第28話

 ―王国歴277年、辺境の街ルイリーダ―


「ふぅ、やっとここまで来たか」

「にゃー」


 ここは、人族と魔族の中間地。魔王を失い、混乱の極みにある魔王領を、何とかやり過ごしたアデルたちは、ようやくとここまで帰ってくる事が出来ていた。


「あたしゃ、もうぼろぼろだにゃー」


 ミコットはそう言って地面に座り込む。

 何時も陽気なミコットの口さえ重いと言う事が、その強行軍の激しさを物語っていた。


「だけどようやくこれで、人心地つけますね。

 人族領域に近づくにしたがって、魔族との遭遇が少なくなってきましたし」

「うむ、これでようやくと勝利が確信できたと言うものだな」

「にゃははは、違いにゃいにゃ。あたいらは所詮首狩り部隊。お偉いさんは狩った後の事にゃんて、考えてにゃかったに違いにゃいにゃ」


 ミコットはそう言ってみししと笑う。


 往路ではこの街は魔王の領土だった。それを取り返したのであれば、これも一つの人類の勝利と言えるだろう。


「にゃしししし。にゃー疲れた疲れたにゃ」


 この中で最も疲弊していたのは間違いなくミコットだった。満身創痍のパーティを、魔族の監視を掻い潜り1人も欠けさせる事無くこの街まで案内したのである。


「だけど、この街もあたいたちと同じくボロボロだにゃー」

「そうですね、おそらくは魔族の焦土戦術にあったのでしょう」


 オネリアは廃墟と化した街並みを見渡しそう呟く。

 その時だ、カラリと、瓦礫の崩れる音がした。


「!」


 満身創痍なれど百戦錬磨。パーティは素早く陣を組み、その方向を警戒する。


「あっ……あっ……」


 そこには幼子が居た。年の頃は10になるかならないかと言った幼さだ。


「君は……大丈夫かい?」


 ぼろきれの様な衣服、やせ細った体。旅の途中で幾度となく目にしてきた戦争孤児の一人だろう。アデルはそう判断した。


「あっ……あっ……」


 その少年は何かを必死に抱きかかえた、全身で庇うように必死に。


「君……」


 少年の枯れ枝の様な腕の隙間から見えるそれに、アデルは悲しい瞳を浮かべる。


「大丈夫。君を、君たちを助けに来た」


 アデルはそう言い少年に手を伸ばす。

 久しぶりに出会った人族、それも勇者じぶんが庇護すべき存在に、アデルの張り詰めた気は緩んでしまっていた。


「あっ……」


 アデルは少年を優しく抱き留め……違和感に気付く!


「魔力反応! 何故!? 少年! その子を離すんだ!」

「あ!!」


 アデルは、少年が抱きかかえていた少女を無理矢理引き離す。それは今にも息を引き取りそうなちっぽけな少女で――


「くっ!?」


 爆発音、アデルの勇者としての類まれ無い身体能力が無ければ、その少年を庇う事など出来なかったであろう。


「にゃ! にゃん――」


 突然の事に驚くミコットの声は、彼女の体を貫いた弓矢によって止められた。


「くっ! オネリア!」


 ベルクマンはその巨体でもって、オネリアの体を咄嗟に隠す。


「ぐっ!」


 そこに降りかかる弓矢の雨。彼の体は一瞬にして針山と化した。


「そんな! ベルクマン!」


 彼らは疲れていた、限界だった、油断していた、そして何より安堵していた。敵地てある魔王領からやっとの思いで人族領域に帰り着いたのだ。その事がこの悲劇を生んだ。


「ああああああ!」


 オネリアは絶叫を上げ、矢が居られた方向へと魔力弾を撃ち続ける。強力な攻撃魔法を撃つ暇などは無かった。だが彼女は比類なき魔法使い。牽制程度の攻撃だとしても必殺の威力を誇っている。

 着弾箇所がはじけ飛び、家屋の残骸が炎に包まれる。彼方とこちらを阻む炎の壁は、一瞬の間隙を生むことに成功する。


「ベルクマン! ミコット! アデル!」


 オネリアは仲間たちに必死の呼びかけをしつつも、次なる呪文の準備を始める。


「くっ!」


 だが、仲間たちからの返事は無い。オネリアは折れんばかりに歯を食いしばりながら。残る力を振り絞り、今使用できる最大威力の攻撃魔法を練り上げる。


 彼女は魔法使い、パーティの最大火力にして、冷徹なる頭脳。彼女は、自分の役割を自覚して、最も冷静であろうと試みて来た。


(敵が魔族ならば、ミコットが見逃すはずはない、だとしたら!?)


