第56話 火種
その日の夜、アルベット家ではささやかながらも宴が行われていた。ディケダイン襲撃事件から今の今まで屋敷を修復したり、ウィンドドラゴンとの交易などアルベット家はかつてないほどの忙しさに見舞われていたりと祝いの一つもしていなかったのだ。
「これはすげえな……」
「随分と遅くなってしまったけど、お父さんとアリッサが無事に帰還したことと当家の資金難が解決したことを祝福したものらしいわ」
眼前に広がる数々の料理を見て目を輝かせるアリッサにリーシアは微笑む。
宴に出席しているのはアリッサパーティーだけでなく、久しぶりに顔を合わせた新垣たちや彩海のパーティーもおり、再会を果たした学生同士は、犬猿の仲である麗奈と彩海以外素直に五体満足で会えたことを喜びあっていた。新垣達はアリッサが別れる前よりも逞しく育っているようで、サンダードラゴンと戦闘したと聞いた時は冷や汗ものだったが、負けたことをバネにして相当な特訓をしているらしく、今度盾と弓のパーティーで模擬戦をするらしい。そして件のサンダードラゴンと言えば―――――
「…………」
「…………」
アザムと睨みあっていた。一触即発の雰囲気が漂う中でインドラは涼し気な顔で既に料理に手を伸ばしており、汚れた口元をはらはらしながら見ているバニラがタオルで拭いている。
マキナドラゴンのリニアもリリスにあれこれ教えて貰いながら料理を興味深そうに見ており、サンダードラゴンのディケリとウィンドドラゴンのアザムのやり取りが気になりつつもその視線は料理に注がれていた。
「おい角なし。貴様の話は聞いているぞ。なんでも嵐の海域を超えたそうだな?」
「あれは姉御の力があったからこそ超えられたんだ。間違っても俺一人の力じゃねえ」
それを聞いたディケリは額に手を当て声高く笑う。そう、初めからそんなことだろうと分かっていたかのように。アザムを馬鹿にするように笑った。だが、アザムはそれに激昂することもなくただ静かに相手の言葉を待つ。
「やはりお前は所詮角なしだ!それより聞いたぞ、何かの間違いだと思うのだが、お前ブラックドラゴンに挑むそうだな?」
「ああ、俺はいつかブラックドラゴンの族長に挑む」
「くはははは!!!!こいつは傑作だ!これを笑わずにいられるか!!最弱のウィンドドラゴンが!その角なしが!!あのブラックドラゴンの族長に挑むだと!?馬鹿も休み休みに言え!!」
「冗談じゃねえ。そのために俺は強くなる。姉御と旅をしてもっと強くなっていつかあいつを迎えに行くんだ」
「ウィンドドラゴンがいくら鍛えたところで変わらん。そもそも覚えているか?お前は我や他のドラゴン全員に敗北したことを」
「覚えているさ。だけど、過去なんざどうだっていい。いつまでも弱い過去を引きずって何になる?そんなものに足を引っ張られるわけにはいかねえんだ」
これほど挑発して一つも乗ってこないアザムにディケリは露骨に舌打ちをする。そう、アザムはもう同じカラードラゴンという土俵に立っていない。彼が目指す先はもっと遥か遠くの真竜と言う名の頂を見据えているのだ。
「ウチが見るにお前がアザム義兄さんに勝つ確率は低い。竜闘気を操れるようになってから出直せ」
そこへ今まで事の成り行きを見ていたリニアが肉をフォークで食いながら語る。
「ああ?てめえ、我がこの角なしに負けるってのか!?」
「そうだと言っている。アザム義兄さんは既にウィンドドラゴンのカテゴリーに属していない。義兄さんは秘術である竜闘気に目覚め、インドラ様、ケツァルコアトル様、古代竜ファフニールのオーラを浴びて新たな道筋が生まれた。お前が勝つ未来など存在しない」
そもそも、とリニアは続ける。
「曲がりなりにもアザム義兄さんはウチに勝った。そのウチが言っているんだ。お前は100%アザム義兄さんに勝てない。もう一度言う――――竜闘気を練れるようになってから出直せ、青二才」
