JKエルフ社長に結婚を前提にヘッドハンティングされている俺はどうすればいい?

北元あきの

プロローグ

プロローグ 誰かの人生を変える広告

 人の力が、人を変える。

 人の力が、企業を変える。

 人の力が、社会を変える。

 私たちは、人の力を、可能性を信じている。

 さあ、人を動かし、世の中をもっとよくしよう。

 シーガルキャリアは、日本の企業すべての人事部です。


               株式会社シーガルキャリア 新卒採用サイトより





 新卒採用の有効求人倍率1.88倍。

 俺が就活をしていたころの数字だ。

 単純に言えば、職に就きたいやつ一人に対して約二件の仕事がある。

 つまりは内定が出るってことだ。

 新聞やテレビやネットのニュースは、バブル以来の売り手市場だと言っていた。

 けどまあ、就活をする学生の身からすれば、ちゃんちゃらおかしい。

 就活に身を投じている学生ってのは、毎年四〇万人だかいるが、内定をもらうやつとそうでないやつで二極化していた。

 俺のころはいわゆる就活サイトってやつが、四回生の三月一日にグランドオープンするスケジュールだった。合同説明会みたいなイベントも同時に始まる。

 こいつは就活が学生の本文である学業に影響を与えてはいけないという経団連の指針がそうってだけで、別に深い意味なんかありゃしない。

 三月に会社説明会解禁、面接は六月以降、内定出しは一〇月以降。

 それが就活ルール。

 けど、誰も守ってやしない。

 経団連に加盟していない外資やベンチャーは、そんな指針は無視して通年で新卒採用をやっているし、加盟企業だってインターンシップという名目で有望な学生を三回生の夏から囲い込むことに躍起になっていた。

 四回生の三月に就活を始めるようなやつは、スタートから周回遅れなんだ。

 感度の高いやつはとっくの昔に内々定をもらってる。

 だから、一〇社以上の内定をもらうコレクターみたいなやつがいれば、国立大学だろうが有名私立だろうが、一社も内定が出ないやつもいる。

 俺か?

 俺はそこそこに感度が高かったから、夏のインターンシップから就活を始めてたさ。

 だが、とんだ甘ちゃんだった。

 ゲーム業界で働きたかったんだ。

 子どものころに好きだったタイトルを、今度は自分の手でつくってみたかった。

 そして、自分が知ってる大手のゲーム会社に軒並みエントリーして、軒並みお祈りメールをもらった。面接に進んだところなんてありゃしない。

 かといって、大手のゲーム会社以外にいく気もなかった。

 しょせんはその程度の、憧れ程度の動機だったのかもしれないな。

 こういう俺みたいなやつは、人材業界じゃ視野が狭い学生だと言われる。

 ゲーム、広告、出版、マスコミ。憧れている特定の業界にしぼりすぎて、内定が出なかったときに途方にくれるんだ。

 で、大手志向の視野が狭い学生は、視野を広げても大手志向だ。

 だから俺は、知っている大手企業に軒並みエントリーした。

 シーガルキャリアもそのひとつだった。

 進学、求人、ブライダル、住宅など様々な情報サービス事業を展開するシーガルホールディングスのグループ企業。人材領域の事業会社として、『日本の人事部』を自称する国内最大手の人材総合サービス企業だ。

 俺が就活で使っていた就活メディアであるガルナビもこの会社のメディアだ。

 ほかにも転職者向けのガルナビNEXTなど多数の求人メディアを運営し、自社メディアに掲載する広告の営業から制作までを一手に手掛けている。

 俺は別にシーガルキャリアにいきたかったわけじゃない。

 シーガルグループには全社エントリーしていたからな。

 どうせなら給料の高いホールディングスのほうにいきたいと思ってたくらいだ。

「一ノ瀬君よ」

 俺の一次面接を担当した、三嶋さんはずばり言った。

「君は別にうちに入りたいわけじゃないんだろう」

 三嶋さんはまだ二九歳だったが、営業マネージャーを務めていた。

 学生の俺から見ても仕事ができるオーラを発していたが、そのくせどこか親しみやすい空気を身にまとっているような、絵に描いたような格好いい大人だった。

「そうですね」

 俺は正直にそう言った。

 この人には見透かされていると思ったし、嘘を言っても仕方ない。

 すると三嶋さんは「だよなあ」と言って笑った。

「正直、こんな会社やめとけ。給料高いけど激務だし。人材業界なんて、一番人材に優しくない業界だからな」

「はあ……だったら、どうしてこの会社で働いてるんですか」

 どうせ落ちたと思った俺は、変にかしこまることもなくそう聞いた。

 だって、そうだろう。

 そこまで言うなら、どうしてあんたはこの会社で働いてるんだ。

「そりゃあな、一ノ瀬君」

 三嶋さんは不敵な笑みを浮かべると、身体をぐっと前に乗り出した。

「俺たちはクライアントに営業して、求人広告を売ってるわけさ」

「はい」

「求人広告ってのはな、テレビCMや新聞の全段ぶち抜きみたいな、そこいらに溢れてるしょうもない販促や宣伝の広告とはわけが違うんだよ」

 なにが違うのか、このときの俺にはまったくわからなかった。

 そういった広告が何億円もの予算を使って、広告代理店によってつくられていることは知っている。

 誰もが知っている有名な会社の商品を、クリエイターともてはやされることもある代理店のサラリーマンがつくり、有名な芸能人がPRしている。

 それに比べれば、求人広告なんてものは、とてもちっぽけに思えた。

「君が使っているガルナビに掲載するには、最低で80万円。ガルナビNEXTの一番安い掲載枠なら15万円。広告代理店の連中からしたら、はした金もいいところだ。けどな、一ノ瀬君よ」

 俺の胸中を見透かしたかのように、三嶋さんは言った。

「俺たちはそのはした金で、誰かの人生を背負ってるんだ」

 その言葉を、俺はいまでもよく覚えている。

「人生、ですか」

「ああ、そうさ。人生のほとんどを、人間は仕事をしなきゃならない。だから、みんな思ってる。給料上げたい、残業なくしたい、自分に合った仕事がしたい、理解ある上司に巡り合いたい、責任あるポジションを任されたい。働いているやつの数だけ、思いはある。いまの仕事に100パーセント満足してるやつはいない」

 それはそのとおりだと思った。

 たとえ一流企業の社長だって、不満のひとつやふたつはあるだろう。

「求人広告はそんな連中と、連中の願いをかなえてやれる企業をマッチングさせる広告さ。モノを売るわけでもないし、企業の宣伝をするわけでもない」

 三嶋さんは言った。


「求人広告は、誰かの人生を変える広告だ」


「人生を、変える広告」

 俺は三嶋さんの言葉を繰り返した。

 この人は本気でそう思っているのだと、言葉の端々から感じられた。

「なあ、一ノ瀬君。こんな面白い仕事、ほかにあると思うか?」

 そう問いかけられて、俺はこの仕事をしたいと思った。

 いままで数々の企業の面接を受けてきたが、そう思えた仕事は初めてだった。


 そして。


 俺は、一ノ瀬蒼梧は、シーガルキャリアの営業マンになった。

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