第3話 社会的に死亡した後、魔術と出会う

「私の衣類は自分で選ぶから。 あっおはよう」


開口一番、挨拶もそこそこに住居の主人の定位置で業務をこなそうとする少女。


寝ぼけ眼を擦すり、ぽけぽけしているコイツは少し可愛いな…


そう油断した途端、彼女は触るのも不潔と言わんばかりの表情でおれをパソコンの前から引きずり下ろした。


「たっく…お前パソコンは使えんのかよ?」


そのおれの投げかけに


「使えるわよ、一応この部屋の電子機器をみて、用途がわからないものも無いし、あなたと会話した感じでも違和感を感じないから、少なくとも異世界や違う年代からきた存在ではないみたいね」


彼女はそう素っ気なく答えた。


「ならよかった。それにそのことがわかっただけでも一歩前進だな」


「そのことはいいんだけど、、、本当にあなたの雀の涙程しかない貯金を切り崩して私の服を買って大丈夫なの?」


彼女は申し訳なさそうにこちらを見る、、、


服が必要ということは彼女もわかっているみたいだが、我が家の財政状況を鑑みるとどうしても遠慮してしまうみたいだ。


「いいって言ってるだろ。 まぁ、直ぐに必要なもんはコンビニで買って来いよ」


足が透けてること以外普通の人と変わらないみたいだし、いつまでも指磨きをさせる訳にはいかないだろう。


「そうね、、、 コンビニに行けば当面必要なものは揃うしね。 でも。私は外に出られないの。 そのことを失念してないかしら?」


急に物悲しそうな表情で足首を見る少女。


ーーーだがっ。そんな心配はお見通しさっ‼


「足首のことなら、すでに対策済みである」


ジャジャーンと自分で効果音を鳴らし、コイツと出会った夜に徹夜で作ったブツを彼女の眼前に掲げた。


「ーーーこっこれは‼ ーーーーなに?」


その労働時間のわりに、不恰好なそれを見て至極まっとうな疑問を投げかけてくる彼女。


「これはお前の足だよ」


そしてその使用法を自慢げに語る。


「お前は足首から上の実体はあるが、自重は床に影響しないという不思議仕様みたいだからさ。それをふまえて作ってみたんだ」


「そう言われれば…床に散らばる物を踏みつけても潰れないけど、蹴ると吹っ飛ぶみたいだし、あなたの理論はあながち間違っているとは言えないわね」


「だろ? だからチラシで足の形を作って、その上の方に割り箸を6本くっつけた訳だ。で、そこをセロハンテープで固定して、包帯で全体をコーティングしたっていう簡単構造だよ」


