星のトリロジー

川口健伍

第1話 ショット・ザ・スター

 赤沼稜太あかぬまりょうたが大荷物を背負って放課後、学校の屋上にあがると、そこには先客がいた。見知った顔だった。

 小貫理紗子こぬきりさこ。クラスメイトだ。小柄で、クラスの一軍グループでマスコットのように「リサちゃん」と呼ばれている女の子だった。かわいい女の子だったので、稜太は当然のごとくまともな会話をしたことなどなかった。稜太は女の子の顔をちゃんと見ることができないのだ。

 腹ばいになって理紗子は、まるで優秀な狙撃手のように、望遠レンズのついたカメラをグラウンドに向けていた。パンツが見えそうだった。

「ここ、立入禁止なんだけど」

 稜太は恐る恐る言った。

「それにその格好、危ないよ。その、なんかいろいろ」

 彼女は無視したまま、カメラを構えている。

「狙い撃つ、かぁ」

 稜太はほっとしたように「注意はしたから」と一方的につぶやいて、所定の位置まで移動すると背中の荷物をおろし、担いでいた長いケースを開けた。

「それ、なに?」

 不意に話しかけられて、稜太は飛び上がって振り向いた。

 理紗子が両手で支えるようにカメラを持って後ろにいた。

「てゆーか、赤沼だって入ってんじゃん、ここ」

「きょ、」

 稜太は息を整え彼女の顔をちらっと見てから、慌ててあらぬ方向へ視線を逸らして言った。

「許可をもらってるから」

「わたしだってもらってる」

 と理紗子は丁寧に折り目のついた書類を、稜太の眼前に掲げてみせた。

「わたし、こう見えても写真部だから。運動部の活動を、ね」

「そ、そうなんだ」と稜太は会話もそこそこに作業に戻った。

 稜太はカバンのジッパーを引き、筒状のパーツを手慣れた様子で取り出す。

「で、それ、なに?」

 稜太は驚いたように振り向いた。

 理紗子がいる。興味を持ってもらったことと、さっきのイメージが稜太の口を軽くさせた。

「ライフル」

「え?」

「あ、えっと、望遠鏡、だけど……」

「天文部ってあったの?」

「……うん。先輩たちが引退しちゃったから、ぼくひとりになっちゃったけどね」

 稜太はてきぱきと望遠鏡を組み立てていく。この望遠鏡は国立天文台に務めている父が誕生日に譲ってくれたものだった。天文部でいわゆる「まともな」望遠鏡を持っていたのは稜太だけだった。

「ひとりで天体観測するの?」

 理紗子はすこし顔をゆがめて言った。

「つか、いつもここでやってるの?」

 稜太は理紗子の表情を見ることなく、言った。

「ううん。今回は特別。小貫さんはSTEIって知ってる?」

 稜太は理紗子を見上げた。初めてまともに彼女の顔を見た。理紗子は興味深そうに、稜太を見ている。だから、自然と稜太は言葉を続けていた。

地球外知的生命探査Search for Extra-Terrestrial。地球以外で存在している知的生命を見つけようっていう計画があって、世界中の天文台でやっているんだけれど、電波望遠鏡を星空のいろんな場所に向けて、文明のある星からの信号をキャッチしようっていう計画なんだけど」

 それで、と理紗子は目で促している。

「昨日、その信号が見つかったんだ。それも素数を含む信号だったんだよ!」

「それってすごいことなの?」

「うん! だって地球の外に文明があるかもしれないんだよ!」

 そうなの、と急に興味を失ったように理紗子は屋上から出て行った。

 理紗子の急変に、稜太は不意に自分のクラスでの立ち位置を思い出した。思い知った。

 笑われなかっただけましかな、と自分の興奮ぶりを稜太は自嘲気味に笑い、望遠鏡を組み立てていく。日が落ちるまではまだまだ時間があるけれど、気が急いてついつい早く来てしまった。でもここは、学校の屋上はとてもいい観測スポットなのだ――屋上へ通じる扉が勢い良く開いて、理紗子が駆け込んできた。

「屋上の使用時間、延長してもらったの!」

 稜太はあっけにとられて、肩で息している理紗子を見ている。

「だってそんな歴史的瞬間、写真に収めなくてどうするのよ!」

 そう言って理紗子はとてもいい笑顔で笑った。稜太はぽつりとつぶやいた。

「狙い撃ち、かぁ……」

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