第3話【4月10日その2】創作はしていますか?


「遅い!」


 入ってきた男子生徒を見て、鈴木先輩が開口一番文句を言った。


「悪い。クラス委員に選出されて生徒会室に寄っていた」

「……ああ。それならまあ仕方ないか」


 理由を聞いて一気にトーンダウンする鈴木先輩はちょっと可愛い。

 男子生徒がこちらを向いた。


「ごめん、待たせていたみたいだね。文芸部二年の結城ゆうき恭平きょうへいです」


 年下のわたしたちに対して丁寧な挨拶である。

 わたしと北条さんも頭を下げながら名乗った。

 結城先輩の第一印象は申し訳ないが冷たそうな人という感じだ。怜悧という表現がぴったりだと思う。

 シャープな顔立ちで特に眼が切れ長で鋭い。フレームレスの眼鏡をしているので余計にそう感じる。

 少し癖のある髪のおかげで中和されているのがせめてもの救いだろうか。

 体つきは細いがなよなよしているという感じではない。むしろ長身とあいまってスポーツマンに見える。

 文芸部に相応しいと言われればそんな気もするし、相応しくないと言われても納得できるような不思議な人だった。


「説明はしたのか?」

「結城が来るまで待ってた。あんたのほうがそういうの得意でしょ」


 鈴木先輩の言葉使いはわたしと話していた時とは違ってくだけている。呼び捨てだし言葉は荒いが仲が悪いわけではなさそうだ。


「じゃあ俺から文芸部の活動内容について説明させてもらうよ」


 結城先輩はわたしと北条さんを交互に見ながら話しだした。


「まずは部員なんだけど、実質この二人だけ。いちおう三年にも在籍者はいるけど幽霊部員と思ってくれていい」


 これは想像以上の少数精鋭だった。

 さぼったりすると目立つなあと、またそんな不純なことを考えた。


「活動内容は紹介冊子に書いてあったとおりで、文化祭に出品するための文集制作、これが唯一だと言ってもいい。寄稿するのは小説、詩、短歌に俳句などから自分で選べる。もちろん評論でも構わない」


 そうか、文集というと小説のイメージがあったが詩や俳句などもあるのだ。評論は漠然としたイメージしか湧かないがなんとなくわかる。


「その他の時間は本当に本しか読んでいない。活動曜日も特に決めていないから、ぶっちゃけると幽霊部員になるには最適な部だと思う」


 これにはドキっとした。


「俺も鈴木もそれに関しては別に文句を言うつもりはない。問題はその逆の場合なんだ」


 それまでよどみなく話していた結城先輩が躊躇うように一拍おいた。

 いったいなんだろう?


「ストレートに聞くけれど、有村さんと北条さんは創作をしているのかな?」


 一瞬、何を質問されているのかわからなかった。

 創作?

 少し考えてからそれに気がつく。つまり自分で小説などを書いているのかと聞かれているのだ。

 わたしはぶんぶんと首を振った。

 北条さんは小さい声ながらもきちんと「していないです」と発言している。


「別に恥ずかしがらなくていいからね。webの投稿サイトで小説を書いているのなんて珍しくないんだから」


 鈴木先輩がそう言ってくれるが、書いていないものは書いていない。

 ここで再びしまったと思った。

 文芸部に入ろうとする者が小説のひとつも書いたことがないというのはまずいのではなかろうか。

 思いっきり首を振ってしまった。ここは含みを持たせて恥ずかしそうに「いいえ」というのが正解だったかもしれない。


「まあ匿名での投稿と顔を合わせてのカミングアウトは別物だから、今は秘密にしていて馴染んだ頃に言ってくれても全然構わない」


 結城先輩がわたしたちの緊張をとくように微笑んでくれる。笑うと少年っぽさが出て冷たい印象が少し薄れた。


「なぜこんなことを聞いたかというと、もし君たちが競作や読み合いといったものを文芸部うちに求めているとしたら期待外れになるだろうから、あらかじめ断っておきたかったんだ」


「あたしも結城も基本的に創作はしない。読み専なんだよね」


「ただ誤解しないで欲しいのは、創作がダメとか禁止じゃないっていうこと。そして俺と鈴木も求められればそれに参加するのは厭わない。つまり君たちが創作に限らず文芸部で何か新しいアクションをするのなら、その旗振りは自分でして欲しいということなんだ」


