第35話

「だっ旦那様! どうしてこんな所に!?」

「なに、ちょっと近くまで寄る用事があったのでな」


 金銀財宝で着飾った全身これ金の塊みたいな人がのっしのっしと部屋に入ってくる。僕はぺこりと彼に挨拶。こうとんとん拍子に話が進むのは嬉しいね。まぁ当初の予定なんてあってないようなものだけど。


「コーバイン様はお二人の婚約に反対なのですか?」


 僕はミランさんが顔を青ざめるのにかかわらず、そう不躾な質問をする。


「ふん、当たり前だ。薄汚いエミリッヒの、それもあんな頼りのない男に可愛いわが娘を嫁にやる訳にはいかん」

「頼りないですか」

「はっ、貴様はエミリッヒの密偵か? 全く見る目の無い小僧よ。あの男はリンドバーグどころかこの国一番の放蕩息子よ」

「うーん、確かになよなよして頼りない人でしたけど……」

「それ見た事か、そんな男の所に嫁に出そうとする親がこの世界の何処にいる」

「けどまぁ、決めるとこは決める人ですよ?」


 ……多分だけど。


「はっ、知らん知らん、聞く耳持たん。言っておくぞ、否、奴に言っておけ小僧。儂の目が黒いうちは決して2人の結婚なぞ認めんとな」


 ジュリエッタパパの思考はガッチガチ、何を言っても聞いて貰えそうにない。

 聞いて貰えないと言うのなら……。


「じゃあ遺跡の謎をロメオさんが解いたらどうですかね?」

「なんだと?」


 聞いて貰えないと言うのなら、見て判断してもらおう。


「両家の始祖が発見したと言う遺跡です。それをロメオさんが発掘したとしたら、ちょっとはロメオさんの事を考えて頂けませんかね」


 僕の提案に、ジュリエッタパパは鼻を鳴らす。遺跡の解明なんて出来るわけがないと言った顔だ。

 まぁそれはその通り、奇跡的に遺跡の場所を発見できたとしても、その扉の鍵は両家のパパたちが二分して持っているのだ。





「と言う訳で喧嘩を売ってまいりました」

「なっ!? 何をやってるんだい君は!?」


 はっはっはと経過報告に帰った僕たちをロメオさんは元気に歓迎してくれた。


「まぁまぁこれで一歩前進ですよ。後ろを見ても前には進めない物です」

「そっ、そうは言ってもねぇ」

「そうは言ってもです、兎に角ロメオさんには大事な仕事があります」

「大事な仕事って……」

「それは勿論お父さんを説得して、遺跡の場所を教えてもらう事ですよ」

「とっ父さんを説得って!?」

「なーに言ってるんですか、ジュリエッタの父親を説得することに比べたら100万倍楽でしょうに」

「そっ、そうは言ってもねぇ」


 そうは言ってもだ。この方法が最も手っ取り早くそして確実な方法だ。右往左往とフラフラしていたが、やっぱり鍵は例の遺跡。ここを制覇することで、ロメオさんは不可能を可能にした男となることが出来るのだ。


「覚悟は決まりましたね? それじゃーレッツゴーです!」


 他人の恋愛話に、未踏破の遺跡話。マイナスとプラスの二つのイベントが重なって少々テンション高めの僕は、ウジウジ悩むロメオさんの尻を蹴っ飛ばしロメオパパの待つ執務室へと足を運ぶのだった。





「なにぃ? 遺跡の場所を教えろだとぅ?」


 逆鱗を蹴り飛ばされたドラゴンの様な顔をして、ロメオパパはブレスの代わりにそのセリフを吐き出した。

 よーし頑張った、よく言えた。膝をカタカタ震わせたロメオさんは、多少の時間はかかりつつも何とかロメオパパに『遺跡の場所を教えてください』と言い切ることが出来たのだ。


