タイトルも何も決められない私は小説家になれますか?

【お世話になりました】そうま

第1話 決められないからと言って何もせずに終わるのか

 朝から使っていたカイロはもう冷たくなっていた。手袋越しでもわかる温もりのなさに悲しくなる。今日は雪は降っていないものの風が強く冷え込んでいる。もうすぐ2月になるんだなと思う。カイロがないのはなんとなく心許ない。駅前の電光掲示板はマイナス6度と表示していた。

 週の頭から寝坊してしまい弁当を作る余裕がなかったので、とりあえず目についたサラリーマンが溢れる牛丼屋に駆け込む。昨今話題になっている女子力なんてものは、残念ながら学生時代から持ち合わせていなかった。猫背眼鏡マスク女が1人入ってきて慣れたように定食を頼む様を、この店員はどう思うのだろうか。陰気臭い可哀想な奴だと憐れむのだろうか。社会人一年目の22歳に見えているのだろうか。親戚から大学の進学祝いで貰った腕時計に目をやると、思っていたより次の打ち合わせまでまだ時間はかなりあった。食べ終えたらコンビニに寄って新しいカイロでも買おう。


 小説家になりたいと思った。でも、なんとなく自分はなれないという根拠の無い自信があった。気が利かない、文系科目含め勉強はできない、卒業論文の「2万字以上」の規定でさえ頭がおかしくなるかと思った。こんな人より長けたものがなく、文章量を書くことができない自分になれる職業ではないと思った。かと言って他になりたい職業は思いつかなかった。ぼんやりとしていたらいつの間にか就職活動期間になり、なんとなく何社か受け、一番最初に内定を貰った小さな建設会社へ入り、事務をしている。そして、出張が多い社長の代わりにたまに依頼者との打ち合わせに外勤をする。よく耳にする「会社と家の往復」という状況に私はなった。何も変わり映えがしない日々を春からずっと過ごしている。

 「センター試験の小説は登場人物Aが何かをきっかけにA'になる。例えば長年付き合っていた恋人に振られ落ち込んでいたが、何気なく観た映画に感動して前向きになるとか。あの文章量の中で登場人物の何が変わったかを読み取れ」と高校時代の現代文担当教師が話していた。でも、現実はそんな簡単に変化したりしない。そんな気軽に変わったら、人間関係がハチャメチャで可笑しくなる。簡単に誰かと喧嘩したり誰かを好きになったりしそうだ。どんでん返し、そんなもの本当に起きるのだろうか。なんとなく見たSNSのタイムラインは、今日も「仕事嫌だ」という悲鳴で溢れていた。



 3月の卒業式に「毎月最後の金曜日は必ず女子会をしよう」と言いだしたのは私含め5人の中で誰だったか、今はもう思い出せない。プレミアムフライデーの恩恵を受けていない私の都合に合わせて貰い、今日の集合時間もいつも通り19時半にいつも通りバーに入った。

「異世界転生って言うのかな、ネット小説ってだいたいそんな作品しかないよね? 恋愛ものは漫画アプリで探すか源氏物語読み返すかしかないわ」

 私は知らなかったのだが、世間では創作物を投稿するインターネットサイトが複数あるらしい。投稿している人も多く、そのようなサイトから実際にデビューした人物も多いらしい。

「卒論で源氏物語やったのに、もう読みたくないってならなかったの?」

「古典作品は不変の魅力があるよ! うちの上司たちにも何作か古典読ませたいわ」

 同期たちは元を取りたいと言ってハイペースでお酒を飲み、特急電車のように次々と仕事の愚痴と最近読んだ書籍の話をする(この手の例えは新幹線が使われるのが普通なのになぜ新幹線ではないかと言われたら、私が新幹線を見たことも乗ったこともないからである)。放映されているドラマや映画の話はなく、洋服や化粧も正直言えばダサい。お洒落な店内の他女性グループとは異質な空気を放っている。少なくとも両サイドの女性グループは、彼氏がどうとか好きなアイドルがどうとか、そんな話をしている。内容は分かるものの誰が口を開いているのかついていけない。会話に加わらず、とりあえず話を聞いて居る。