「もちろんあたしたちもバックアップはするからね。これは新入生がくる前に話し合って決めたことなの」


 二人の先輩が交互に話すのをわたしも北条さんも神妙に聞いていた。

 これはかなり真面目な話だ。

 つまり先輩たちは現状を自ら変えるつもりはないが、後輩が新しいことに挑戦するのならそれには手を貸すと言っている。

 そしてそのことをあらかじめ話し合っていたらしい。鈴木先輩が結城先輩のことを待っていたのもこの話のためだろう。


 誠実な対応だと思った。

 現状を維持するのならわざわざこんな説明をしなくてもよかったし、極端なことをいえば雰囲気を悪くして入部させないようにすることだってできた。

 しかし先輩たちは内実を正直に話し、変化にも柔軟に対応すると言ってくれている。

 もちろん現段階ではそれが本当なのかはわからない。

 それでもわたしはこの二人の先輩が尊敬できる人だと思ったし、信じられると感じた。


「大丈夫です! わたしは本当に創作とかしませんから気にしないでください。というか、今言われるまで思いもよらなかったというか……」


 何か言わなくてはと勢いよく発言したはいいが、その内容はかなり情けない。それに気づいてだんだんと尻つぼみになった。

 そんなわたしを見て鈴木先輩が苦笑する。


「そうは言ってもぶっつけ本番で文集に寄稿するのは厳しいから、少しは書く練習もしたほうがいいよ」

「……はい」


 自分でも顔が赤くなったのがわかった。


「北条さんはどう?」


 結城先輩の問いかけに、北条さんは緊張した様子ながらしっかりと答えた。


「わたしは書いてみたいと思ったことはありますが、ちゃんと形にしたことはありません。できれば先輩方に教わりながら、少しずつ創作もしていけたらと思っているのですが」

「わかった。それじゃあ一年生の練習も兼ねて、今年は文化祭までに何度か創作に関する企画を立てようよ」


 鈴木先輩がやる気に満ちた表情で声をあげたのを、結城先輩がさえぎった。


「待て鈴木、先走るな。二人とも今日は見学に来ただけなんだ。恩着せがましいことを言って入部せざるをえない状況に持ち込むな」

「あたしは別にそんなこと――」


 鈴木先輩は反論しようとしたが発言を省みたらしい。


「ああ、そうかも……。ごめんね、今の忘れて」


 後半はわたしたちに向かって手を合わせた。


「あのっ!」


 そこで北条さんが声をあげた。

 思わぬ大きな声だったので、わたしと先輩は驚いて彼女を見る。

 北条さんも自分の声にびっくりしたように顔を赤らめながらも言葉を続けた。


「わたしはよろしければお世話になりたいと思っています」


 視線を集めて恥ずかしそうにしながらもそう告げた。


「ええと、大丈夫? 無理してない?」


 鈴木先輩が心配するように声をかける。


「無理なんてしていません」


 北条さんがはにかんだように笑う。


「元々文芸部を志望していましたが、先輩方が素敵な人なので迷いがなくなりました」


 それを聞いて鈴木先輩が北条さんに抱きついた。


「亜子ちゃんありがとう! 素敵な先輩なんて言ってもらえてあたしは嬉しい!」

「先輩!?」


 困ったように頬を赤らめる北条さんとその頭を撫でる鈴木先輩。

 それを見て本日三回目のしまったという思い。

 わたしも文芸部を志望していたし、先輩たちが素敵な人だと思っていたのに先を越されてしまった。

 こうなると「自分もそうなんです!」とは言い出しづらい。

 わたしって要領が悪いなあと、そっとため息をついた。


「北条さんが困ってるぞ。そのくらいにしておけ」


 結城先輩に言われて、ようやく鈴木先輩が北条さんから離れる。


「ごめんね」

「いえ、大丈夫です」


 北条さんも驚いていただけで、嫌がっていたわけではなさそうだった。


「いやさー、こんな可愛い子に素敵な先輩なんて言われると、上級生になったんだなあって感動してテンション上がっちゃった」


 第一印象では落ち着いたクールな人かと思ったのだが、意外とストレートに感情を表す人なのかもしれない。


「それで、この後はどうしよっか? 活動内容は話したし……。そうだ! 自己紹介を兼ねて好きな本や作家を話していくってどう? あたしからでいいかな?」

「少し落ち着け」


 結城先輩が逸る鈴木先輩を呆れたように見てから、わたしと北条さんの方を向く。


「せっかくの部活動見学期間なんだから、他にも興味のある部があればそっちの見学もした方がいいよ。北条さんも最終的に文芸部に入るとしても遠慮なんかしなくていいから」


 結城先輩にそう言われて悩んだ。

 たしかに他の部も見てみたい。合唱部には少し興味があった。

 ただ会話の流れ的に、この後は自己紹介を掘り下げるらしい。

 もしここでわたしだけ退席すると一人だけみんなのことを知らないという状況になる。それは後で会話についていけなくなるのではないか。

 北条さんはどうするのだろうとわたしは隣を見た。


「わたしは文芸部に決めたいと思っていますので、このまま居てもよろしいでしょうか?」

「もちろん構わないよ。有村さんはどうする?」


 結城先輩に言われて焦ってしまう。まったくわたしは要領が悪くて優柔不断だ。

 そんなわたしのことを思いやるように、結城先輩が優しく言葉を継いだ。


「大丈夫だよ。ここで退席しても有村さんが戻ってきた時にはあらためて全員での自己紹介をもうけるから。もちろん今日だけじゃなくていつでもね」


 泣きそうになった。

 結城先輩の言葉はわたしの不安をすべて解消してくれたからだ。

 みんなが何を話したのかわからないまま、後から一人で自己紹介をするというのは心細いし惨めだ。

 それをわかって、結城先輩は二度手間でも全員での自己紹介をすると言ってくれているのだ。


「わたしも文芸部に入りたいです!」


 まるで宣言するように言葉に出していた。

 結城先輩はそんなわたしを見て微笑でくれた。


「ようこそ文芸部へ」


 第一印象で冷たそうなどと思ったのを猛省しなくてはいけない。

 結城先輩は洞察力にすぐれたとても頭の良い人なのだろう。そして相手のことを深いところまで思いやれる優しい人だ。

 わたしは思った。

 この人のことをもっと知りたいと。


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