031『鎮魂祭:謝罪』


 宿へと引き返した私は、セイラを伴い泡嶋神社へと向かった。


 宿前の坂を下り小さなお堂や石像の並ぶ森を抜けていく。渓谷を渡る白い吊り橋の鉄橋が見えてきた。吊り橋まで来ると風に乗って神社の方から笛と太鼓の音が聞こえてきた。まだ早い時間なのに祭囃子である。歌声も混じってる。これまでには無かった事だ。

 橋を渡り切り小田商店の前から大鳥居を見る。大鳥居の前には大きな立て札が建てられており、そこには荒々しく漢らしい達筆でこう書かれていた。


 〝西の沢村鎮魂大祭〟


「……」――この文字は、恐らく多賀谷の字だろう……。鎮められる魂が自ら行う祭りと言うのはよく考えれば実にシュールな物だと思うが……。


 二人で鳥居をくぐり神社へ向けて石段を上った。

 多くの人が行き交っているのが見え始めた。石段を上るにつれて、話し声に歌い声に笑い声……にぎやかな喧騒に包まれる。


 境内のあちこちに机が置かれ縁日の様に飲み物や料理が振舞われている。本殿の横の神楽殿では、太鼓を打ち鳴らし笛が奏でられ舞を舞っている。大人たちが縁側や境内に立ち歌をうたい手拍子を打っている。子供たちが風車を手に持って走り回っている。御饌殿の横の机でお蕎麦をふるまっている和泉田夫妻の姿も見えた……。


 〝幸せがあって、喜びがあって、安らぎがあったとよ……〟 十吾さんの言葉を思い出した……。

 ――ああ、この人達にとってこの村はきっとこういう場所だったのだ……。



「お待ちしておりました。お二人にマヒト様からお話があるそうなので日ノ見院までお越しください」

 声に振り替えるとそこにはマヒトの世話役のさくらさんが立っていた。

 日ノ見院とはマヒトのいる奥の院の事らしい。

「はい」そう答えた私の右袖をセイラがギュッと掴む。

 一応事情は説明したのだが、それでもまだトラウマが残っているらしい。


 私はセイラを引っ張ってさくらさんの後に着いて行った。

 本殿と神楽殿の間の橋の下を潜り抜け、裏手に周る。修験者の為の宿坊を通り過ぎると石灯篭の並んだ階段へ出た。

 階段の上から5人家族の一団が穏やかな表情を浮かべ降りて来た。ご主人らしい人とさくらさんが挨拶を交わしすれ違う。


「あれ、今の人達は?」私は聞いてみた。

「マヒト様と最期の挨拶を交わされた方々です」

 ――そう言えば全員が感謝を伝えると言っていたな……。

 私たち三人は階段を上った。


 日ノ見院の締め切った障子の中から何やら笑い声が聞こえてる。


「ここで、しばしお待ちくださいませ」そう言ってさくらさんは院の中へと入って行った。

 私とセイラは縁側に腰かけて待つことにした。


「そいでは、わいらも……マヒト様本日まで大変にありがとうございました…「「ありがとうございました」」…」と声が聞こえ障子が開いた。

 部屋から出てきたのは六人。村の長の狭間煉蔵一家だった。

 狭間氏が私を見つけて声を掛けて来る。


「浅見殿、こんたびは真っことご迷惑おかけしましたばい。村のもんに成り代わり厚く御礼申し上げます」

 そう言って、狭間さんは深々と礼をした。

「いえ、こちらこそご迷惑を掛けました。皆様のご多幸をお祈りさせて頂きます」

「そいでは、わいらは失礼します」

 狭間一家は階段を降りて本殿へと向かっていった。


「どうぞお入りください」中からさくらさんが声を掛ける。

 私とセイラが部屋へと上がると、奥の畳の間でマヒトが床に伏して待っていた。所謂、土下座スタイルである。


「浅見殿、ご尽力いただき誠に感謝申し上げる。そして鈴木殿、この度の事は妾の落ち度じゃ、謝って済むもので無いのはようわかっておるが、心より謝罪申し上げる」

「いえ、お気になさらずに」私はそう答えマヒトの前の座布団へと座った。

「私どもも知らなかった事とはいえ、このような事態を招きましたこと深くお詫び申し上げます」セイラはそう言ってマヒトの前で手をついて床に伏した。


 セイラたちは研究の中止を伝えられ焦っていた。そして、ここが単なる夢の世界だと思っていた。だから銃を抜いて強引にでもマヒトに会おうとしたのだ……。一方のマヒトはセイラ達が何かの術を使ってここに来たと思っていた。死の恐怖を与えれば術は自然と解けると思っていたのである。

 その双方の見解の相違が、助手の米沢氏の魂の消滅と言う最悪の結果をもたらした……。そう、これは、悲しい事故なのである。互いの少しの配慮があれば、避ける事も出来た……。


 セイラとマヒトは互いに言葉を交わし事情を説明しあって謝罪し、そして、和解した。


 さくらさんが三方に乗せて酒瓶を持ってきた。


「先日は何やら不満そうじゃったので、そなたの分はお神酒にしておいたぞ」すかさずマヒトがそう言って微笑んだ。

 ――そこまで顔に出してたのか……はずかしい。「ありがとうございます……」

 私は酒瓶を朱杯に注ぎ軽く煽った。うん、淡麗甘口のいいお酒だ。


「して、浅見殿。ダムの事じゃが本当にそなた一人に任せて良い物か?」マヒトは心配そうな顔をしてそう訊ねてきた。

「ええ、多分大丈夫です」

「そうか……ただ、これは御願いなのじゃがあまり惨い真似はしてほしくはないのじゃ」

「ええ、わかっています。その事にも十分に配慮してますのでご安心ください」

「そうか、そなたも十分に注意してほしいのじゃ」

「はい。でも、一つお聞きしたいのですが、皆を送られた後、あの兵士たちはどうするつもりですか」

「うむ、これまで長きに渡りここに留めておったのじゃが、兵士として役割をやめようとせなんだ者達じゃ、もう妾の手にはおえぬじゃろう……そのまま彼等には黄泉路を彷徨ってもらう事になると思うの……」

「そうですか」


 この村の大きさは約五里四方……実はあの峠のトンネルの先は永遠と続く真っ白な霧に包まれた空間が広がっているそうである。村の人間を送り出せばこの村は消えてしまう。彼等はその霧の中の黄泉路を永遠と彷徨い続ける事となるのだろう……。


 村一つを滅ぼした仕打ちとしてはずいぶんと甘いものだと思うが、マヒト自身がそう決めたのだから私には何も言う事はない。彼等には存分に彷徨って自分の道を見つけるなり、そのまま怨霊になってしまうなり勝手にしてほしい……。


 私は朱杯にお酒を注ぎ、それをクイッと飲み干した。

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