「なるほどね。それでこの割り箸を私の脚につけて、セロハンテープかなにかでジョイントすれば、靴が履けるって寸法ね」


そしておれには眩しすぎる笑顔でこういうのだった。


「あなたにしては気が利くじゃない‼ 最高のプレゼントよ‼」


ーーー不覚にも、息を飲んだ、、、


それほどまでに先程の笑顔は魅力的だった。


そして思わず「お前ぶすっとしてないで笑顔のがいいぞ」


口から漏れる本音。


「えっ? なによッ?」


どうやらおれからのプレゼントに夢中でおれの言葉は耳に入らなかったらしい。


早速足を装着した暴君は、はしゃぎながら部屋の中で跳ね回っていた。


その姿は十代の少女そのもので、、、


おれははやくこいつを普通の生活に戻してやりたい。


そう強く思った………


そんな引きこもりの心配もよそに


「ほらっ? なんて言ったのよ? そんな気持ち悪くニヤつきながら‼」と罵声。


前言撤回。


やっぱこいつに心なんか許すもんか。


でも、、、


コイツと出会って笑うことができたのなら、こんなやり取りも悪くない。


ーーーーそう思ってしまった。




「じゃあいってきます」


簡単な歩行訓練を終え、自然に歩くことができるようになった彼女は、コンビニへ始めてのお使いに繰り出そうとしている。


「ちゃんと、買うものリストとおれがプリントしてやった地図は持ったのか?」


「勿論よ。 買うものこのリストだけでいいのよね?」


「ああ。 頼むから余計なもの買ってくんなよ‼」


「任せなさいよ。 あんたよりかはちゃんとしているつもりだわ」


「さいですか。 じゃあちゃんと車に気をつけて行ってくるんだぞ」


「あんたは母親かっ。 大丈夫だってー。 いってきまーす」


ガチャリ。


そう上機嫌な様子で彼女は部屋を後にした。


「ふーーーーーーー」


彼女が居なくなったのを確認すると、長く嘆息。


ようやく…やっと…。解放されたのだ‼


ッひゃっほーーい‼


あいつがいない間は、pcゲームもできるし、湯気や不自然な光が乱発するアニメだって見放題だ‼


そうして再び訪れた平穏な生活を満喫すべく、おれは全力でキーボードを殴打するのだったーーー。




流石におかしい、、、


あいつが帰ってこないのだ。


もう家を出てから3時間ほど経過してしまっている。


最初は彼女が居ない自由な世界に小躍りしていたのだが、


今では大好きなエロゲにだって集中することができなかった。


もしかして、、、いや、まさか、、、


最悪の自体を何度も想像し、否定する。


この繰り返しを行うようになって、かれこれ1時間以上も経過している。


家から5分ほどのコンビニで用を済ますのにはどうやったって


1時間かからないはずだ。


帰って来ないのには理由があるに決まっている、、、


もはや大好きなアニメの内容さえ頭にはいってこない。


何度も玄関のドアを開け、パソコンの前に戻るという非生産的な動作を繰り返す、、、


まるで時間が止まったと言わんばかりに進まない時計の針。


しかし、いくらおれが気を揉んでも彼女が帰ってくる気配はまるでなかった。


ここで考えられる理由は主に2つだ。


1つめは、足と僅かばかりの金銭を手に入れ、もうおれに用がなくなったということ。


2つめは、非常に日現実的なのだが、彼女を追っていた機関に捕まってしまったということ、、、


なんとなくおれは2つ目のような気がしていた。


彼女とは数日しか過ごしていないが、あいつの性格は大方把握している。


何をするにも完璧主義なあいつ。 そのせいで随分軽くなった頭髪。


そんな完全主義者が志半ばで居なくなるとは到底思えなかったのだ。


それに、あの約束を彼女なら叶えてくれる、、、


そう何の根拠もなく思っていたのだ、、、


だから、、、


本当に信じ難いが、あいつは今とても辛い目にあっているんじゃないか?


