第20話 芹沢 美水希と水着

 大型ショッピングモールにあるスポーツ用品店。

 現在、俺はその競泳水着コーナーの真っ只中にいた。

 もちろん俺には無用のものであって、芹沢さんが部活で使用する水着を選んでいるのである。


「太ったんじゃないからね……。いままでの水着が入らないのは、背が大きくなっただけだから……」


 芹沢さんは水着を選びながら言い訳っぽく呟く。


「へー、芹沢さんはまだまだ成長期ってやつなんだね」


「そうなんだよね。背ばっかり大きくなって……」


 困り顔の芹沢さんは……まあ、自分の胸辺りに手を当てて悩ましい仕草をとる。

 見てはいけないものを見てしまったような気がして、目線をそらす俺。

 無意識でそこに手がいってしまったのか、慌てて取り繕う芹沢さん。


「も、もちろん、水泳で強くなるために背が伸びることは喜ぶべきだと思うんだけどね」


 あはは、と笑う芹沢さんは次々水着を手に取っていく。


「実際見ただけじゃあわからない事ってあるからさ」


 どうやら試着をしてから決めるらしい。

 そりゃあまあ、そうだよな。と納得して気が付く。

 それは芹沢さんが試着した水着姿を拝めるということか!


「素材や機能性も大切だけど、やっぱりデザインがよくなくっちゃ」


「そうだね。競泳水着ってカッコいいイメージあったけど、それだけじゃなくって……」


 と、言葉が詰まってしまった。

 そう。たしかに凝ったデザインの物が最近は多いようで選ぶ楽しさもある。

 だけど、これは――背中が開きすぎて紐みたいになってる……。

 こっちは、隠すべき場所の面積が際どくって……普通に着たら喰いこむんじゃないか?


 そして、当然そんな際どいデザインの水着を選んだ芹沢さんの姿を想像してしまうわけで。


「ちょっと~またエッチなこと考えてるんじゃないでしょうね?」


 眼光鋭く睨んでくる芹沢さん。

 目力が凄いだけにちょっと怖い。


「ぜんぜん。ほんと全然。まったく」


 ここは穏便に済ますためにも全力で否定しなくてはいけない。

 だけど、ぶんぶん首をふる俺に納得がいかないのか芹沢さんは眉をひそめる。


「なんか全力で否定されるのも傷つくよ」


 ええ~、どうすればいいの?

 そうです、っていえば絶対怒ると思う。じゃあ……。

 エッチなこと考えてた……わけではなくって、


「これなんか芹沢さんに似合うんじゃないかなって思って」


 俺はさっき見ていた水着の中から幾つか手にとって芹沢さんに渡した。

 すると、柔らかい表情になった芹沢さんは〝うんうん〟と頷く。


「ふ~ん。きみはこういうのがいいんだ」


 それからサイズを確かめた芹沢さんは試着室へと移動した。


「似合うか似合わないか着てみなくっちゃわからないよね」


 といって試着室の中に消えていった芹沢さん。

 まさか、こういう展開になるとは思わなかった俺はテンパった。

 やばい~。似合うからっていう褒め言葉でその場を有耶無耶にするつもりが、芹沢さん満更でもなかったのか試着しにいっちゃった。

 それもよりにもよって競泳水着としてはかなり攻めたデザインのものを選んでしまった。

 や、たしかにその水着を着た彼女を見れるのは嬉しいけど……心の準備ができてません。


 売り場で頭抱えてうなってる俺はさぞ、まわりには滑稽に見えるに違いない。

 恥ずかしくなってきたけど、でも、水着姿の芹沢さんを見れるチャンス。

 プールで見る水着と、日常空間で見る水着はなんともいえない背徳感を煽る気がするのだ。

 でも、下心まるだしの俺に幻滅するのではないか? と不安になる。

 でもでも、芹沢さんも乗り気だったじゃない!

 そんな心の葛藤がわちゃわちゃとうるさくって俺を馬鹿にしてしまう。


「どうかな? なんか窮屈な感じがするんだけど……似合うかな?」


 カーテンを開いた試着室の中から水着に着替えた芹沢さんが腕を交差させて出てくる。

 たぶん、恥ずかしさをそれで隠しているつもりなのだろうけど……。

 いろいろと隠しきれていない部分が多くて逆に扇情的だ。


 ってー!? 競泳水着に対して劣情を抱いてどうする!

 いやでもね。


「すごく、似合ってると思う……」


 もうその姿に見蕩れて自然と言葉が口から出ていた。

 頬を染める芹沢さんも笑顔になっている。


「そ、そうかな。でもね、この水着ちょっとお尻がきついと思うの」


 と、お尻に手をあてて背を向ける。


 


 眼福です。

 背中がオープンでほとんどヒモみたいなワンピース型の水着は、スタイルのいい芹沢さんに良く似合う。

 健康的な背筋。凄くいい。

 お尻は布面積の少ないせいできつく感じるのかな? でも、これってそういうデザインなんだと思う。

 うう、頭の中でお尻お尻うるさい……。

 芹沢さんが綺麗なんだから仕方ないだろ!