再度同じ言葉を繰り返すリニアを改めて見ると少し怒っている様子だった。目覚めて何も知らない世界へ放り出されたところで、親身になって接してくれたアザムにリニアは恩義を感じていたのだ。それを目の前で馬鹿にされて怒らない方が無理はないだろう。
「おっ――――――」
女風情が、と口を開けようとしたところでリニアが凄まじい竜圧がディケリに向けて解き放たれ、ディケリは呼吸を忘れてその場に膝をつく。
「リニア、やめてあげてくれ」
「ふん――――」
アザムに言われ渋々竜圧を開放したリニアは中断していた食事を再開した。アザムに庇われた、その事実がディケリの琴線に触れ、彼の怒りが爆発した。
「くそが―――!!くそがくそが!!くそったれが!!!我が角なしより弱いだと!?ありえん!!ありえない!!!我は強い!!強いはずだ!!―――――おい!!!角なし!!」
「なんだ」
「我と決闘しろ!!!」
怒りで震えるディケリは立ち上がると稲妻を迸らせアザムを指さす。アザムも断る理由などなく、その決闘を受けようとしたところでインドラが遂に口を開く。
「やめよ」
「―――――!?」
「………」
「ここはどこだ?ここはお前らの里か?」
「い、いえ――――」
つまらそうに、面倒くさそうに語るインドラに対してディケリは怒りなどどこかに吹っ飛んで行ってしまったかのように額に脂汗を浮かべて再び膝をついた。
「貴様らが暴れれば人の国など一瞬で塵になってしまうだろう。それすら分からぬ愚か者ではないだろうな?」
「……っ!!」
「以前は知らんが、リニアの言う通りお前では今のアザムに勝てぬよ」
さっさと結果を述べたインドラはバニラにゴードン氏が作るお菓子を持ってくるよう指示を出し、表情を緩ませて甘味に現を抜かすのであった。
「くそ――――!!!」
自身すら焦がしてしまいそうな怒りが再び立ち込め、ディケリは握り拳を作ると無言でアザムの前から立ち去り、部屋を出て行った。
「ディケリ……」
「別に童は争うな、とは言っておらん。奴とはいつか決着をつけてやれ」
「もちろんです。ですが、今は」
「ああ、時期尚早だ。ここではなく、もっとお前たちの相応しい場所があるだろう」
「はい……その時まで腕を磨きましょう」
一体全体どうなるかと部屋の全員が固唾を呑んで見守っていたが、事態はインドラの一言によって収束した。
しかし、その怒りの炎が消えることはなく、彼の奥底に残り続けることを今のアリッサ達が知る由もない。
翌朝アリッサが重役出勤をかまして欠伸をしながら食堂を訪れると、神妙な表情をした学生達がいた。
一体何が起こったのか聞く前にアリッサはエウロの話を思い出し、どうやら昨晩夢の世界で最高神から話があったのだと予測する。
さて、どう話しかけたらと思っているとアリッサに気付いた新垣が声をあげる。
「あ、おはようござい――――というには既に遅い時間ですね」
「馬車での長旅だったからな。ふかふかのベッドは久々なんだ」
と、まともな時間に起きたことが一度もないアリッサが息を吐くように嘘をついて新垣達を騙せたところで彰が話を切り出す。
「実は夕べ僕達学生全員が神様に呼び出されたんですよ」
「ほう……全員ってのはやんごとなき事情があるっぽいな」
「なんか遂に来ちゃったって感じよね~」
「そうだね……」
面倒くさそうにしている彩海と深刻そうな表情を浮かべるつぐみにアリッサは自分の予測が当たっていたことを確信する。
「アリッサ先輩、この世界に邪神の災いが降りかかろうとしているそうです。来たるべき日のために鍛えて来たのはこのためだったんですね」
「ああ、腕が鳴るな」
「ガッキーが勝手にやる気になってんのはいいけどさ~。な~んであたしらも戦わないといけないわけ?将も林たちもな~んか怪しい雰囲気になってたし、これ勝てんの?」
「そ、それは……た、確かになんか将くんも林くんも様子おかしかったよね」
「わたしの目で見た時は……何もなかったと思う……でも、あのギラギラしたような目つきは……」
「うちのパパに頭へこへこしてる議員連中によく似てるって感じ。野心丸出しで下心も隠せてない、みたいな?」
