第11話

 ドアを蹴り飛ばし、壁を殴り壊し、一直線に奥へ奥へ。


「あっはっはっは。目茶苦茶追ってきてるよイグニス!」

「そうだな、マスター」


 僕がイグニスを解放出来るのはごく短時間。僕はイグニスの邪魔にならないように、彼女の背中にしがみ付きながら奥を目指す。

 イグニスの速度に、マフィアの皆さんは誰もついては来れないけれど。間接攻撃だけで全員をのせるほど話はうまく運ばない。

 僕たちの背後からは、顔を真っ赤にしたマフィアの皆さんが鬼気迫る表情で追いかけて来る。


「これで、外れだったらどうすりゃいいんだろうね!」

「今まで通りにすればいい」


 うん、イグニスの答えは何時だってシンプルで分かり易い。危機的状況だと言うのに、思わず頬が緩んでしまう。


「イグニス! 右だ!」

「了解だ、マスター」


 窓の外、奥へと逃げる一団が見える。その先には窓のない建物が周囲から目を隠すようにひっそりと建てられていた。

 そこに駆け込む彼らの中心。おそらくあれが目当ての者。マフィアのボス、つまりは魔王だ!


 ビュンビュンと僕たちの足を止めようと魔法の矢が飛んでくる。だが、その程度の攻撃イグニスには効果は無い。彼女はそれらを片手で振り払う。


「よし! ここまでくれば大丈夫! 行くよイグニス!」

「了解だ、マスター」


 僕はイグニスの力を解放する。高速で突っ走りながら解放したので、傍目にはデカイ火の玉が飛んできたように見えるだろう。


「よっ、ほっ」


 僕は空中でバランスを取りながら着地する、炎のわだちが深々と地面に刻み込まれた。


「なっ、何なのだ貴様!?」


 親衛隊の皆さんは狼狽しつつ、そう喚く。世間話でも一席設けたいところだが、生憎僕はインスタントの勇者様、そんな悠長な時間は持っちゃいない。


「悪しきものよ! 魔王の手先よ! 僕は勇者だ!」


 僕はイグニスを構えながらそう言った。


「なっ、何を言うのだ貴様!?」

「貴様の罪、貴様の罰はこの聖剣イグニスが燃やし尽くす!」

「何をとち狂っている!?」


 彼らは後ろを気にしつつそう叫ぶ。彼の後ろには大きく頑丈な建物がある。おそらくそこにはこの状況を逆転できる切り札が隠されているんだろう。


「問答無用! 勇者の刃を受けるがいい!」


 僕は親衛隊の皆さんを無視してその建物にイグニスを振るう。紅蓮の炎が矢となりて、その建物に直撃するその瞬間だ。


 轟音が響き渡り、その建物は内部からはじけ飛んだ!


「あれ?」


 そして出て来たのは、鈍色に光る巨大な兵器。


「流石は、マフィアのボス。お金持ってるなー」


 それは巨大で歪な人型の兵器。その体高は5m在るだろうか、見上げるだけで首が痛くなってくる代物だ。両手両足、胴体背中、ありとあらゆる部分によく分からない武装がてんこ盛りの大巨人。

 それは太古の昔に使われたと言われる魔道兵器と呼ばれるものだった。その戦闘力は凄まじく、魔道文明はその兵器の圧倒的な攻撃力によって自滅したとも言われている。


「おっとっと」


 試運転代わりに放たれた攻撃により、ボンボンと僕の目の前の地面が爆発する。その衝撃によってお屋敷全体が揺れる程だ。

 流石はマフィアのボス、手下がどれだけ巻き込まれようとも関係なし。イグニスが放った炎もあり折角のお屋敷は上へ下への大さわぎ。


「貴様ら、どこの誰かは知らないが、生きて帰れると思うなよ!」


 魔道兵器の中から声が聞こえて来る。ドスの利いたその声はおそらくボスのものだろう。


 ガチャガチャと、魔道兵器はハリネズミの様な武装の照準を僕たちに合わせて来る。魔道兵器もピンキリだけど、これは最上級の物だ。その攻撃力はドラゴンにも勝るだろう。通常ならば勝てっこない、こんなものを人間に向けること自体がナンセンスな過剰戦力。


 めったにお目に掛かれない珍品に、僕がぼっとしていた瞬間だった。

 先制攻撃に狒々続き、ズガガガガと特大の雷が連発で降ってくる。


「うわっとっと!?」


 目の前が一瞬で真っ白に染まる。暴力的、いや災害的な魔弾の嵐が吹き荒れて、立っていた地面事吹き飛ばされる。


「ちょっとっとッ!」


 強力極まる物理弾。常人では一撃必殺であろう目くらましの中に紛れ込まされた本命の一撃に当り、庭の端から端まで弾き飛ばされる。こんなもの普通の人だったらかすっただけでミンチ肉に成り果てるだろう。


 だけど残念。こちらは伝説の聖剣だ!