 彼女の疑惑は、最悪の形で表に出ることになる。

 炎の壁を突き破り、表に出て来た黒い影、それは人族の暗殺者だった。


「報いを受けろ! 極大爆発魔法!」


 オネリアは狙いを定めつつも、冷静に判断していた。この一撃ならば、今出て来た暗殺者の一団は撃破できる。だが、その次は無い。今の魔力ではこの一撃が精一杯、魔王との戦いにおいて全てのリソースを使い果たした自分には、これが最後の一撃だと。


「だけど!」


 魔法陣より、光の嵐が吹き荒れる。それは暗殺者集団の真ん中で極光を放った。

 その一撃を受け、彼らは音も残さず消滅する。

 一拍を置いて爆音と突風が吹き荒れる。強力極まる熱と風の暴力は全てを巻き込み消し去っていく。


「くっ、は……」


 全身全霊を込めた最後の一撃。それを撃ち放ったオネリアは、魔力切れを起こし、意識を失いかけた。


「ま……だ!」


 彼女は唇を噛み切り、気付けを行った。まだだ、まだ倒れる訳にはいかない。魔力を使い果たし、案山子となった自分でも、このまま倒れる訳にはいかない。その想いだけで彼女は膝を起こした。


 だが、現実は非常である。


 大きくできたクレーターの向う。巻き上がる土埃の彼方から、第二陣の暗殺者たちが湧き上がった。


 オネリアは、動かぬ体で在りながら、目だけは迫り来る暗殺者に向ける。そして、その目に向かい、暗殺者の放った短刀が吸い込まれるように――


「させるかにゃッ!」


 間一髪。それは飛び込んできたミコットのナイフによって弾かれる。


「ミコット!」

「景気の良いアラームありがとにゃ! おかげでお目目パッチリだにゃ!」


 ミコットはそう言って、オネリアの前へ立つ。だが、その体は満身創痍。背中に刺さった矢は肺を貫通しており、口からは気泡交じりの鮮血がぽたぽたと漏れていた。


「ミコット、彼らは……」

「ああ、分かるにゃくそッたれ! 奴らは人間、用済みになったあたいたちを始末しに来たのにゃ!」

「……馬鹿めが、大人しく、魔王とやらと相討ちになっていれば良かったものの」


 暗殺団のリーダーと思わしき男が前に出て来てそう呟く。


 走狗死して狡と煮らるる。古来より幾度となく繰り返されてきた、人間の業である。

 魔族との大戦により、荒廃しきった人間世界に、彼からが放つ光は眩しすぎる。それも虐げられてきた流浪の民が放つ光など。そう判断した為政者が放った刺客。それが彼らだった。


「ふざけんにゃ! 貴様らにゃんかにやられてたまるにゃ!」


 ミコットは酸欠により、青白くなった唇をそう震わせた。矢が突き刺さっているのは背中だけではない。彼女の生命線である、足にも突き刺さっていた。先ほどオネリアを庇えたのは奇跡に他ならないものだった。


「そうだ、僕たちはまだ止まる訳にはいかない」

「「アデル!」」


 待ち望んだその声に、2人は顔をほころばせる。だが、噴煙の向うから現れたアデルは酷い有様だ。至近距離で爆発に巻き込まれた彼は、少年を庇ったその際に上半身に大きな火傷を負っていた。

 元より魔王との死戦によっておった数々の負傷もある、本来ならば立ち歩くことなど不可能。

 だが、勇者は歩みを止めない。止めることは無い。


「君たちはしてはならない事をした」


 か細い、消え入る様な声で、アデルはそう呟く。


「君たちは、何の罪のない子供たちを利用した」


 暗殺者は、少女を人間爆弾として利用した。少年が抱えていた少女には、その様な魔法が仕掛けられていたのだ。


「僕たちは、平和な世界を望んだだけだ。魔族の暴虐に怯えなくていい平和な世界を」

「そうだ、貴様はその為の道具だったのだ。それが分かれば大人しく死ぬがよい」


 暗殺団は静かに彼らを包囲する。半死半生の獲物だと言え油断はできない。何しろ相手は、魔王を倒した勇者一行なのだ。その総戦闘力は、一国の軍隊にも相当する。その様な危険極まりない存在を、彼らの依頼主は許しておくことが出来なかった。

 故にこのタイミング。彼らが最大限に弱り切り、また油断しているこのタイミングこそが好機だったのだ。


 アデルは真っ黒に焦げた右腕を揺らしながら、残った左腕を聖剣の柄へと伸ばす。


「抜かせるか!」


 その言葉を合図に、暗殺団は一気に包囲を縮め、仕留めにかかった。

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