ーーーそうとしか考えられなかった。


辛い思いをしてきただろうに更に辛いことになる、、、


そう考えるといても立っても居られない、、、


「もうっ‼ どうにでもなれっ‼」


意を決したおれは、使い果たしたはずの勇気を再び振り絞ると、玄関のドアを開けるのだった。




ーーーーーはぁ、やっぱ無理、、、


ドアを開けたおれは、どうしてもあと一歩を踏み出すことができなかった。


こんなことで外に出れるのなら、とっくにニートなんて引退出来るのだ。


人のピンチに手を差し伸べることも出来ない、こんなヘタレだからおれは、、、


でも、どうしてもあいつだけは何とかしてやりたい。


あの時の顔は今でも鮮明に思い出せる。


あの助けを求めるかのような顔。


それだけじゃない。無邪気に喜ぶ顔。クソニートと罵る顔、、、


ーーー。一日しか一緒に居なかったというのに、もうあいつがいなくなることが考えられなかった、、、


短い時間でこれだけ世話になったっていうのに、、、


まだ、何にも恩返しできないというのに…


おれはーーー。


そんな時、ふと彼女が助けを求める声が聞こえた気がしたーーー。


それはもう、悲痛な叫び声が、、、


もう、どうにでもなれっ‼


後先を考えない性格に生まれて初めて感謝できる気がする。


それに加え、可愛い女の子が大好きな自分にも感謝。


彼女のおかげでおれは数ヶ月ぶりに家を出ることができたのだ。




ーーー走る、、、走る、、、


周囲の人とい目を合わさないように下を向きながら、コンビニを目指す。


僅か数分の道のりが果てしない距離に感じられる。


耳に纏わり付くような雑踏全てが、おれを嘲笑しているように感じてしまう。


まだ春だというのに、額には汗が滲み、背中はじっとりと湿っている。


とにかく人の息づかい全てが不快で、吐きそうになる。


久しぶりの運動のせいか、喉は灼熱の如く熱を帯び、口内には血の味が充満する。


脚は棒のように重たくなり、もはや気力のみで動いてると言っても過言ではない。


何度も家に帰ろうと思った、、、


何度も…何度もここまでする義理はないと考えた、、、


でも、、、、さ


まだあいつの名前を聞いてない。


あいつともっともっと話したいことがある。


それに、あいつに「ただいま」って言ってやりたい。


お前はい居ていい存在なんだって事を伝えてない、、、


そして何より、今こうしておれが外に出れた。


そのお礼を言ってない‼


「うぉーー‼」


どこからこの気力が湧いてくるのか不思議なほど力が湧いてくる。


おれが人のために何かする事がまた来るなんて想像もつかなかった。


社会の枠から外れた二人だけど、あいつは人と言っていい存在なのかは分からないが、、、


とにかくおれは久しぶりに人間関係というものを築き始めていた。




ーーーーコンビニには思いのほか早く着いた。


それはもう不審者と思われても仕方ないほどの形相で店内を見渡す。


おれとしてはただ必死なだけなのだが、、、


ーーーやはり居ない、、、


もしや、コンビニに到着するよりも前の段階で攫われてしまったのか?


万が一ひと気のないところで車で攫われたとしたら最悪だ、、、


そうなっていたとしたら、おれに助けてやれる手だては無い、、、


まず、コンビニまで来れたのかだけでも確認しなくては。


もし、ここまでたどり着居ていたのなら、攫われる確率はかなり減る。


ここのコンビニの周りは人通りが多い通りに面しており、人目に付くからだ。


一方、おれの家の周囲は狭い路地にあり、夕方でも人通りは少ない。


そう考えたおれは、コンビニの店員に白のワンピースを着た美少女は来たのか尋ねようとする、、、


喉元まで出かかる声、、、


しかし、そこまでだ。


無言でレジの前に立つおれに不審な視線向ける店員。


数秒の葛藤、、、


ーーーーあかんっ‼


まだ面識ない人間と喋るのは無理‼


脱兎の如く駆け出すおれ、、、


さぞ気持ち悪く写ることだろう。


デュッ、デュフッ‼ と奇声をあげながら、もつれる脚で自動ドアへまっしぐら、、、


ーーーしかし神は無情であった。


泣きっ面に蜂と言わんばかりに、開きかけの自動ドアに激しく右腕を殴打し、無様に転倒。


その顔には光るものがあった。


そして周囲の好奇の目線から逃れるように、死に物狂いで駆け出す。


ーーーーはぁはぁ、、、


適当に駅まで走ったが彼女を見つけることは出来なかった。


そんな時、再び脳に反響する叫び声、、、


脳から離れないその音に応えるように、脳は冷静になれと信号を送る。


まだ、手足は震えているが錯乱は解けたようだ。


そして闇雲に走り回っても意味はないことを悟ったおれは、腰を据え冷静に考え事を出来る場所を探すことにした。


人目の多い駅前から自宅の方へと引き返す、、、


たしか、家の近くに公園があったはずだよな。


そこならば、人に見られる事なくゆっくり思考を纏めることが出来るだろう。


やはり、まだ…人から視線を向けられると平静を保てないようだしな。


まぁ無理もない、、、


長い間人を避けるような生活を送って来たのだから。


もはや走る気力などもなく、引きずるような足取りで公園を目指す、、、


もがくように一歩、一歩。


それはもう行きにかけた何倍もの時間をかけて進む。


もちろんそんな満身創痍の状態でも彼女を探すことは忘れない。


早く見つけてあげないとと焦る気持ちと、もう手遅れなんじゃないかという諦めの気持ちがごちゃ混ぜになる。


なんでこんなことしてるんだろう?


