第8話 芹沢さんと俺

 俺と芹沢さんは幼馴染だ。

 かなり幼い頃、今の家に引っ越してきて、隣りが芹沢さんの住む家だった。

 それから小学校を卒業するまでは家が隣り同士ということもあって、かなり近しい関係だったと思う。


 しかし、


 水泳の才能を高く評価された芹沢さんは寮制のある中学校へ入学した。

 俺は地元の中学に入学し、芹沢さんとは離ればなれになってしまった。

 それからの三年間、彼女と会う機会はほとんどなく高校へと進学した。


 そしてこの春、入学式で芹沢さんと再会したときはとても驚いた。

 それとともにすごく嬉しくもあった。


「久しぶりだね。これからはまた一緒の学校に通えるね」


 三年ぶりに再会した芹沢さんはとても大人びた雰囲気をまとっていた。

 その時の笑顔は印象的でよく覚えている。

 はじけるような笑顔を浮かべていた小学生の頃とは違って、落ち着いた優しい眼差しで微笑ほほえんでいた。


〝ドキリ〟と心臓を鷲掴わしづかみにされたように胸が熱くなった。


 背が伸びて手足がすらりと長い。日に焼けた肌。少女だったあどけなさは抜け、より中性的に整った顔立ちからは女性としての魅力を感じた。


「久しぶりだね。みず……芹沢さん」


 たぶん異性として意識したのはその瞬間だったのだと思う。

 今まで『美水希みずきちゃん』と呼んでいたのに気恥ずかしくって『芹沢せりざわさん』と呼んでしまった。

 このとき素直に名前で呼べてたら、その後も普通に名前で呼べてたと思うんだけど……。

 少しだけ後悔している。


「高校はね、付属の学校にそのまま進むんじゃなくて、自分の決めたところに進みたいって思ったんだ」


 期待された水泳の道を進むのではなく、本当に自分がのぞんだ道を進みたかった。

 そう彼女は言った。

 決められた道を進むのって楽じゃないかな、とか思ってしまう俺にはその決断がどれだけ凄いことなのか分からないけど、なんだかそう言う芹沢さんは輝いて見えた。


「これから三年間よろしくね」


 桜の花びらがはらはらと降りそそぐ高校の正門前で、俺は芹沢さんと再会したのだった。


 φ


 そんな春の入学式のことを思い出して、照れくさい気分になってしまった。

 やっぱり、いつまでも『芹沢さん』って呼ぶのはな~、とか考えながら俺は自室の扉を開けた。


「いっしょに帰宅とはこれまた仲がいい事で~♪」


 にやにやと嫌らしい笑みを浮かべて待ち受けていたのは――


「ちょっ、颯希さつきねーちゃん! 勝手に人の部屋に入るなよ!!」


 すっかりくつろいだ姿勢のその人はけらけらと笑う。


「固いこと言わないのー。あたしとゆうくんの仲じゃないの」


 彼女は芹沢颯希せりざわさつき

 そう、芹沢さんの姉であった。

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