第15話 作戦会議みたいなもん
プロミスワークスの最寄り駅は三宮などの神戸の中心地ではなく、JRの灘駅だった。
梅田からは約四〇分。各駅停車の普通車両しか停まらず、最近になって改修されるまでは国鉄時代の面影を色濃く残していた小さな駅だ。
特徴と言えば、近くに有名な女子高があり、ワンピースの清楚な制服を着た女子生徒の姿を見かけるくらいのものだ。
南側の出口からは一直線に下り坂が延び、海にまで続いている。
プロミスワークスが入居しているオフィスビルは県立美術館の近くにある、この辺りには珍しい高層ビルだった。
提案前の地均しのために訪問した俺と生駒は、新興のIT企業を思わせるシンプルでスタイリッシュな受付で、モデルのような受付のお姉さんからゲストカードを渡されて応接室に案内された。
そこから見える景色は砂浜などではなく、日本の国際貿易を支えてきた神戸港で、ガントリークレーンとうず高く積み上げられたコンテナ貨物があるだけだ。
「くぁ……」
「ちょっと、一ノ瀬センパイ」
あくびを噛み殺した俺を、生駒が目ざとく注意してくる。
「悪い」
「あんまり寝てないんですか? 仕事ですか?」
「ああ、まあ、いろいろあってな」
昨夜のことを思い出し、俺は曖昧に言った。
ラクスは本当に俺のベッドに潜り込んできた。
狭いシングルベッドに背中合わせになると、彼女は一言だけ「おやすみなさい」と言った。
離れたままだと床に落ちてしまうので、自然と背中が触れ合い、自分意外の誰かが隣にいることを忘れさせてはくれない。
静かな寝息すら聞こえる。
そんな状況だ。
眠れるわけ、ないだろうが。
ラクスはラクスで、俺がなにかしてくるのを期待しているのか、あるいは警戒しているのか、明らかに身体に力が入っていた。
男として完全に試されている。
俺が身体の向きを変えて、少しでも彼女に触れたなら。
なにもせずにこのまま朝を迎えたなら。
どっちが正解なのか、俺にはまったくわからない。
まったくわからないが、俺は後者を選んだ。
良識ある大人なのか、チキン野郎なのか、第三者機関に評価してもらいたいくらいだ。
そうして朝になり、俺はほとんど寝た記憶もなく、いまここにいる。
ラクスは明け方にはついに眠ってしまった。
そのまま放ってきたが、プレゼンの資料にあった「毎朝、優しく起こす」はどこにいっちまったんだ。
「女だったりして」
「……おい」
「あ、いまちょっと動揺しませんでした?」
生駒がじっとりとした半眼で俺を見てくる。
なんでお前は、浮気を問いただすカノジョみたいな顔になってんだ。
そもそも、仮にそうだとして、俺はお前のカレシじゃないだろう。
俺がなにかを言う前に、応接室のドアが開いて人事担当者が入ってきた。
「すいません。おまたせしまた」
そう言ったのは三〇代前半のジャケパン姿の男で、ものすごく薄いノートPCを脇に抱えている。人事というよりは渋谷界隈のIT企業に勤めているイマドキのエンジニアに思えた。
もう一人は二〇代の半ばくらいの女で、受付のお姉さんと同じくモデルのような美人だった。顔採用なんてバカなことはしないだろうから、仕事ができて容姿もいいということなのだろう。
実際、嫌味にならない程度に「自分はできる女」という光を目に宿している。
「いえ。こちらこそお忙しいところお時間をいただき、ありがとうございます。シーガルキャリアの一ノ瀬と申します」
俺は立ち上がって頭を下げ、名刺を交換した。
とはいえ、すでに担当者の情報は生駒から共有されている。
男は人事課マネージャーの山崎巧。
女のほうは人事課採用係の常盤莉子。
「先日は弊社の生駒がお世話になりました。今日はその際にお話しいただいたことを踏まえて、ご提案をさせていただく前にいくつか確認といいますか、まあご相談ですね。よりいい提案をさせていただくために、詳しいお話しをさせていただけたらなと。作戦会議みたいなもんだと思ってください」
俺は堅くもなく、くだけすぎてもいない、絶妙なトーンでそう言った。
生駒がバッグから資料を取り出し、二人の前に並べた。
【新プロジェクトに向けた中途採用におけるディスカッション資料】
資料のタイトルにはこうある。
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