第11話 芹沢さんの妹・夏杜希

 昨夜のこと……ん~、なんかあったような。

 ああ! しましま。

 うん。あれはいいものだ。

 芹沢さんの……。


――。――。――。


「あーちゃんあーちゃん! 朝だよー。起きて起きてー!!!」


 ゆっさゆっさと身体がすられる。

 柔らかで、温かい感触がお腹の上にある。


「起きるんだよー! あーちゃん!!」


 澄んだ綺麗な声。だけど、うるさい。

 とても騒がしい。

 いま、何時だ?


「朝だよ。六時半だよ。寝坊だよ。あーちゃん!」


 六時半……早朝じゃねーか。めちゃくちゃはえーじゃねーか。

 まだ眠い。というか、まだ起きる時間じゃない。


 柔らかいなにか……手で確かめる。


「――きゃっ!!」


 ふにふに。あたたかい。さわり心地。心地いい。ふにふに。やわい。

 すべすべ。気持ちいい。


「やだ~ちょっと……だめだって。あ~ちゃん~」


 ベシッ、額をしたたか打たれる。


「て~……」


 目が覚めた。

 朝。六時半。

 俺のお腹の上に馬乗りになった少女がいる。


「重いから……」


「わたし重くないよー」


 セーラー服姿の少女は頬を膨らませて抗議してくる。


「お腹の上でドシドシしないで……」


 うめく俺を無視して少女は、お腹の上で暴れる。


「わたしは重くない! しなさい!」


 スカートで。それも男の人の上に乗っかるのは良くない。

 まずいと思う。

 その、白くて滑らかな太腿が。こんのソックスとのコントラストが。健康的だけど、なまめかしくもある。


「わかった。起きるから……。とりあえず、どいてくれるかな?」


「まったく。あーちゃんはホントお寝坊さんなんだから」


 よいしょ、と上から降りた少女はくりくりとした瞳で顔を覗き込んでくる。

 その……、どうしようもない子供を見るような目で見つめないで欲しい。

 恥ずかしい。高校生にもなって、中学生の女の子に起こされることが、たまらなく恥ずかしい。


 芹沢夏杜希せりざわかずきは芹沢さんの妹だ。

 春から中学校に通うようになった三つ年下の女の子。

 女の子という表現がいかにも似合う容姿で、一言で言うならツインテールだ。

 小柄で色白だが活発で元気っ娘だ。

 くもりなきまなこといえばいいのか、澄んだ瞳をしているものだからじっと見つめられると嘘がつけなくなってしまう。


「みずねーはもう学校言ったよ」


「それは朝練があるからでしょ」


「そだね。つきねーはまだ寝てるけどな」


「じゃあ、俺じゃなくて颯希ねーちゃんを先に起こせばいいだろ?」


「? だって、つきねーの部屋きたないんだもん……」


 姉の部屋に入るのは絶対に嫌だ! とばかりに目が×印になっている。

 妹に女子力を下げられているぞ颯希ねーちゃん……。


「だいたいわざわざうちに上がってまで、俺のことを起こさなくても寝坊なんてしないぞ」


「でも、わたしにおこされるのは悪い気しないでしょ?」


 こてん、と小首をかしげる夏杜希。

 コケッティッシュな仕草に思わずドキッとする。

 計算でやってないあたり性質が悪い。


「そりゃあ、まあ。そうだな」


「そうだろ!」


 しかし、時間を考えて欲しいところではある。まあ、朝早く起きると健康的ではあるけど。


「ところでところで。どうかな?」


 夏杜希はくるりと一回転してみせる。

 ひらりと舞うスカートがめくれそうであぶない。

 前方に振り返ってから、にこりと輝かしい笑顔を浮かべる。


「あー、ああ。今日も似合ってるよ」


「似合ってる?」


「はあ……夏杜希は今日も可愛いな」


「きゃは! ありがとあーちゃん!!」


 このくだりすでに何度やったかもう覚えていない。


「それじゃあーちゃんまた後でねー」


 セーラ服姿を褒められた夏杜希は満足したのか、とたとたと俺の部屋から駆け出していった。

 開けっ放しの扉。ボーっとした頭であまり思考が働かない。

 まったくなんだと言うのだ……。

 毎朝この言葉を聞くためだけに、俺を起こしにくるのかと思うと健気というよりアホのなのではと心配になってくる。


 ……。


 どうしよう。早く起きてもする事ないんだよな。


 ……。


 よし。もう少し寝よ。

 設定してある目覚ましのアラームがなるまで二度寝をする事にした。

 俺の一日が始まるのはもう少しあとでいい、そう思って布団に包まることにした。

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