第22話 芹沢 美水希とペットショップ

 ペットショップ。

 それは疲れた心を癒すオアシス的な存在。

 ストレス社会の日本で、打ちひしがれた心身をリセットするために訪れる人は少なくないだろう。

 というのは大袈裟すぎるけど。実際、多くの赤ちゃん動物に囲まれて癒されまくっている人がいる。


「この子すっごくかわいいー!!」


 子猫と子猫と子猫のじゃれつく姿に骨抜きにされた芹沢さんが興奮気味にはしゃいでいる。


「うん、そうだね。可愛いね(子猫にはしゃぐ芹沢さんが!!)」


 芹沢さんは腕をぶんぶん振り上げて悶えるように〝ぎゅー〟と瞳を閉じ、如何いかに可愛いかを熱弁する。


「ちっちゃな耳を甘噛みし合ってる無邪気なところとか堪らないよ。あのぷにっとした肉球とかふにふにしたいよー」


 水着と部で使う消耗品なんかの買い物が終わった俺たちは、ショッピングモールにあるお店をいろいろ見て回っていた。

 もうここまでくると立派なデートだろうと思うけど、


「絶対にデートじゃないんだから。勘違いしちゃダメだよ!」


 と、その都度俺の考えを修正してくる。

 どこまでいこうと、今日の趣旨は罰であってデートなどという甘ったるいお出かけではないらしい。

 そういえば。なんで俺は罰を受ける事になったんだっけ?

 正直、今となってはどうでもいいことである。


「こっちで眠ってる子猫なんて、なんだか授業中に居眠りしてる芹沢さんみたい」


「な、な、なにいってるのかな!?」


 純粋にそう感じただけなんだけど、芹沢さんは顔真っ赤にして否定する。


「そもそも、なんで私の寝顔なのかな? もしかして、私が眠ってるところをじっと見たころあるの?」


「う、それはその……」


  ちょっぴり悪戯っぽい笑みを浮かべて、仕返しとばかりにそう切り返してくる芹沢さん。

 思わず言葉が詰まってしまう。

 やり込められるのは悔しい。


「そ、そりゃあ気になるよ。しょっちゅう授業中に居眠りしてたら疲れてるのかな? て心配になるでしょ?」


「私そんなに居眠りしないし! きみの勘違いじゃないかな?」


 その言い分は無理があるのではないでしょうか芹沢さん?


「いやいや、勘違いって……。心配で俺が何度起こしてあげようと思ったか」


「ん~でも、私きみに起こしてもらったこと無いかな……」


「あーそうかも。あんまり気持ちよさそうに眠ってるから邪魔しちゃいけないと思っちゃうんだよね」


 眠ってる時のあのあどけない顔をいつまでも見ていたいから、気が付けば彼女を起こしてあげるのを忘れてしまうとは流石に言えなかった。


「そんなこと言うならさ。この子犬の寝顔なんてきみにそっくりだよ」


 芹沢さんの指す先には気持ちよさそうに眠っている柴犬がいた。


「俺こんなに可愛くないよ!?」


「ん~。そうかな? 結構かわいいと思うよ」


「か、かわいい!?」


 びっくりして妙な声をあげてしまった。


「あはははは、そうそう。きみも寝てるときはちっちゃな男の子みたいでかわいいの」


 なんだこれ? どんな意趣返しだ?

 その寝顔がかわいいって、褒められてるのか?

 んんん、よくわからない。けど、一つだけはっきりしていることがある。


「ていうか、俺は学校の授業中には居眠りしないんだよ」


「ん? そうだね」


 不思議そうに小首をかしげる芹沢さん。

 彼女が言う俺の寝顔とはいつ見たものなのか?


「俺って芹沢さんの前で寝ちゃったことあったっけ?」


 そういった瞬間、あからさまに焦りを見せ始める芹沢さん。

 口がわなわなと震えて、視線をせわしなく泳がせている。

 あー、これは口を滑らせたに違いない。

 一体いつどこでなのかは分からないけど、俺は芹沢さんに寝ているところを見られているらしい。

 そう思うと、急に恥ずかしさを感じはじめた。

 顔が赤くなってるのが分かるぐらいに熱くなってくる。

 な、なるほど。

 たしかに、異性に寝顔を見られるのってこそばゆくって恥ずかしいな。


「その、なんかごめん。寝てるところをに見られるのって確かに恥ずかしいかも」


「えっ!?」


 あっ!

 と思った時には遅かった。

 俺も変な風に口を滑らせてしまった。


「それってどういう意味?」


 芹沢さんはびっくりしたような、それでいてどこか嬉しそうに聞き返してくる。

 うう、そんなねだる様な顔してくるなんて卑怯だ。

 可愛いだろ!!


「そ、それよりさー。あっちのチンアナゴ見に行こう!」


 大げさに声を出して、こんなので誤魔化すのはあまりに苦しすぎるけど。

 いまはまだを口にする勇気はない。

 すたすたと足早に場所を移動する。


「あーねえ! ちゃんと答えてよ!!」


 ぷすー、と膨れてついてくる芹沢さんには悪いけど、この話の続きはもう少し先にして欲しい。


「もう、意気地なし……」


 俺には聞き取れない声で何かを言っていたが、無理にどういう意味かを聞き出そうとはしてこない。

 そんな芹沢さんに感謝しながら、いつか堂々と想いを伝えられたら……。

 そうして、俺は必死に動物達の可愛さをうそぶいて、お茶を濁すことに躍起やっきになるのだった。

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