「行くよ、イグニス!」

 僕はイグニスを握りしめ、そう叫ぶ。


 間合いは一気に離された、おかげで大巨人の全身が良く見える。呆れるほどの重武装に重装甲。まるで動く要塞だ。

 大巨人は五体満足な僕に驚愕しつつも、最終兵器を起動させる。

 魔道兵器の胴体にあるドデカイ砲門に光が集中し、そこから放たれた光により周囲が黄色に包まれる。放たれた対人兵器、否、対城塞兵器は屋敷ごと灰にするような極太の魔力波が放つも――


「おおおおおおお!」


 ―炎の聖剣は真っ向正面切り開いた―


「なっ、なんだと!?」

「燃え尽きろ! 魔王!」


 その一撃を持って、イグニスの炎は全ての悪を燃やし尽くした





「むっ、無茶苦茶だ」


 轟々と紅蓮の炎に包まれるマフィアの邸宅を眺めながら、リリアノはそう呟いた。


「面倒くさいことは、全部燃やしてきますね」


 確かに彼はそう言ったが、実際にこの目で見れば酷い有様だった。


 流石にこの規模の騒動になれば、騎士団と揉み消す訳にはいかない。邸宅の前には騎士団の囲みが出来ていた。


 そうこうしている内に、炎の中から彼が現れた。だが、現れたのは彼一人では無い。彼は気絶した人物を引きずりながら登場した。


 彼は、あっけにとられる騎士団を前にこう宣言した。


「我は勇者! 精霊の導きに従いここにあるものである!

 この者は魔族に操られていた!

 この者が悪事に手を染めていたのはその為である!

 だが、我が聖剣イグニスの炎はこの者の罪を浄化した!

 この街からは、マフィア魔族の影は消え去った!

 この街は精霊に祝福されし街である!」


 かれは一方的にそう宣言すると、マフィアのボスをその場に放り棄て、あっけにとられる私にウインク一つ、夜の闇に消え去って行った。





「開幕! 開幕ーー! ゴードンサーカス団! 開幕だよーー!」


 ポンポンと花火が上がり、太陽の下に煙が跡を残す。今日は待ちに待ったサーカスの開幕日。テントの前には黒山の人だかりが出来上がっていた。


「にゃー。結局客人はにゃにものだったのかにゃー?」


 チェミットは柔軟体操をしながら、そう呟いた。


「はっ、なんでもいいじゃねぇか、客人は、客人だよ」

「みゃっ、それもそうかにゃー」


 エリシアはチェミットの肩に手を置きそう呟いた。

 あの日の大騒動。マフィアの邸宅を全焼させた彼女の炎は、街に大混乱を巻き起こした。

 いや、大混乱と言っても、それは主に、マフィアと深くかかわっていた人たち、つまりはこの街の上層部の人たちだ。


 彼の一方的な浄化宣言により、マフィアは事実上壊滅した。後ろ盾を失ったカザットもそう遠くないうちに、両手が後ろに回るだろう。

 少なくとも、暫くはうちの団にちょっかいを出す暇はない筈だ。


「それにしても、なんて力技」


 私はついつい苦笑いをしてしまう。そして彼の事を心配する。

 私を助け出すちょっとの間でさえ、あれだけ消耗していたのだ。家一軒焼き払うほどの炎を使った彼は、今どんな状態なのだろう。


「いつかまた、彼らと私たちの道が重なりますように」


 私はそう祈り、ステージに向かうのだった。





「はー、今回は酷い目にあったよ」

「そうだな、マスター」


 全身筋肉痛、指一本すら動かせない僕は、イグニスに背負われながら街道を歩いていた。

 今回はイグニスの流儀力技で無理矢理煙に巻いたけど。こんなのはただの時間稼ぎ。川の流れを無理矢理に変えたとしても、水が上から下に流れるのを変えることは出来やしない。


「まぁ、あの団長なら何とかうまくやってくれるでしょ」

「そうなのか、マスター?」

「多分ね、まぁ一宿一飯の恩としてはこんなもんで勘弁してもらおう」


 街を牛耳っていた権力が、ある日突然消えたんだ。この街はこれから大混乱が待ち受けているだろう。

 だがそれは、別の話、旅人である僕たちには関係のない話だ。


 僕たちが望む平和な世界。それはテントの中には存在した。だが、その薄皮一枚外には、複雑怪奇なお金と権力の世界が存在していた。


「世の中単純にはいかないね、イグニス」

「そうなのか、マスター?」


 僕たちは平和を求めて旅をする。

 この道の先に、いつかその場所があると祈りながら。

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