「あんまりじろじろみないで、恥ずかしいよ」


 そう言ってカーテンを閉めた芹沢さん。

 見なくっちゃ褒められない! でも、絶対に似合うのは確信している。

 押せば恥じらい、引けば不満気になる芹沢さんは、分かりやすくって可愛いと思う。


「つぎはこれかな。あんまり白ってみないけど、うん。ぴったり身体にフィットするし泳ぎやすそう」


 お次に召しました水着は白のワンピース型。

 さっきみたいに際どいデザインじゃないけど、褐色の肌と白の競泳水着。

 この組み合わせは正義ジャスティスとしか言いようがない。

 白、故に身体のラインが際限なく表れる。

 芹沢さんの美しいボディーラインが筒抜けで、けしからいい!!


「すっげーいいです。最高だと思います!!」


 絶賛する俺に対してうつむく事しかできなくなる芹沢さん。

 見なくてもわかる。彼女の顔は今、真っ赤に燃えている。


「もう、そんなに大きな声出さないでさっきから恥ずかしいよ」


 手で顔を覆う芹沢さん。試着室に率先して入っていったはいいものの、いざ試着してみると競泳水着なのかと見紛う代物ばかりだったことに今更気付いたらしい。

 俺もそれは不思議に思っていたけど、芹沢さんに着て貰いたいって思って選んだ水着だから、恥ずかしながらも着てくれるのが嬉しい。


「競泳水着ってどんなものがあるのかよく分からないけど、その白い水着は凄く似合ってると思う。芹沢さんだからなのかもしれない」


「もう、そんなに褒めたってなにもないよ!」


 しゃっ、とカーテンを閉めて芹沢さんは残る一つの水着の試着に移った。

 ごそごそと衣擦れする音がやけに大きく聞こえるのは、気のせいだ気のせい。

 うう、最初は水着姿の芹沢さんを見れるって純粋に喜んでたけど。

 段々俺も恥ずかしいというか、緊張してきた。

 この着替えを待つ時間が。となりで芹沢さんが着替えてるって想像すると。

 悶々とした頭で待っていると、やがて芹沢さんがカーテンを開けて出てきた。


「ど、どうかな?」


 最後に選んだのはセパレート型の競泳水着。

 白いラインで縁取られた濃紺の水着に包まれた芹沢さんは本日最大級に顔を赤く染めていた。

 腕も脚もぎりぎりまで露出して、セパレートだからお腹が丸見え。

 そこだけ日焼けをしていないから真っ白いお腹が丸見え。

 鍛えられたお腹はうっすらと割れていて、でも、筋肉質ではなくってしなやかな感じがする。


「お腹ばかり見ないで……」


 まるで、泡のように消えてなくなってしまいそうなか細い声を出してお腹を隠す芹沢さん。


「その……よく似合ってます」


 お互い恥ずかしさと嬉しさ(?)で赤面してうつむいてもじもじして、もどかしい時間が流れる。


「さっきからどれも〝似合ってる〟だけしか言わないんだから」


「だって、それは本当のことだし。言葉だけじゃ伝わらないって言うか……」


 そうしてまた、二人して黙り込んで気まずい時間。だけど、嫌な感じはしなくっていつまでも浸かっていたいような心地よさを感じる。


「あの? 試着したいんで終わったなら空けてもらえませんか?」


 いつまでたっても試着室を空けない俺たちに業を煮やしたのか試着待ちのお客さんに怒られてしまった。

 慌ててそこをどく俺たちに、小さな声で〝リア充爆発~〟と呟いていたのは聞かなかったことにしよう。


「それじゃあ、私これお会計してきちゃうから」


「えっ? それ全部買うの?」


「ん? だって似合ってるんでしょ?」


 小悪魔的な笑みを浮かべる芹沢さんはどこか楽しそうにレジへと向かった。

 うう、あんな笑顔卑怯じゃないか。可愛すぎか!


 俺は芹沢さんが会計を済ませる間、店内を見てまわっていた。

 改めて競泳水着コーナーを見ているとこんな張り紙を見つけた。


『コスプレ用競泳水着取り扱ってます』


 ……。

 ちょっと思考が停止した。

 つまりあれか? これだけの品揃えがあるのは。

 そういうのも混ざってるってこと?

 このことは俺の中だけにとどめておこうと会計の済んだ芹沢さんのもとへ急いだ。

 何はともあれいいものが見れたのだから。

 グッジョブなお店に感謝する俺であった。

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