第11話 再会

 トーダ村を出発したのは早朝であった。早く着きたいという期待と、同じくらいの不安とが入り混じったような薄もやの中を歩いていく。

 今度は木に登ったりしないように、足元には十分気を付けて。


 ボウ村は村中総出で、軒先だけでなく次の田植えを待つ田んぼにろうそくを並べたり、出店の位置を決めたり、既に宵祭りの準備が始まっていた。

 はやる気持ちを抑えているのに、勝手に早足になり、鼓動が強く胸を打ち、呼吸が速くなる。


 そこは村でも指折りの大きな家で、間違えるはずもなく、門柱の間をくぐり、開け放たれた玄関で耳を澄ます。

 中には人の気配があった。小さく咳ばらいををしてから「ごめんください」と声を張った。


「はーい」の返事とともにトトトッと軽快な足音。顔を見せたジナは大きく目を見開いて、

「エナン…!エナン!エナンだぁ!!」

飛びついてぴょんぴょんしてきた。


「ジナちゃん。会いたかったよ」

「あたしだって…。もう何年も離れてたみたいだ」

 頷きながら、涙がにじんでくる。同じ気持ちでいてくれたのが、想像以上に嬉しかった。


「なに大きな声出してんだい?あれ、あんた…一人で来たんかい?」

 その後ろから母のキナがやってきたので、ジナはエナンを離した。


「はい、この間は大変お世話になりましたんで、宵祭りのお手伝いをしたいと思って来ました。家族と、トーダの村長むらおさから許しはもらってます。今晩、また納屋に泊めていただけないでしょうか」

 エナンは両手をキュッと握り、頭を下げた。


「まあ、この子はまた納屋だなんて…。あんた、握り飯は握れるかい?」

「はいっ」

 村長むらおさであるジナの家は、祭りを運営する人々の食事作りに取り掛かるところなのである。


「手伝ってくれるんだからね、敷居をまたがせないなんてお父ちゃんには言わせないから、安心おし。じゃ、早速上がってもらおうかね」

 キナの笑顔にほっとして、エナンはすぐに荷を下ろすと手を洗い、手早くたすき掛けにした。


 囲炉裏いろりの横には、大きなおひつに湯気が上がっている。

「これを全部握り飯にするんだよ。次もまだ炊いてるからね。麦飯と混ざってるからしっかり握っておくれよ」

「はい」


 桶に水を張ると、手の平を軽く浸してから塩をまぶし、おひつから飯を手に取り握っていく。

「あちち!すごい、よくできるね」

 試しにジナもチャレンジするが、手を水で冷やしても熱くて触れない。


「慣れだよ。わたしも職人たちに作り続けてできるようになったんだ」

 出来上がった握り飯は大きなたらいに並べていく。

「上手じゃないか。ジナだけじゃ間に合わないと思ってたからね、助かるよ」

 ジナは漬物を添える係りになった。母特製の白菜漬だ。


「すごいね!こんなにたくさん握ったの初めてだぁ」

 大きなたらい3つに三角がずらりと並んでいるのは、我ながら壮観である。


 それから二人は納屋へ向かった。

「これ、ジナちゃんが作ったの?」

 あの時と比べ、納屋は大改造されていた。


「全然うまくいかなくてさ。あたしなんかには無理なのかなぁ」

 そう言って見よう見まねの蒸留装置をポンポンとする。

「一人でもやるなんて、さすがジナちゃんだよ。わたしには真似できないな」


「今日、出店に立つんだ。一緒にやってくれる?」

「そう思ってた」

 エナンは荷の中から、クリームの容器を取り出した。


「わたしも作ったんだよ。ジナちゃんと一緒に作ったのを思い出しながら」

 それは、二人の出会いのきっかけとなった、ユルゾの香りがするクリームだった。ジナが作ったものよりも、もっと柔らかそうだ。


「うん…!じゃ、あたし、出店の方見てくるから、これをこの小さい容器に詰め替えておいてくれる?」

「わかった」


 改めて手作りの蒸留装置を眺めていると、寝る間も惜しんで開発を続けていた父の姿を思い出して、少しズキンとする。


 覚えているのは、いつも叔父と話をしていた顔だった。建家へ毎日弁当を届けに行くのが5歳のエナンの仕事で、父の元へ駆け寄るといつも抱き上げてぐるぐる回してくれるのだった。


 どんな声だったかとか、父と叔父が何を話していたとか、——クリームの話なのだろうけど、そういうのは覚えていないが、いつでも、たとえうまくいかない時も父は笑っていたような気がする。


「ジナ、出店の位置決める時間だぞ。早く行けよ」

 声のした納屋の入り口を条件反射で見てから、体が強張った。それから全身が心臓になったように強く鼓動を感じる。


「え…なんで」

 うろたえたのはサハも同じだった。

 お互い何も言えずに半分口を開けていたが、先に表情を崩したのはサハだった。


「嘘みたいだ…。ここに来るときはいつも、もしかするとあんたがいるんじゃないかって、ありえない期待してたけど、本当になるなんてな」

 湧いてくる嬉しさを抑えきれぬような顔。その表情に、なぜだろう、涙がせり上がってくる。


「わたしも会いたかった」

 でも、それを言うので精いっぱいだった。


「ムット兄さんがひどい事言って、親切にしてもらったのに怒らせてしまったんじゃないかと思って…ごめんなさい」

 ずっとずっと不安だったのだ。なのに、そんな顔をしてくれたから。

 手の甲で目尻を拭ったエナンに、いいんだ、気にしてないとサハは言った。


「苦労してここまで作り上げて来たからこその発言だろう。…って、ジナの受け売りだけどな」

 そこまで正直に言わずとも、自分の言葉にしてしまえばいいのに。

「これ、ジナとサハの事を考えながら、わたしが作ったの。塗ってもいい?」


 このクリームのようにほんわか柔らかくて、ユルゾのようにまっすぐで飾らない、最後にほんのりと優しい人。

 これ以上ない笑顔で、サハは頷いた。

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