わかったらさっさと帰んなボンクラ!』


 アイラはあえて韻を踏まず、自らのマイクを指さして吼えた。

 サキュバスだが、情婦などではないのだと。

 今ここにいるのはマイク一本で言葉の刃を交わし合う戦士なのだと、そう吼えた。

 決闘者としての覚悟に、またしても観客妖精が歓喜を叫ぶ。


『おっとどうした? 泣くなよDon't cry!

 仕方ない アタシのライムはドープだ

 アンタにとっちゃこのぉ村は娼婦館しょうふかん

 このぉ村にとっちゃアンタはボウフラ』


 逆に後半部分ではしっかりと韻を踏んでいく。

 ライミオの身勝手と、村にとってライミオが厄介者であることを端的に。

 ギリ、とライミオが奥歯を噛みしめた。

 アイラは澄ました顔。

 反論はマイクに乗せるしかない。それがラップバトルだ。

 ターンが回る。最終ターン。最後の手番。


『ボウフラ だったらお前はオウムか?

 ぴーちくぱーちく吹き飛ばす ストームだ!

 それが俺のトークだ わかってんのかそのぉツラ

 俺のライムは無敵艦隊そうアルゴノーツだ!』


 細かく刻むリリック。

 早口で音を詰め込む歌唱フロウはラップの持ち味のひとつ。

 汗が滴る。

 もはやライミオに余裕は無い。

 ディスに追い詰められている。ダメージを負っている。だからこそ白熱している。

 勝ちたい。負けたくない。こいつを打ち負かしたい。

 その熱量が彼にリリックを吐き出させる。

 ラストスパート。


『代理じゃ俺の相手は役者不足

 底が見え見えの カスだクソ素人ヌーブ

 盾持ちも雇えない嘘貴族

 ブチ込むぜテメェらの心臓に毒ゥ!』


 がなり立てる。

 唾を飛ばす。汗を散らす。攻撃的に。最後まで。

 アルゴノーツ――――古の勇者マサユキ・イトーが持ち込んだ異界神話の名詞を用い、教養の高さも抜け目なく示している。

 そしてアイラが代理人であること、主たるルシオが貴族でありながら盾持ちを連れ立っていないこと……最初から指摘できたことを、あえて最後に持ってきたか。

 ライミオにはやりきった手応えがあった。

 そしてその手応えを掻き消すように、アイラはニィと笑った。




『――――――――今アンタの前に立ってるのアタシなんですけどォ!?』




 代理でも、目の前にいるのは自分だ。

 ルシオに水を向けるのは筋違い――――そう威圧的にすごめば、観客妖精が激しく踊る。

 歓声。喚声。喊声。

 ライミオは己の失着を悟る。

 だが、遅い。

 もうアイラのターンだ。

 そしてライミオにターンが回ってくることは、無い。

 たっぷり4拍1小節。

 間を開けて観客の熱狂を一身に受けてから、アイラはショッキングピンクの瞳でライミオを情熱的に睨んだ。


『代理がどうとか主がどうとか

 握るマイクとラップが一番の証明書!

 それが代理人と主の同盟っしょ!?

 言うまでもないこと どうしたそのツラ?

 無敵気取っといて まさかのとんずら?

 それも仕方ないか! アタシの勝利だァッ!!!』


 最後は指を突き上げ、くるりとライミオに背を向けての高らかなる勝利宣言。

 歓声。

 同時に、ライミオが膝から崩れ落ちた。

 ――――敗北の実感が、彼の肉体から力を奪った。

 マイクを取り落とす。

 戦士が握るべき刃を。



 ――――――――勝敗は決した。



 それでも、形式上の審判は観客妖精たちに委ねられる。


「ら、ライミオ・モンタルグ様が勝ったと思う奴は声上げろォーッ!」


 ライミオの従者が妖精に問うた。

 ……小さな歓声。精々、数人か。

 決まりきった勝敗。

 自信たっぷりに、ルシオは叫んだ。


「アイラ・ザ・チャームの勝利だと思う奴は声上げろォーーーーッ!!!」


 ――――――――爆発かと思うほどの、大歓声。

 これが何よりの証明。

 より多くの支持を妖精たちから受けた者が、決闘の勝者となるルール。

 最後に観客妖精を代表し、彼らの中で最も力を持つ者が進み出る。


『んー、ライミオのラップもすごく良くて、いい感じにエゴとか出てたし韻もうまく踏めてたしスキルも悪くなかったんだけど、アイラの方が綺麗にアンサーするし、バチバチにバトルを仕掛けてます! って感じでカッコ良さが上回った感じですかね。ライミオはちょっとディスに一貫性が無かったかなーって……後半はライミオもアイラの熱量バイブスにノせられちゃった感じもあって、僕はアイラに入れました。いい試合だったと思います。ありがとうございました』


 その妖精の総評を最後に、ふっと妖精たちが消えていく。

 決闘終了の合図。

 見届け人の退場。

 残されたのは、崩れ落ちるライミオと、その従者と、アイラとルシオと。

 それから、悪しき貴族を打ち倒した少女に対する民衆の――――歓声は無く、どよめきが。


「サキュバスが勝ったぞ……」

「あいつ、大丈夫なのか……?」

「倒れちまったが、まさか魂を奪われて……?」


 ……勝者への賞賛ではなく、怪物に対する不信と恐怖の視線。

 歓声をあげているのは、仲間であるドワーフと、決闘の原因にもなった渦中の少女だけだ。モルフェは半ば呆然としていた。

 アイラとルシオは顔を見合わせ、やるせなく苦笑する。

 せめて、二人で拳をぶつけた。勝利を祝った。

 あとはどよめく観衆を気にも留めず、少女たちへと駆け寄ろうとして――――



「――――――――アタシはアイラ・ザ・チャーム。もう知らないとは言わせないわよ?」



 最後に振り向いて、ライミオに不敵なウィンクを飛ばした。

 それが、ライミオ・モンタルグが意識を失う前に見た、最後の光景だった。

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