第23話 自分が本当にやりたい仕事が
狭苦しい店に入ると、ラクスは普通のたこ焼きと名物のネギマヨを頼んだ。
たこ焼きが見えないくらいにネギがぶっかけられて、その上からマヨネーズという代物だ。こいつはこの店の常連か。
「うまー。私が求めていたものはこれだった!」
外はかりかりでなかはふわふわ、専用のソースにたっぷりの青のりとかつお節。
そんなたこ焼きを、ラクスはものすごく幸せそうな顔をして食べている。
尖った耳がものすごくひこひこ動いている。
俺はその様子をぼんやりと眺めていた。
大阪名物をもふもふとほおばるエルフ。
なんともシュールな光景だ。
「ソーゴ……あまり見つめられると、その、恥ずかしい」
「……そうだな」
食べているところをじっと見られるのは、俺だっていやだ。
すると、不意にラクスが言った。
「思うのだが、こういうときはあれだろう」
「どのあれだ?」
「デートなら、あーんとかするものだろう」
「しねえよ」
「するものだろう」
エルフが期待に目を輝かせていらっしゃる。
俺は露骨にいやな顔をしたつもりだったが、あまり効果はないらしい。
焼きたての、ものすごく熱いたこ焼きを、俺に突き出してくる。
「ほら、ソーゴ。あーん」
「いや、やめ、熱いわ!」
なにこれ罰ゲームかな。
無理やりに「あーん」させられた俺は、熱々のたこ焼きを口に放り込まれて舌が死んだ。
「お前な……」
「あはは、君は猫舌だな」
「そういう問題じゃねえ」
恨みがましく言う俺に、ラクスはくすくすと笑っていた。
実に楽しそうだ。
異世界のエルフだろうが、結局はこいつも、普通の――いや、かなり可愛い女の子には違いない。
俺がもし、本当に結婚の約束をしていて、それを覚えていたとしたら。
ラクスから向けられる好意に戸惑いがなければ。
越えてはいけない一線を、越えてしまうかも――いや、さすがにJK相手にそれはない。
俺はまっとうな社会人だ。
思考回路はいたって正常だ。
「ごちそうさまでした。よし、ソーゴ、いくぞ」
たこ焼きをきれいに平らげたラクスは、満足そうだった。
店を出て、彼女のリクエストのとおり観覧車に向かう。
物珍しくはあってもここは遊園地じゃなくて梅田のど真ん中だ。観覧車に乗ろうなんてやつらはそんなにいないから、案外と混み合ってはいない。
若いカップルか親子連れがチケットを買って赤いゴンドラに吸い込まれていく。
俺とラクスもすぐに乗ることができた。
ゆっくりとゴンドラが上昇していく。
東京に比べれば高層ビルが少ない大阪のキタもミナミも、その遥か向こうまでも見渡すことができる。今日は初夏を思わせる快晴で、一番高い位置になれば生駒山や明石海峡大橋だって見えるはずだ。
俺はラクスと向き合って座った。
彼女はしばらくの間、360度のパノラマを楽しんでいた。
「おー、懐かしい。あまり変わらないな」
「乗ったことあるのか?」
「……二回目」
「……なんで怒るんだよ」
「別に怒ってないぞ」
いや、耳の動きが機嫌悪くなってるよ。
どうやら、女子が急に機嫌が悪くなったりするのは、日本人だろうとエルフだろうと同じらしい。
そのくせこっちが聞くと、「別に怒ってない」というところまでまったく同じだ。
男からしてみればちっとも理解できない。
こうなるといやな沈黙が続いて空気が重くなるんだよ。
とはいえ。
俺は大人だからな、こんなときの解決方法もばっちり――なわけねえ。
全然わからん。
男は何歳になろうと、女子の急に機嫌悪くなるシステムに戸惑うしかない。
「……」
「……」
沈黙がゴンドラを支配して、
「……ソーゴ」
それを破ったのはラクスだった。
こいつ、俺よりもよっぽど大人だな。
「この前の話、私は本気だ」
「この前の……って、お前の会社にこないかって話か?」
「うん。そう」
提案されたとき、俺は承諾しなかったが断ることもできなかった。
なんでこの仕事を続けているのか、という問いの答えは俺にだってわからない。
「なんであんなこと言ったんだ?」
「君が、楽しそうではなかったから」
「楽しそうじゃないか。そうだな。ちっとも楽しくなんてないよ。けどな、仕事なんてそんなもんだろ」
「それは違うぞ!」
ゴンドラのなかに響いた声の大きさに、ラクス自身が驚いていた。
俺は彼女を見据え、言った。
「なにが違う?」
冷めた声だった。
ラクスが怯むことなくこちらを見返してくる。
だから、俺は聞いた。
「そういうお前は楽しいか、仕事」
俺よりも年下で、まだ学生で、そのくせ異世界貿易商社なんてよくわからない会社の社長である女に。働くってことに関しては、異世界だろうが、エルフだろうが関係ない。