「ひっ、ごっごめんなさい父さん」

「いえいえ、何も謝る事はありませんよ」


 僕は、崩れ落ちそうなロメオさんの背中を支えつつ、そう言った。


「お客人、ロメオに妙な事を吹き込むのは止めてもらおう」

「妙な事でもないでしょう、いずれこの秘密は家督と共に譲り渡されるのでしょう? 多少それが速くなると言うだけですよ」

「我が家の事情に勝手に口を挟まないで頂きたいですな」


 ロメオパパは射殺す様な視線で僕をジロリと睨みつける。


「場所を教えてくれるだけでいいのですよ、後はロメオさんが閉ざされた扉を開いて見せます」


 まぁ射殺すとは言っても、人間視線だけでは死にはしない。僕はニコニコと笑いながらそう言った。

 僕のその返事に、ロメオパパは嘲笑を浮かべながら胸元を軽くたたく。


「ええ、その鍵、正確には両家に伝わる、鍵を合わさねば遺跡の扉は開かない事はよく存じ上げております。

 そして、その為に両家の諍いが何時まで経っても終わらない事も」


 二つに分かたれた鍵、それを使えば遺跡は開くが、その開いた遺跡は一体誰の物になるのかと言う話だ。仲良く共有の財産とすればいいのだが、それは今までの諍いの歴史が許さない。

 分かたれた鍵は融和の象徴であり、諍いの象徴でもあるのだ。


「エミリッヒ様も、閉ざされた遺跡を開けてみたいとは思った事はおありでしょう?」


 僕の問いに、ロメオパパは眉を顰めてこう答えた。


「『みだりに遺跡に手を出すべからず』この鍵はその言葉と共に伝えられている」


 ロメオパパはそう言って懐から鍵を取り出した。


「その謎をロメオさんが解いてみると言っているのです」


 僕はロメオさんの背中をポンと張りつつそう言い返す。


「ぼっ僕は……」


 カタカタと震える膝が、彼の勇気を物語る。


「ジュリエッタの事は、置いといても、何時までも、両家が、いがみ合っている現状は、正しくないと思うんだ」


 ロメオさんはどもりながらもロメオパパの目をしっかりと見据えてそう言いきった。

 自分の弱さを実感しつつも、それでもなお巨大な障壁に真っ向から立ち向かう。彼もやっぱり砂漠の男、勇気を規として未知なる秘境へ歩を進める、男の中の男だ。


 重い時間が流れる。

 おそらく、ロメオさんは初めて面と向かって自分の父親と相対したのだろう。顔色は真っ青で今にも倒れてしまいそうだ。

 砂漠の夜の様にしんと静まり返った室内に、ロメオさんの震える音が静かに響く、そして……。


「良いだろう」


 そして、日は登る。

ロメオパパは暫く黙考した後、重い口をそう開いたのだ。





「いやー、何とかなるもんですねー」


 へなへなと崩れ落ちるロメオさんに肩を貸しつつ、僕たちはロメオパパの元を後にする。

 まさか一発オーケーが出るとは思っても居なかった。下手すると、この交渉だけで時間を使い潰してしまうのではないかと思っていただけに、この結果は大歓迎だ。


 始まりの遺跡の場所はロメオパパより無事聞き出すことに成功した。それは驚くべき、いや、とても面倒くさい場所だった。だが、ロメオパパの話はそれだけではない。とある条件も付随していた。


「口外禁止の上に両家の立ち合いねぇ」


 前者についてはご先祖様の遺言である『みだりに遺跡に手を出すべからず』から来ているのだろう。人類に革新をもたらすと謳われる程の秘中の秘。おいそれとその蓋を開けてみる訳にはいかないからだ、藪をつついてドラゴンが出てくる可能性を考慮しての事だろう。

 後者については……。


「まぁ、パパさんも何時までもこのままでは良いわけがないって思ってたんでしょうね」


 すんなりと話が進んだのも、結局はそれに尽きる。いがみ合いや憎しみ合いが何も生まないとは言い切れないけど。協力し合った方がずっと上手く行くのは確かだろう。ロメオパパだって、始祖から延々と続く憎しみの連鎖をどこかで断ち切りたいと思っていた筈なのだ。


「でっ、でも、一体どうするんだい? まさか遺跡があんな所にあるだなんて」

「そうですねぇ、どうしましょうかねぇ」


 ロメオパパから貰ったのは遺跡の場所だけ、約束通り遺跡の鍵は貰っていない。おまけにその遺跡の場所と言うものが……。


「まさか、コーバイン家のお屋敷の地下にあるとはねぇ」


 はっはっは、笑うしかないね。

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