自分でも馬鹿らしくなるが、やめることはできなかった。


そんな中ようやくたどり着いた公園。


そこには先客が居た…


ーーーでもおれは、落胆はしなかった。


むしろ身体中の血が騒ぐのがわかった。


見つけた、、、


ようやく見つけたのだ。


発する体温で曇ったメガネでは確証は持てない。


だが、直感であいつで間違いない事がわかった。


………それに、彼女が窮地に立っていることも。


そこいたのは彼女だけではなかった。


いかにも。という言葉が相応しい怪しげなマントを羽織ったやつもそこにはいたのだ。


「うぉおーーー‼」


両足に駆け出せと緊急信号を送る。


しかし自分の命令に対し、応えたのはほんの僅かであった。


そしてそのギャップからものすごい勢いで転倒。


それでも、おれはものすごい勢い形相で相手を睨む。


「お前‼ そいつに手を出してみろ‼ けいさちゅっよぶからな」


肝心な所で噛んでしまったが仕方ない。


おれが虚勢を張ったところでこんなものだろう。


ゴキブリのように地面を這いつくばり、カサカサと敵に近づいていく。


おれのただならぬ様子に彼女の味方が助けにきたのかと思ったのだろう。


怪しげな奴も彼女を隠すように、おれの前に立ちはだかった。


「この変質者めっ‼ 王女には指一本触れさせないからな‼」


そう言うとヤツはベンチに立てかけていた杖を手に持ち詠唱を始めた。


「万物を砕く地精の槍よ‼ 我が力と成りて顕現せよ‼ アースランスッ‼」


ファサッとマントをたなびかせ、杖を向けてくる。


その迫力に思わず目を瞑るおれ、、、


ーーーーーが。 事態は何一つ変化しなかった。


「なに⁉ この地の魔力では足りぬというのか? あるいは、まだこの体が馴染んでいないというのか⁉」


敵は予想外の状況に狼狽しているらしい。


ってかあいつ本当に魔術師なのかよ⁉ あの少女が現れたときから非日常は受け入れていた。 こんなことになるのことも予想できた。


ーーーだが…大丈夫なの? 死なない? ちゃんとおれ、チート能力搭載してるよね?