「大変なことばかりだし、苦しいことばかりだ。そんな仕事の結果、私が向こうの世界でなんと呼ばれているか教えてやろう」
そう答えたラクスは、それでもどこか誇らしげだ。
「〈エルフの武器商人〉だ」
「武器商人……?」
俺は間の抜けた声で、聞き慣れない言葉をオウム返しにした。
言葉そのものは知っているが、さらりと会話に出てくるような言葉じゃないからな。
まったくピンとこない。
異世界貿易商社の武器商人が、こっち側の世界で仕入れる商品は、つまるところはこっち側の武器ってことか。
「私はな、ソーゴ。こちら側の世界で大量の銃火器を仕入れて、戦争をしていた両陣営の融和派にばら撒いてクーデタを起こさせた。戦争を終わらせるために。実際、ほぼ同時に政権が倒れた両陣営は終戦条約を結んで戦争は終わった」
ちょっと話がでかすぎてよくわからないし、現実感がまるでない。
映画だか小説だかの話を聞いているような気分だ。
異世界がどの程度の文明レベルなのかは知らないが、恐らくこっちの世界の銃火器は最新鋭兵器なんだろう。
薩摩藩から長州藩に武器を輸送した坂本龍馬か、お前は。
そういえば坂本龍馬も、やっていることはビジネスだった。
「結果、不本意にも〈エルフの武器商人〉などと呼ばれているというわけだ」
ラクスが小さく嘆息する。
「終戦したのはいいが、後始末もいろいろと大変だったんだぞ? そのせいで君に会いにくるのが遅くなってしまったし、会いにきてみれば私のことは覚えていないし」
そういえば俺の部屋を訪ねてきたときに、身の周りが落ち着いたって話をしていたが。
戦後の後始末が一段落したってことか?
なんかもう大河ドラマにでもできそうだ。
こいつの言っていることが本当だとして、いや、いまさらウソを言っても仕方ないから本当なんだろう。こいつがやった仕事なんて俺には想像もできないが。
「そりゃ、そんな仕事をしてるお前からしたら、俺の仕事なんてちっぽけなもんさ。もっとがんばれって思うわな」
「ソーゴ、言っただろう。それは違う」
ラクスの声は諭すような響きがあった。
「どんな仕事をしていたって、しんどいことはある。私の仕事も、君も仕事もそれは変わらない。それでも自分の仕事に1パーセントでも楽しいと思えることがあれば、がんばれるんだ。いまの仕事にそれがないのなら、きっとそれは君がやりたい仕事ではないんだ。だって――」
やりたい仕事じゃない、か。
それは確かにそうかもしれないな。
とはいえ、本気でやりたい仕事なんてものがあるやつがどこにいる。
働いている人間のほとんどは、仕方なくいまの仕事をしてるんだ。
「自分が本当にやりたい仕事が、一番大変だけど、一番楽しいんだぞ」
ラクスの真っ青な瞳が俺を射抜く。
建前ではなく、本当にそう思っている。
そんな顔だ。
「なら、お前はそんな仕事がやりたかったのか。戦争を終わらせるなんて仕事を」
「私はただ、父の跡を継ぎたかったのだ。いい会社だし、働いているみんなのことも大好きだったから。別に戦争を終わらせたいと思って、仕事をしたわけではない」
ラクスは少ししんみりした様子だった。
父親を亡くしているのか……
「えっと、すまん。いやなことを聞いたな」
「ん?」
「父親のことだ」
「ああ、勘違いするな。父はピンピンしているぞ。私に会社を譲って、趣味の異世界旅行を楽しんでいる。父の趣味はこっち側の世界のいろいろな国を回ることなのだ」
なんだそりゃ。謝って損した気分だ。
「話が逸れたな。とにかく、私がやると決めた仕事だからな。大変だけど、楽しいぞ。だから、ソーゴ。私の会社にきて、君がやりたいと思う仕事をすればいい」
観覧車のゴンドラは、もうすぐ一周を終えようとしていた。
「私は、いまみたいな君を見ているのが、少し辛いんだ」
どうしてそんなことを思うのか。
目を伏せた彼女に俺は聞こうとしたが、ゴンドラから降りるように促す係員に遮られて言葉にはできなかった。
仕事が大変だけど楽しいだとか。
俺にも、いまの仕事にそんなことを思っていたころがあったのだろうか。
あったような気もするし、そんなものは幻想だったような気もする。
俺がどうしてこの仕事を続けているのか、いくら考えてもちっともわかりはしなかった。
そして。
週が明けて。
プロミスワークスからの連絡はすぐにあった。
提案は――落ちた。
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