第13話 竜の忠告

 札幌の街に、雪がちらつき始めていた。


「寒っ……今日、何度だよ。クソが」

 真矢は忌々しげに吐き捨て、店のドアを開けた。


「1度だって。スゴく寒いね、ボス」

 闇賭博場の用心棒、ジョニーが流暢な日本語で答える。


「マジかよ。まあ、マイナスよりはマシ……」

 真矢が店に入ると、黒服の男がポーカー卓に腰掛けていた。


「よお、真矢」

 黒服の男は暗い店内でもサングラスをかけている。顔には無数の傷。オールバックにした髪に、金の腕時計。


「北里さん……なんスか」

 北里と呼ばれた男は卓から降りてゆっくりと真矢に近づき、その両肩を掴んだ。


「なぁ真矢。この店最近随分と〝全身清算〟が多いじゃねぇか。お前、バランスって言葉知ってっか? バ、ラ、ン、ス」

 北里の手の力が、一言ごとに強まっていく。


「いたたたたた!」

 真矢は堪らずひざを曲げ、身体をひねる。


「クズどもから効率よく稼げとは言ったがよ……お前らの上がりが無さすぎるんだよ。てめぇ、ナニ企んでんだ?」

 北里は力を緩めない。


「いてぇ! き、北里さん! いてぇっスよぉ!」


「オイ、お前いつから俺の質問、無視する様になったんだ? ああ?」

 北里は真矢の肩を掴んだまま腕を振り下ろし、真矢を跪かせた。


「す、すいません! その……サマ師が荒稼ぎしてて……上がりはだしてるから……いいかなって……イタタタタ!」

 真矢は跪いたまま北里を見上げて弁解の言葉を並べる。


「サマ師だァ?」

 北里は眉をひそめた。サングラスが店内のライトを反射して、オレンジ色に光る。


「は、はい。誰も見破れなくて……人の手札と場の……いや、卓の札全部が見えてるみたいな立ち回りをするんです」

 真矢は痛みと恐怖で片目から涙を零しながら、ポーカーキング、ユウの話をする。


「ふぅん……ポーカーキング、ね」

 北里は唇の端を少し上げた。


「で、でも今、麗華に探らせてますんで! もうすぐヤツも〝全身清算〟で北竜会に引き渡しますから!」

 真矢は引きつった笑みをうかべながら立ち上がり、北里に報告した。


「……お前、まだあの女囲ってんのか。あれはやめとけ。ろくなことにならねぇぞ」

 北里はため息をつきながら、スーツのジャケットを両手で整えた。


「アイツにはまだ借金が残ってる。使えるところまで、使い倒しますよ」


「……そうかよ。ま、せいぜいがんばれや」


「へっ……」

真矢は北里を見上げて笑う。


「女の顔と言葉は、信じるな」

 北里はそう言い残して、店を出て行った。


「ボス、大丈夫? 北里さん、怖いね」

 ジョニーが真矢に駆け寄る。


「ああ。大丈夫だ。あと10人北竜会に渡しゃ、俺もあの人と同じ立場になれる」


 真矢は肩の激痛に耐えながら、闇賭博場の奥へ向かう。


「ここの支配者は、俺だ……北里の野郎……待ってろよ」


 命を〝賭ける〟賭博場の支配者は、今日も定位置につく。


 すすきのの冬空に、夜の帳が降りた。

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