第2話

ぼくと彼女は同じ小学校、中学校に進み、そこでもあまり何も変わらない、今まで通りの日々を過ごした。

そのどちらでも彼女はその性格から大多数の人に嫌われ、彼女に下僕のように従う僕もまた、嫌われるところとなった。

気に食わないことは気に食わないといい、嫌いな人には嫌いだと面を向かって言った。そんなことをすれば孤立するのは当然だった。


変わったことといえば、小学校高学年くらいになると、彼女が砂浜を走り回らなったこと、黒い肌が白くなったこと、そしてぼくたちの身長が伸びたことくらいだった。


どうして走らなくなったのかと訊ねると、

「成長ってそういうものでしょ」と分かったような分からないようなことを答えた。


もっとも、成長するにつれて、彼女の身体はより脆くなり、日中でも身体を崩し、中学校三年生の頃にはほとんど学校には来なくなった。


依然として彼女は僕に命令をしたが、それは、日を重ねるごとに大したことのないものになっていった。


彼女は高校にはいかなかった。高校に入る頃には、ぼくらの住む町から2時間ほどの場所にある病院が彼女の過ごす場所となった。ぼくは高校に行った。


ぼくは今にして思えば、彼女がそばにいなくなったことによって、青春というやつを謳歌していた。

初めて友達らしいものができたし、高校生活の最初の方は楽しかった。ほとんど、夏がいたことなんか忘れて、高校生活を楽しんだ。


きっと、彼女から病院に来いという命令があったとしても、ぼくはいかなかっただろう。彼女の命令には従うという誓いすら忘れていた。


夏になった、旅行客の子どもが1人、砂浜を走り回っていた。夏を思い出したぼくはなんだか悪いことをしている気がした。

そんな時、母親が、見舞いに行けとぼくに行った。

遠いし、夏休みの予定もたくさんあったので、ぼくは行きたくなかったが、母親がしつこくいうので分かったとだけ言って、結局夏休みには行かなかった。


秋になった、秋になると夏は死んだ。

死ぬ前に母親に無理やり連れられて病院に彼女に会いに行けたのは、ぼくの不幸だった。


病院特有のやけに白い景色の、薬品の匂いがする廊下を歩いて彼女の病室まで行った。

正直言って、かなり会いたくなかったが、母親は有無を言わさず扉をあけた。

ぼくはどんな罵詈雑言が飛んでくるかと恐れていたが、思いのほか、彼女は嬉しそうにしていた。


彼女の部屋は個室で、ぼくの部屋よりもいい部屋に住んでいた。トイレがあり、シャワーもあった。

枕元には黄色い花が置いてあったが、名前なんてもちろん知らない。

最後に見た時より数段白くなった肌と長くなった黒い髪。大きな黒い目。端的に言って彼女は綺麗だった。ぼくは病気の女の子以上に綺麗なものなんてないんじゃないかと思った。


彼女のベッドの横には夏の母親、つまりぼくのおばが座っていて、ぼくの母親と何か喋っていた。おばさんもおばさんで、前より痩せているように見えた。


おばさんと母親はお茶をしてくると言って病室を出て行った。


「久しぶり」と彼女は言った。

ぼくも適当に返した。

「ねぇ、高校生活はどう?」と彼女はぼくに聞いた。

それからぼくは自分の高校生活について色々と喋った。友達ができたことや、中学校との授業の違いなど様々なことを喋った。そのどれもを夏は興味深そうに聞いた。

彼女が話を聴いているのは、結構珍しいことだった。散々ぼくの話を聴いた後、


「私、チャックノリスをボコボコにするわ」と言った。

意味がわからなかった。どうして? とぼくは尋ねた。


「私の青春を取り戻すためよ。だってチャックノリスは最強だから」と言った。

意味がわからなかった。


「君も手伝うんだよ」

と宣告を受けたぼくは、断固拒否した。


チャックノリスと戦うなんて自殺行為だ。いやそれ以下だ。


彼女は食い下がり、

「チャックノリスをボコボコにできたら、結婚してあげてもいいよ」

と言った。


ぼくは、いとこ同士じゃ無理だと言った。


「日本ではいとこでも結婚できるのよ」

と彼女は知識をひけらかした。


そんなことはどうでもよくて、ただただ、ぼくはチャックノリスと戦いたくなかった。


しばらく、話し合いは平行線を辿ったが、最後に彼女が折れた。


「ごめんなさい、私、入院生活が長くて変になっちゃったのかも。チャックノリスを倒すならまだしも、ボコボコにするなんてどうかしてた。」

と謝ってきた。


彼女が謝る方が変なのだけれど、なんとなく昔に戻ったみたいなやり取りにぼくは少し郷愁を感じた。


そのうち母親とおばさんが帰ってきて、その日はそれでお暇した。


そして、彼女は、その夜に高熱を出して死んだ。


最後の言葉は、「チャックノリス……」だったとぼくは聞いている。


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