そんなことを考えつつも、オタクになったときから何度もシュミレーションしてきた対魔術師用の戦闘術を実行するため、立ち上がる。


今にも泣き出しそうな表情で顔を覆う少女。


ーーー待ってろよ‼ 今助けてやるからな‼


やつは魔術師。 と、いうことは必ず詠唱が必要となる。 そこが弱点だ。


そう考えている間に二度目の詠唱が始まる。


「大気に漂う風精よ‼ 我が元に集い、悪を穿つ弓となっ。 ゲッホゲホ」


咳き込んだことにより、中断される詠唱。


この幸運と言える状況におれは特に歓喜することはなかった。


なぜならば、それは想定の範囲内であったからだ。


おれは奴が詠唱をおこなうこの状況を待ちわびていた。


公園に着くなり、こいつの発する異様な瘴気を感じたおれは、転倒した際、地面の砂を右手に握り込んでいたのだ。


そして、こいつが魔術師だと確信した今、彼女が詠唱を始めると共に、手にした


砂を投げつけ、詠唱を阻止したのだ。


「ゴホっ…ふッ。 なかなかやるわね。 流石ラウンドナイツといったところかしら?」


ーーーえッ? なにそれカッコいいw


敵にノせられるのはシャクであるがいた仕方ない。ここは付き合ってやろう。


「コイツは命に変えてでも守る。 こいつにはおれの大いなる野望を叶える礎となってもらわねばならんのだからな…」


ファさっ。とセイユーで購入したダボダボのスウェットと靡かせようとするニートがそこにはいた。


思わず封印したはずの中二病ってやつが解放されたみたいだな。


狭い公園一面に緊迫した空気が漂う。


向かい合う、魔術師? とニート………。


手に握る汗。 嫌な悪寒が背筋を走る。


しかし、そんな緊張感は長くは続かなかった。


ーーーぷっっ。ぶふっ。


この異様な空気を陽気な笑い声が打ち払ったのだ。


「もーーーーむりっ‼ あんた達なに茶番繰り広げてるのよw」


おれが命を賭して守ろうとした少女は、腹を捩り切らんばかりに爆笑。


「ふー…。 紹介するわw このマントの子はあんたと同じアパートに住む皇さん。 丁度私が迷子になってた所を助けてくれたの」


その紹介にローブのキチガイはぺこりとお辞儀。


「この辺りにボロくて6室しかないアパートは一つしかないからすぐにわかったんです。 それに気持ち悪いニートが住んでるって言われてピンときたんです」


「何だよそのこの顔みたら110番的な反応は。」


「まって。 あんた達が話すとややこしくなりそうだから私が話すわ」


ーーーそして涙を拭きながら、少女は会話の主導権を握った。




「買い物自体はすぐに終わったのよ。 でも地図をみたら肝心のアパートの場所に丸してなかったから帰れなくなっちゃったの。 私って方向音痴みたい」


てへッ。 じゃねーよ。 ってかこんな短い距離でよく迷子になれたな。


「それで歩き疲れた私はこの公園を見つけて座っていたわけ。 そこにタイミング良く魔術の練習(笑)にきた皇さんに話を聞いたらビンゴだったの。 そして見ての通りの子だったからあんたと友達になってくれ。って説得しようとしてたのよ」


ーーーいや、おれのために頑張ってくれたのは嬉しいけどさ…


こいつはちょっと……


自分も大概だが、こいつは相当頭が弱そうだぞ…


「なんだよその私良くやったでしょ? みたいなサムズアップは?」


「いてっっ。 全く…私がどれだけあんたみたいなゴミムシを心配しているかようやくわかった?」


「それはこっちもセリフだーーーッ ‼」


さっきまでの疲労はどこに行ったのか、鋭いツッコミを入れるおれ。


「ほんとに………おれがどれだけ…」


安堵からか思わず零れる涙…


「なによあんた………確かにすぐ帰ってくるって言ったのは謝るけど…そんなに泣かなくてもいいじゃない」


「おれがどんだけ心配したと思ってるんだよ…魔術協会の奴らに連れてさられたんじゃないかとか…。地球外生命体に襲われてるんじゃないかとか…ほんとに心配したんだぞッ」


魔術協会っ⁉ と中2ワードに敏感に反応する皇。


「はいはい。私がわるーござんした。 でも、やっぱりあんたと皇さんは仲良くなれそうじゃない。ぷっ。普通魔術協会なんてワードを日常会話で使用するやつなんていないわよ」


そういって皇さんにどうかよろしくお願いします。と頭を下げる少女。これじゃどちらが年上だかわからないな。


まぁこいつの年齢はわからんのだけど。


それでも…本当に良かった。 こいつが無事で。辛い思いをしてなくて…


「すっ皇だ。 第十六王立魔術部隊 副長をしている。王女様の命によりキサマの護衛の任につくことになった。 よろしく頼む」


















「よっかった…。本当に良かった…」


もう。 終わりだと思った。


思い返せば、余りに希薄な関係だった。 本当に偶々。 偶然が重なって一緒にいるだけだった。


「お前には言ってなかったな…。どれだけお前に感謝しているかって…」


他人との 関係にこんなに固執するとは全く想定していなかった。


それどころか、絶対に他人に依存したくない。 他人に期待して裏切られたくない…。 それならいっそ一人でいる方が楽だし、安心できる。


このアパートに住んでから思い続けていて、その考えは崩れることなんてあり得ないと思っていた。


「お前はずるいよ。おれの心の隙間。 一人でいる物足りなさをこんなにもいとも容易く埋めてしまうなんて…」


「何よw 本格的に気持ち悪いわね。 訴訟を起こすわよ」


いつの日かと同じように、言葉と裏腹に優しく背中をさする少女。


「まぁ、私も見ての通りの体だし…。 それに………」


いつものように。 いや。いつもというのは可笑しいか。


少なくとも出会って間もない奴に使うセリフではないな。


とにかく彼女はおれによく見せる表情。 つまり、イタズラな笑顔でこう言った…


「私ってどうも完全主義者みたい…。 あんたのことをほおっておけないのよ。 別にあんたのことが気になる訳じゃない…。 」


ーーーなんていうかその…………


「自分の言ったことには最後まで責任を持ちたいじゃない」


「どの言葉についていってるんだよ?」


「まさか忘れたなんて言わせないわよ。 だ・か・ら…」


そう区切り、力強く、偉そうにおれの貧弱な胸板を指す少女。


「任せないッ‼ クソニートッ! そう言ったはずよ。 あんたを引きこもりから救って見せるって‼」

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