第21話 恐怖

目の前には数え切れないほどの敵が見える。こんなにも怖いと思ったのはいつぶりだろうか。きっと処刑をされたあの時以来だろう。


人を殺すことは楽しいものだった。だから、合法的に人を殺せる兵士になった。しかし、自分が好んでいたのは圧倒的な弱者を殺すこと。いわば蹂躙である。今は対等又はそれ以上の相手と戦わなければならない。つまり、自分の命が安全な保証はどこにもないのだ。


(たとえ殺せなくてもいい。 今は生き残る方が大事)


張り詰めた空気が場を凍りつかせる。兵士達の息遣いが聞こえるほどに静寂だ。目の前の帝国の兵士は赤の自国の旗を掲げながらこちらを睨んでいる。


鎧は王国のものとは少し違い顔が出ており、頭だけを守るタイプみたいだった。そして、手には剣を持っておりそれに合わせて自分達も剣を選んでいた。


この戦いはやはり期待されていないのか兵士の必須アイテムである魔導通信機は配布されなかった。このアイテムは星型の形をしており魔力を込めることで5分間離れたとこでも会話ができる画期的なものだが、欠点は多く5分経てば魔道士が魔力を込めない限り使えず、1つの機器で通信できるのは1つまでである。 そして、予め相手の通信機を登録しておかないといかず、登録できるのは1つまでなど様々である。


そんなことを思っていると目の前の帝国の兵士が動き出す。いよいよやらなければいけない時が来たと思い覚悟を決める。


「45部隊前進!」


隊長が叫ぶ。それに従って1番前の45部隊は進み出す。後ろでは他の部隊の隊長が叫んでいる。進み出すとわかる相手の殺意。これほどまでに恐ろしいものかと思う。


進んでいると帝国の兵士が隊列を変え始めたようだ。前と後ろを交代する形で変えていき剣を持った兵士は下がり出てきたのは棍棒を持った兵士達だった。


それを見て45部隊の兵士達はまずいと思ったが、武器を変えるために一時撤退することもできない。

これが1番前の恐ろしさというものを身をもって実感する。


(このままだとまずい…… 剣で棍棒相手の敵には勝てない)


しかし途中で抜けることもできないので進むしかない。


「45部隊散開!」


再び隊長の命令が下され兵士達が広がっていく。そして目の前には帝国の兵士がおり、圧倒的に不利な状況で初めての戦争が始まった。


初めに敵とぶつかったのはアリアの目の前の兵士だった。大きく剣を振りかぶり相手の手に持っている棍棒を狙いにいく。しかし、相手もそれを察知して防御の構えを取る。剣は棍棒を真っ二つするかと思われるぐらいの威力だった。しかし、棍棒を真っ二つにするどころか刃の半分ほどしか食い込んでおらず、抜こうとしても抜けず焦っているようだった。


その兵士は剣を取り返すのは無理だと踏み剣を放し、直接殴りにかかる。しかし、敵は剣が食い込んだ状態の棍棒を振り回してきた。流石に重かったのだろうか勢いで体制が崩れるが、王国の兵士を1人倒すのには十分だった。


頭に直接打撃を食らった兵士は動けない。それを見て他の兵士達も萎縮してしまった。その隙を見た敵は棍棒に刺さっている剣を力一杯踏むことによって折る。そうすることによって刃は刺さっているものほとんど最初の重さと同じくらいになった。そして、王国の兵士達に襲いかかってきた。


(どうして動かないんだろう)


アリアは目の前で味方が敵に次々と倒されていくのを見て動くことができない。


(覚悟はできてたのに動けない。 動かないと殺される……)


改めて自分が殺意を向けられることを慣れていないことを実感するとともに目の前で味方が次々と倒されるのに恐怖を感じる。


(やっぱり無理なんだ…… 私がこの過酷な世界で生きるのは…… お母さんに生きて合わなければならない。 そう思っているのにどうして足が動かないの……)


気づけば敵は目の前で棍棒を振り上げていた。相手は相当疲れているようで息が乱れていた。


「はぁ…… はぁ…… あ、うわぁぁぁぁぁ!」


敵は叫びながら振りかぶってくる。アリアは剣を前に構えてはいるが、動くことができない。


(死ぬのは嫌だけど、生きるのは無理そうま。 ごめんなさいお母さん)


涙が溢れてくる。頭に直撃するかと思ったが、気づいたら体が勝手に動き、避け棍棒が左肩に直撃する。その勢いで軽く吹き飛ばされ尻餅をつく。自分でもわからなかった。諦めたつもりだったが、気づけば生きたいと思っていた。死ぬのは嫌だと行動してた。


(私はまだ生きれるみたい…… でも今ので肩が……)


肩の痛みは酷いがなんとか立ち上がる。敵は既に距離を詰めており、2撃目を食らわそうと棍棒を振り上げていた。狭い視界の中でアリアは敵がどこに攻撃するかなんとなくだが分かる気がした。


意識を集中させる。敵は狙い通り頭を狙ってきたので横に避けようとするが、鎧が重い。ここまで重さというのは弱点になるのだと改めて実感する。敵の攻撃は頭には当たらなかったものの右肩に直撃してしまう。その衝撃で再び飛ばされる。


(両肩が痛いし、立ち上がれない……)


無理だと思ったその時こちらにすごい勢いで走ってくる王国の兵士が見えた。その兵の手には血濡れた棍棒を持っておりそれをアリアの目の前の敵に走りながらフルスイングする。


敵はそれに反応できず、晒している顔に直撃し勢いよく倒れた。鮮血が宙を舞いアリアにもかかる。その兵士は息が上がっており周りを確認するとゆっくりとこちらを向いた。


「大丈夫ですか? アリアさん」


その声は先程までの怖さはなく。とても優しく、アリアはその声の人物を知っていた。


「もしかしてフォンティルさんですか?」


「はい、そうです。 すいません、もう少し早く来れれば良かったんですが……」


フォンティルは申し訳なさそうに謝るがアリアはすぐにそれを否定した。


「そんなことないですよ。 助かりました、 ありがとうございます」


「そう言ってもらえると嬉しいです。 アリアさん立てますか?」


「両肩をやられてしまったんで、自力で立てないみたいです」


「肩を貸します。 どうぞ」


そう言われるとフォンティルは肩を差し出してくる。その言葉に甘えてゆっくりと立つ。周りには敵と味方が倒れ入り混じって非常に目を背けたい光景が繰り広げられていた。


「撤退の指示が出るまで、僕の後ろにいてください」


「で、でも……」


「迷惑と思わないでください。 僕がやりたくてやってるだけなんですから」


「それならお言葉に甘えさしていただきます」


アリアはフォンティルの後ろに寄り添う形で隠れる。彼の心臓は悲鳴をあげるほど拍動していた。もう少しで大切な人を失うとこだった。彼は常にアリアの位置を把握していたのですぐに来れた。しかし、それをしていなかったら確実に失っていただろう。それを思い浮かべ寒気がする。


(僕はもっと強くならなければならない。 そうしなければ失ってしまう。 そうならないためにも僕は王国最強の兵士になる)


強い思いを心に刻む。敵が次々と押し寄せてくるが、全員を手に持っている棍棒でねじ伏せる。この武器は敵から奪ったものだが、驚くほど使いやすい。


戦況は最初王国側が不利だったが、徐々に形成が逆転し、途中から帝国軍が撤退を始めたので、事なきを得た。しかし、受けた痛手は大きく50人ばかりの死者と100を超える軽・重症者が出てしまった。次の戦いは明日かもしれないのにこの戦力ダウンは痛い。こうして初めての戦争は終わった。







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