第5話異常な現実

第三章



 アンは意を決した。


アン「中尉殿は私にこの子を使って生き残れ、と言いたかったんだわきっと」


アンはキム軍曹のことを勝手に「中尉」と思い込んでいます。

「この子」とはライフルのこと。

キム軍曹の亡骸(なきがら)は、忍びなかったけれど。そのままにして跡を絶ちました。

アサルトライフルと彼のグレネード(手榴弾)携帯食料。応急手当キット。防弾チョッキは粉々に砕けていました。

防弾ヘルメットも、アンの頭には大きすぎます。

腰のホルスターにハンドガン(拳銃)がありましたが。アンは必用がないと判断してしまいました。ライフルの予備弾薬。


アン「これだけで足りるのかしら」


心配です。

本物の自動小銃など初めて目の前にしてしかも自分の持ち物になったときに。アンはライフルを「この子」と呼びました。

大きなサバイバルナイフも。


アン「こんな大きすぎるナイフで何を切るんだろう?」

  「私の愛用してる果物ナイフで充分よ」


アンはそんな子なのです。

キム軍曹の死亡時刻から2時間後。外が黄昏に染まるのを待ってから。ビルの裏路地をライフルを背にかけ。

オレンジ色に染まった雑居ビル群を夕日に向かって駆け抜けます。

まだ周囲に人の気配がします。アンは西に向かいます。

西のほうが安全だろう、という無意識がアンを西へ走らせます。

夕日の反対側に長く伸びたアンの影が、勢いよく踊っています。

まだこの娘の人生は、先が長いのを象徴しているかのようです。

洗いざらしのブルージーンズが少し血で染まっています。



アンは覚悟を決めました。

もう日が沈んで夜になりました。

アサルトライフルの試し打ちは先ほど済ませました。

安全装置の解除に2時間かかりました。

フルオート射撃モードになっていましたのでアンはびっくりしました。アンはただの女の子です。


バラッダッダダダダッ!


アン「ひえっ」

  「もんのすごい反動とやかましいっ」

  「あーん弾が無くなっちゃうよ!」


アン「多分これね」


すぐに射撃モード切り替えスイッチに気がつきました。



照準スコープから覗くと、夜でもペパーミント連邦の兵が。

道路上に約5名、輸送トラックの脇で何かを喋っています。

あたりのライトに照らされて丸見えです。

アンの今居る雑居ビルの3階は真っ暗で。


アン「こっちは見えていても、向こうは見えてはいないのね」


弾倉に弾を込めます。


ガチャッ・シャキッ・バシャ


セミオートて一発撃ってみます。


パウッ


アン「あ・・」


パウッ


2発目で敵歩兵の胴体に命中、倒れました。


アン「やっぱりズレてる」

  「・・・・」


何故だろう、涙が出てきた。なんで?


アン「・・・・」


パウッパウッ・チーンッ・・・カラカラ


パウッ


アン「あ、また・・」

  「なんで?」


ぐしゅ・・・


涙を流しながら黙々と狙撃していきます。無駄弾を使い2人目を打ち抜いたあたりで、ようやく敵兵がこちらに気がつきました。

こちらを指さしてしきりに叫んでいます。


アン「やばい・・・」

  「ここに居たら死ぬ」


そう思った瞬間、アンは非常用階段を使い一階に駆け下りていました。


ガタガタガタガタッ


アン「お母さん、ごめんなさい・・」

  「ごめんなさい」

  「ごめんなさい」

  「・・・・・・」


ぐしゅ・・・


夜のビル群を月明かりを頼りにアンは、涙を拭いながら。

さらに西へと駆け出します。もうアンの影は踊っていません。


アン「火薬の匂いキライ」


ぐしゅ・・・


泣きべそをかきながら安全な所までいちもくさんに逃げるアン。

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