と、アリッサの予想通りの答えが返ってきたが、盾の勇者パーティーとは打って変わって弓のパーティーはあまり乗り気ではないようだ。まぁもっともな意見ではあるし、なにせ彩海達はこの世界に来て1年も経っていないのである。戦う覚悟もできてないのだろう。
それは仕方ないとして剣の勇者の将と槍の勇者の林がおかしなことになっているとはどういうことだろうか。
「オレの情報にある直近の剣の勇者パーティーは奴隷エルフを仲間にしたらしいけど、それは知ってる?」
「はぁ!?将ってば奴隷を仲間にしたの!?それもエルフって……彰なんか言ってなかったっけ?」
「エルフは基本的に閉鎖的な種族でまず奴隷落ちすることはないって話?」
「そう!それ!だから、もし奴隷エルフがいてもすっごい高値で取引されてるって」
「彰君……どうしてそんなに詳しいの?」
「あ、新垣?ち、違うぞ?す、すこーし!興味が出ただけで――――ってナナリーさん違いますよ!!ぼ、僕は!!」
彩海に聞かれた瞬間それはもう流暢に話し出した彰に新垣が若干引いた様子で見ており、ナナリーに至っては露骨に不機嫌になっていた。
「まぁ彰のことは一旦捨て置いて、彰の言ったことは正しい。まずエルフ自体某戦闘民族のように馬鹿みたいに強いから間違っても奴隷落ちになることはない。たとえなったとしてもまず一般の冒険者が買えるような値段ではないし、売ってくれることすら叶わないはず。だから、今オレの情報網で調べさせているんだが……」
「それについては私から」
そしてそこへ同じく寝起きのインドラを食堂に連れて来たバニラがやってきた。
「剣の勇者パーティーは現在奴隷国家――――通称奉仕国家スレイティーズに身を置いているそうです」
「ん、ああ、レイラが言っていた奴隷王案件ってやつか」
「ええ、そこで剣の勇者パーティーは奴隷王に国賓として迎えられているそうで………――――」
ちらりと学生達を見て言葉を選ぶバニラにアリッサは首を振る。
「その反応で粗方分かったよ。どうせ毎晩奴隷たちをとっかえひっかえ楽しんでいるんだろ?」
あっけらかんと言い放ったアリッサの言葉にバニラが肯定を示すと学生達の表情が険しくなる。特に女性陣が冷ややかな空気を纏っており、これには新垣や武人や彰も恐れるほどである。
「あそこの国も聖王国同様に腐っているからなぁ……お前らも近づくんじゃないぞ?入ったら最後、二度と出られねえと思った方がいい。あそこは人間の三大欲求をもろに刺激してくる国だからな」
「奉仕国家とはまた大層な名前がついているんだな」
「もともとは何もなかった荒野だったんだぜ?それをある傭兵がならず者をまとめ上げて一つの国家を作ったんだ。それがまさかあんな秩序もくそもねえ国が今の今まで残るとは思わなかったけど」
「アリッサ先輩は行ったことあるんですか?」
彰の質問にどう答えるか悩んでいるとジェニファを連れたリーシアが食堂にやってくる。
「アリッサいた―――って皆食堂で集まって何しているの?」
「オレは今起きて来たから飯食ってただけだけど」
「相変わらずだらしない生活しているのね……まぁいいわ。アリッサ、今から王城に行くわよ」
「はぁ!?え?今!?」
「今からよ、ラクーシャ様がアンタのこと待ってるんだから」
「ああ……ラクーシャ様か。バジェスト王かと思って身構えちまったぜ……」
「バジェスト王だったら何時間も前に叩き起こしていたところよ。ほら、バニラ。この人身だしなみとか皆無だから整えてきて」
「かしこまりました。では、インドラ様。しばしアリッサ様の身だしなみを整えてきます」
「うむ。童はゴードンとやらのお菓子が気に入ったのでな。プリンを食べて待っているとしよう」
最近自分の傍よりインドラの傍付きメイドと化しているバニラに若干の違和感を覚えながらもアリッサは遅い朝食を食べる暇もなく食堂から連れていかれるのであった。
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