「自作するしかない。自分の性癖詰め込んで、私利私欲満たすしかない」

「やっぱそうなるかー」

「私アカウントもってる、上げてないけど」

「え。上げてよ読みたい!!」

「みんなでどっかのサイトのアカウント作ろうよ、自作したの読みあいっこしよ?」

 思わず飲んでいたお酒を吹き出しそうになる。お酒の勢いは怖い。4人がスマホを出し、どこのサイトが良いか話し合い、決まった1つのサイトへ登録を始めた。流れについて行けない。とりあえずスマホを出し、サイトのトップ画面を出したまま固まる。いつもそうだ。私は自分では何も決められない。周りに流され、行動力のある人間や頭の回転が速い人間の言うことに流されいる。両手に抱えたスマホは一定時間操作していないため暗くなる。このままじゃいけないと、慌てて雑記ノートを開き皆の会話のメモを取る。

「あんた流石、家帰ったらで良いからグループラインにそのメモ写真あげといて」


 

 翌日が土曜日ということもあり、私以外の4人はオールするぞと意気込んでカラオケに行くそうだ。いつも元気な4人と私は駅でわかれた。全然人が居ないのに酒の匂いが充満する電車内で、先ほどのノートを開き写真を送る。


 創作団体結成メモ

 ・アカウント名→今飲んでいるお酒の名前

 ・創作集団マドラースプーン

  団体SNSアカウント作成→作品を投稿したらSNSも更新

 ・ある程度の作品数になったら(早くて1年後?)人数分製本する

 ・次の女子会までに最低1作品あげること(小説、随筆、短歌、問わない)

 ・誰がどのアカウント名かは次の飲み会まで内緒


 家に帰ってスマホを確認すると、既にSNSアカウントが作成され更新していた。アカウントのIDとパスワードもメールで来ていた。シャワーを浴びたり着替えたりし、後は寝るだけという状態になってベットに潜り込む。だが、「明日は土曜日だから夜更かししてしまえ」という悪魔の囁きに負けた。寝る前にスマホを見るのは良くないと分かってはいるのだが、ソワソワする気持ちを抑えきれずにSNSのアカウントを開く。


「初めまして!

 創作集団マドラースプーンです。

 メンバーは全5名、皆社会人で創作に関しては初心者です。

 よろしくお願いいたします!!」


「この投稿より最後に呟いた者の名前を記入したいと思います。

 投稿ペースは5人様々だと思いますので、あたたかい目で見守って頂けたら幸いです。

 (カカオフィズ)」


「えっと、アカウントの管理も5名で行い、リーダーなども特に決めずに行いますので、ゆる~い団体です笑 (ギムレット)」


「ある程度の作品数が溜まったら形にしたいなぁと思っています……!

 色々なジャンルの創作に挑戦したいです (カシスソーダ)」


 更新は4つ。1人1投稿、という所だろうか。改行の位置などで個性が出るなとなんとなく思う。私も更新すべきかと思い文章作成画面を開いたが、自分は普段SNSで全く呟かないため何も思いつかない。諦めてアプリを閉じて眠りに入った。


 なんとなくの予測と考察

 ・投稿サイトのターゲットは10~30代、男女は不明

  →難しい言葉は避ける、漢字は気持ち少なめ

 ・投稿されている作品は異世界転生または異世界転移作品が多い

  →異世界物を投稿するなら個性がないと埋もれる

 ・短編よりは長編作品の方がファンがつきやすいらしい

  →土日に平日分をまとめて書いて月水金は予約投稿?

 ・通勤通学時間帯である7~9時、お昼休みの12~13時、自由時間になる16時以降が投稿数及び閲覧数が伸びる


 久々勉強机に向かい、その辺にあったルーズリーフを1枚取った。目覚まし時計よりも早く目が覚めた。ベットでじっとしているのが勿体ないと思った。これはある意味流行りの朝活なのかもしれない。服はジャージで起きた後のボサボサの髪という、家族以外には全く見せられない姿だが。女子会内では私利私欲を満たすために作品を投稿しようと話していたが、やるからには本気でやりたい。夢が叶うという訳ではない、でも、かつて夢見たことをやろうとしている。何もせず諦めていた舞台に立たせてもらえた。この機会を無駄にしたくない。なんとなくそう思った。考察から何を書くか思案していたらスマホの画面が光った。


「おはようございます、初投稿しました!

 私は1000~5000字程度の短編小説を中心に書いていきます。

 SNSアカウントは共同アカウントですが、投稿サイトのアカウントは個人個人で持っております。

 好きな作者だけフォローするということも可能です!! (カルーアミルク)」


 目覚まし時計に目をやると7時5分。先を越された、純粋に悔しいと思った。こんな気持ち、いつ以来だろう。……いや、初めてかもしれない。私も頑張ろう。スマホの画面を下にして机の隅へ置いた。ただ、私は、書く。

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